第157話​──大人?

街の方々を見下ろせる高台に地下水を汲み上げ、それを大河と内海へと繋げる事で意図的に中洲や水路を作り出している施設があった。……なぜ過去形なのか、それは先ほどまで繰り広げられていた二人の少女達の争いの結果である。

形を持っていた物は地面を含めたそのほぼ全てが超高温の炎により気化し、極低温の冷気によって出鱈目に凝固される事により、当初は整然と整えられていたその場所は歪な物体の散らばる剥き出しの大地と化していた。


「「はぁ……はぁ……」」


そんな歪な地面の上で、対極の温度がぶつかりあった事で発生した周囲を漂う水蒸気も気にせず、この惨状を作り出した少女二人が隣合って大の字で寝ていた。……その様子はまさに、精も根も尽き果てていると一目で分かるほど。


「……なんでよ」


「……なにが?」


その少女達の内の一人、ブロッサムが片腕を目の上に当て、震えた声でぽつりと小さな声を零す。その小さな言葉を聞き逃さずにマリアは目線だけを寄越して問い返す。


「……なんで邪魔するのよ、どうしてよ」


「……」


それに対して答えているのか、いないのか……ブロッサムはただうわ言のように自身の心情を吐き出す……その瞳からは細く小さな雫が流れ落ち、頬を濡らしていた。


「私、そんなに間違ったことはしてないじゃない……」


「……はぁ、しょうがないなぁ」


両腕で必死に顔を隠し、声を震わせながら未だに〝強がり〟を言う彼女を見てマリアは眉尻を下げ、ため息をつきながら立ち上がる。戦闘によってその身はボロボロで足は震えていたが、その歩みはしっかりとしたものだった。


「私だって、私だって……頑張って──」


「──おいで」


ブロッサムの頭の真上まで移動したマリアはその場で座り込み、彼女の頭を膝の上に乗せて抱え込む。うわ言のように〝強がり〟を言うブロッサムの頭を眉尻を下げながら優しく撫でるその表情は──困った子を見るような母親の、慈愛に満ちたものである。


「私だって頑張ってたの……と、友達が泣いてたから……」


「うん」


「目の、前であの女が……家族なの……に、わ、私の友達を……殴って、て……」


「うん」


マリアの滲み出る母性の成せる技か、ブロッサムはポツポツと……自分の本音を自分でも分からない内に語り出す。それをマリアはただ優しく、相槌を打ちながらブロッサムの髪の毛をサラサラと撫でる。


「話、かけてみ、ても……取り成し、てみて、も……『普通』の方法じゃまっ、たく……ダメ、で……」


「うん」


「あの、女自……身も……いつ、もと違く、て……」


「うん」


ブロッサムが話すのは彼女の友達とその義姉であり、一方的にライバル視していたレーナの事である。……目の前で自分がライバル視していた女が自分の友達を殴るというショッキングな場面に、表面上は冷静さを保てても処理はし切れなかった。


「わ、私……いつ、も助けて……貰ってばか、りだからぁ…………少、しでも恩返し……したく、て……」


「うん」


「話を、聞く限り……べ、別に悪、く……ないの、に……」


「うん」


ブロッサム……いや、華子は内気で受け身の少女であり、小鞠と正義の二人が話し掛けてくれるまで親しいと呼べる存在など居なかった。何かを成し遂げてもさらに上を求める親、自分の容姿を揶揄ってくる同級生、そんな者達に辟易としながらも自分に自信が持てず何も行動が起こせない。


「それ、で……いつもの、様に空回、り……してる二、人……の力に、ここで……なら、なれるかなって」


そんな鬱屈した自分をゲームでしか解放できない彼女を現実で救いあげてくれた二人に恩返しをしたくて、けれども差し伸べられた手を掴むばかりで自ら伸ばす事は出来なくて……割かしいつも空回る二人に助言しか出来なかった自分はここゲームでなら変われるはずと張り切った。


「でもぉ……う、上手くいかなくてぇ……」


彼女は読書家だ、小鞠や正義が自慢するくらいにその知識は豊富で……いつも図書館に通ってはタブレットで、時には紙で知識を吸収してきた。その知識を使って助言をすれば大抵は上手くいってきた……けれども対人関係に於いては知識など、何の役にも立たなかった。


「わ、私が思い付く、事なん……て、既に試し、て……て……」


襲撃してくるプレイヤーを三人で片付けながら相談はしていた、あの女レーナにそんな強引で自分の時と同じようにいくのかと不安になった……だからいつもの様に・・・・・・助言をした・・・・・


少し、距離を置いてはどうかしら? ──そもそも離れ過ぎて会うことすら珍しい。


ゆっくり、こっそり話し掛けてみるのはどう? ──顔すら向けてくれない。


父親は同じならその人経由ではダメなの? ──むしろ父親とは仲が凄く悪い。


お、贈り物なんてどうかしら?! ──後日、ゴミ袋の中でぐしゃぐしゃになったのを見つけた。


……もう仲良くするのなんて諦めたら? ──〝約束〟もあるし、なによりも〝自分達〟が仲良くしたいと思う。


こんな調子ではもう当たって砕けるしか無いではないか……入り口にすら立てていないのであれば、自分に出来る事なんて無理やり道を作る事だけしか無いではないか……もはや彼女に考え付く手段なんてそれしか無かった。


「どう、したら……良かったの、よぉ…………」


もはやブロッサムは〝強がる〟姿勢すら見せる気力が無いのか……その声は嗚咽に震え、頬は常に濡れており、丸まった背中は酷く小さく見える。


「そうだね──」


そんなブロッサムのおでこに手を当て、背中を抱き留めながらマリアは努めて優しく、小さな声を彼女の耳元で発する。


「──あなたは何も悪くないよ」


「──」


優しく、優しく……母親が子どもを安心させるかのように優しく……その鼓膜を擽るかのように慈愛の響きが篭った声を聞かせる。


「強いて言うなら、ちょっと強引過ぎたね?」


「……だ、だって……他に方法なんて…………なかったもん」


「そうだね、レーナさんちょっとだけ……ほんのちょっとだけ『普通』の人とは違うもんね?」


「……」


抱き留めた背中を撫で摩りながらマリアが眉尻を下げ、困った表情で言えば……ブロッサムはその年齢相応に、気取らず、強がらずに返事を返す。……その表情はほんの少しだけ不服そうではあったが。


「レーナさんみたいな人に、本心でぶつかれば分かってくれるなんて……『普通の対応』で上手くいくはずもないっていうのは、分かっていたんだよね?」


「……」


「だからさ──」


『普通』の人とは違うレーナに対して、知識で得られるような『普通の対応』で上手くいくはずもなく……それはブロッサムにだって分かっていた。けれども今さらそんな事を言われても彼女はどうしたら良かったのか──


「──もっと周りの〝大人〟を頼ろう?」


「──」


「つい最近までランドセルを背負ってたような子達だけで無理しなくて良いんだよ?」


そう、全ての失敗の原因は『経験』の少ない子どもだけで無理をした事……そんなどうしようもない、けれども頑張った子どもを労わるようにマリアはさらに涙を流すブロッサムの髪を撫で続ける。


「ほら、たとえば私みたいな先輩だって居るんだから……ね?」


「……うん」


そうなのだ、自分の周囲以外にも〝大人〟は他にも居るのである。そもそも役に立たない二人の親や立場的に介入できない使用人、ブロッサム自身に一切信用も信頼もされていない親以外にも〝大人〟は確かに存在する。……マリアはまったく大人には見えないが。


「どうせ、また挑戦するんでしょ?」


「……」


先輩ではあるが、自分よりも背の低い女の子に慰められて内心羞恥で悶えているのにも関わらず、その思惑を見透かされて気まずげに視線を逸らすブロッサムにマリアは苦笑する。


「今度はさ、私やユウにも相談してみてよね」


「……し、仕方ないわね」


十三歳の子どもが三人程度集まったところで何も変わりはしない……だが『経験豊富』な歳上の味方が居るだけで何倍も安心できるというもので、ブロッサムは〝強がり〟をしてみせる。


「うん、いい子いい子」


「うぅ……」


マリアが笑顔でブロッサムの頭をさらに撫でれば、やはり恥ずかしさが込み上げて来たのか彼女はさらに丸くなりその背を小さくする……が、存外に心地好いのかマリアの膝の上から退く気配ない。


「さて──ユウはなにをしているの?」


「ヴェッ?!」


そうやってブロッサムが自身の手で顔を覆い、羞恥に悶えている間にマリアはこめかみに青筋を立てて口元を引き攣らせながら、『美少女の百合キタコレ!』などと騒いでいたユウに振り返る。


「えっ、いや……別になにも? (震え声」


そう言い訳を垂れるユウに対してマリアは白い目を向け──背後に立つパンチパーマの女性は悲しそうな目で彼を見詰めていた。


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