第156話変態である前に紳士、紳士である前に​──

いやはや人気者とは辛いもの……気が付けば周りを囲まれ、情熱的なアタックを受け続けるのには困ったものです。しかしながら吾輩は変態紳士……自らを求めてくるのであれば拒む道理はなく、ある者は抱擁し、ある者には熱いベーゼを……そうして丁寧に一人ずつ対応していたのにも関わらず、シャイなプレイヤーの皆さんは気付いたら隠れてしまいました。


「レーナ殿、消化不良によりこの身を持て余している時に貴女に会えるとは……天恵でありましょうや」


しかしながら隠れてしまった彼らを探して街を彷徨う内に、ジェノサイダーこと彼女レーナ殿に会えるとは……なんたる幸運ッ!! 思わず歓喜のサイドチェスト、からのサイドトライセップスッ!!


「さぁ、この前の再戦リベンジマッチと──泣いているのですかな?」


「? …………あぁ」


両足の間にお尻を落とし、ペタンという擬音が聞こえてきそうなほどに力なく地面に座り込む彼女がゆっくりと振り返れば……その頬こそ濡れてはいないものの、思わずそう見えてしまうほどに普段の彼女のイメージからは想像できないほどに弱々しく……事実、その瞳は少しばかり潤んで見えてしまいます。


「ふむぅ……ここいらの戦闘痕を見れば何かが確実にあった事は分かります……吾輩で良ければ話を聞きますぞ?」


もしや吾輩を囲んだ情熱的なプレイヤー達……彼らの様な者達が彼女にも集り、その中で著しく彼女の尊厳を傷付けるような者が紛れ込んで居たのでしょうか? ……だとすれば許せませんなぁ、このような美しい方は男女問わず優しく愛でるべきです。


「……変態紳士さん、私、今そんなに余裕がないんですよ」


「むむっ?!」


ゆっくりと立ち上がり、短刀を握る彼女に急ぎ構えを取りますが……うーむ、本当に余裕が無さそうですな? あまり気迫というものが感じられません。……それどころか心ここに在らずといった様子ですな?


「……今はあなたのような変態に構っている暇はないのです」


「これは手厳しい! 変態ではなく、変態紳士とお呼びください!」


こちらの首を狙って突きを放たれますが……横にズレる事で簡単に避けられます……そのまま彼女の伸びた肘裏をそっと押せば、よろけて壁に肩を凭れかけます。


「……そんな格好では母様が倒れてしまいます」


「? ……レーナ殿のお母君の話ですかな?」


むむっ、もしや聞き逃したのでしょうか? 彼女のお母君が何処で会話に出てきたのか把握できておりません……ただ分かるのは彼女のお母君は、彼女と同じく初心だという事ですな。


「母なら、しそうです……確実に……」


「……」


ふむ、先ほどから話が支離滅裂ですな……それ程までに彼女は何かを思い悩んでいる様子。……まったく、ここまで彼女を悩ませる原因はなんなのか……憤りが隠せませんな。しかしながら……。


「……その悩みは、それほど難しい物ですかな?」


「……」


まったく速度の乗っていない毒針の投擲を手首を振って叩き落とし、上から振り下ろされる短刀の一撃を見てから横に避け、彼女の回し蹴りを姿勢を低くする事で凌ぎます。


「吾輩には何が何だかさっぱり分かりません……最初から全てを見ていた訳でもない部外者ですからな」


「……っさい」


短刀の柄で額を狙って振りかぶる彼女の手首を掴んで背後へと流す……それでも半回転しながら毒針を投擲してくるのは流石と言うべきですな。……まったく当たりませんが。


「ですが、良いですか? もう一度聞きますぞ? ……その悩みはそれほど難しい物ですかな?」


飛んでくる鉄球を掴み取り、握り潰しながら彼女の踵落としを半歩後退する事で避け、心の臓を狙った短刀の突き込みを手刀を落とす事で横にズラし、顎を狙って打ち上がる拳を首を反らして避けます。


「うるさい……仕方が、ないじゃないですか…………」


「……」


「…………考えても、想像してみてもッ!! 『普通』がッ!! 分からないんですからッ!!」


珍しく感情的になり、クシャクシャに表情を歪めながら吾輩の珠玉の顔を狙った拳を真正面から手のひらで受け止めます……いつもの人外じみた膂力は今日に限り、鳴りを潜めているようですな。


「ふむ……泣きそうな貴女の顔も中々に美しく思いますが──」


掴まれた腕を引こうとしますが許しません……今日に限り人外じみた膂力が無いのであれば、彼女は見た目通りの華奢な少女でしかなく、そのプレイスタイルからそこまでSTRは高くはないでしょうから……少なくとも吾輩よりは低いと思われるのに、抜け出せる筈もありません。


「──まったく、そそられませんな」


「ッ?!」


腕を引こうとする彼女を逆に引き寄せ、右手で顎を掴み上げて彼女の美しくも儚いかんばせを至近距離で観察します……やはり吾輩が懸想する彼女らしくなく、まったくもって……そそられませんな。


「考えても、想像してみても『普通』が分からない……それで良いではありませんか」


「なに、を……」


訝しげな表情である彼女の瞳が不安か、困惑か、あるいは突然の至近距離にか……ゆらゆらと揺れ、まるで風に攫われる湖面のようでやはり美しい……。


「それで正解なのです……分からないのなら、もう考える事を止めてしまいなさい!」


「……」


「貴女の心の赴くままに、自由にッ!!」


本当に何をそんなに難しく思い悩んでいるのやら……まったくもって吾輩の懸想する彼女らしくありません。逆を言えばそれほどまでに彼女にとってお母君が大事だということでしょうかね? いや、お母君の事で悩んでいると決まった訳ではありませぬが……。


「良いですか? 『普通』は決して正解ではありません……吾輩を見てご覧なさい! どうです? 『普通』に見えますか?!」


「……」


彼女から手を放し、目の前で完全無欠たる吾輩の肉体美を余す所なく見せつける。……あぁやはり……吾輩の筋肉は素晴らしい。思わず彼女もいつもの無表情に戻っているではありませんかッ!!


「見えないでしょう? 貴女以外にも、方向性は違えど『普通』ではない人は存在するのです」


「……」


「むしろ吾輩に比べれば没個性ですらありますな! ハッハッハッ!!」


そのままフロント・ラット・スプレッドをキメながら高笑い……吾輩の声量はピカイチですからな、天まで届きますぞ? どうです? 五月蝿いでしょう?


「……変態のくせに、それらしい事を言うではありませんか」


「そうでしょうとも、吾輩は変態である前に紳士、そして紳士である前に──」


ようやくいつもの調子が戻ってきた様子の彼女の頭に手を置き、満面の笑みでもってその不安を取り除き、安心させてあげましょう……それが──


「──大人ですからな」


「──」


いくらジェノサイダーと呼ばれ、恐れられていようとも彼女はまだ未成年の子どもでしかなく……であるならば、子どもの不安や悩みを取り除くのは大人の義務と言えるでしょう。


「どうです? 貴女も考える事を止めて、一緒に紳士道……いや、淑女道を歩みますかな?」


「……そうですね、遠慮しておきます」


ふふふ、彼女のような美しい少女が吾輩のような格好をするのは嬉しくありますが……周囲の人間がどれほど理性が保てるやら……吾輩と違って紳士ではありませぬからな。そこが心配です。……ですが……そうですか、遠慮しますか。


「別に遠慮など必要は──」


「──いいえ、心の赴くままに、自由に」


おっと……気が付けば心の臓に短刀が突き込まれておりますな? いつもの調子に戻った彼女の前で油断し過ぎてしまいましたか……まったく、予備動作すら見えませんでしたぞ?


「……考える事は止めて、判断しましたので」


「ふふふ、そうですか……それはなによりですな」


やはりこの様な無邪気な悪意に満ち溢れる笑顔こそ、吾輩が懸想し、そそられる彼女の魅力でありましょうや……本当に、えぇ本当に……美しい。


「……………………ありがとう存じます」


いえいえ、どういたしまして……リスポーンする時のタイムラグ、視界が真っ暗に閉ざされた直後に聞こえてきた空耳・・に心の中でそっと返事をします。そうして暗闇から視界が晴れれば──


「「……」」


「ふむ……」


──なにやら神殿の机に突っ伏す二人の少年少女達……今日はやけに悩める子どもが多いですなぁ? しかしながらそれらを導くのも……変態紳士大人の務めでありましょうや。


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