第154話キャットファイトその2

「──燃えて謝って


マリアが振るう杖の両端から鞭のようにしなる焔が噴き上がる。新体操部である彼女がそれをバトンのように振り回せば杖に追従する蒼き炎が円を描きながら大地を、石畳を、氷を融解を飛び超えて気化させていく。


「──凍えて嫌よ


ブロッサムが大鎌を振り回せば、その柄から鎖に繋がれた分銅が絶対零度の冷気を纏わせて周囲を叩く。大鎌の刃で焔を切り裂き、分銅が空を切る度に気化した物質は凝縮を飛び越えて凝固し、固体へとその身を回帰させる。


「貴女こそ、自分の殻に引きこ閉じこもるもってるあの室内犬に少し冒険散歩させてみたら?」


強烈な冷気と熱気がぶつかり合い水蒸気が発生するも、それすら一瞬の内に気体へと蒸発し、固体へと凝固する……この場において液体という状態は二人の境い目、お互いの力と力がぶつかり合う地点以外に存在し得ない。


「いやいや〜、君こそあの押しの強い空気読めない二人猛犬窘めてよ躾てよ


現実でも読書ばかり、運動神経などないブロッサムに技術などはない……が、頭はキレる。彼女はスキルのシステムアシストを積極的に利用する事でこのVR空間に於いて、プロの武術家よりもよく動く。……文字通り、頭で身体アバターを動かしている。

マリアが振るう炎の鞭を『舞踏』のステップで回避して、『舞踊』の舞で遠近感を狂わせながら刃を振るい、分銅を走らせる。


「それに、君も今回でいきなり仲良くなれるとは思っていないんでしょ?」


ブロッサムの様な『VR適正者』に対してマリアが取る対抗策は単純にして明快……その超火力によるゴリ押しである。新体操部で培った身体の柔らかさ、動かし方もある程度は役に立ってはいるが……プロの武術家でも『VR適正者』でもない彼女が同じ土俵に立ったところで意味は無い。

相手を自分の土俵へと引き摺り下ろすべく、ステップで避けるのであれば周囲ごと燃やせ、舞で遠近感が狂うのなら遠方まで全て燃やし尽くせとばかりに蒼炎を噴き出す。


「……今は顔を知って、言葉を交わせるだけで良いのよ」


ブロッサムの氷に触れる度にマリアの炎は温度を下げ、青から赤へとその色をグラデーションの様に変化させていく。


「でもやり方が悪い」


マリアの炎に触れる度にブロッサムの氷は姿形を変える。蒸発した端から凝固し、その有り様をオーロラの様に変化させていく。


「それ以外に対して門前払いなのが悪い」


しなる炎の鞭と鎖分銅が交差し、お互いの頬を掠め……同時に炎と氷が爆発的に増殖し、お互いの顔面を崩壊させるべく襲い狂う。それらに対してマリアは自分自身を《赫灼憤怒》で包み込み、ブロッサムは右斜め下へと《スラッシュ》を放ち、それぞれが超火力とシステムアシストによって凌ぐ。


「「……このアマ、容赦無さ過ぎ」」


お互いに眉間に青筋を立て、自分の事は棚に上げて相手を睨み付ける。その様を見てユウは『ほらね、やっぱり三次元はクソ』などと言いながら身体を震わせ、必死に巻き込まれないように防御に努める。……彼は現実を知りながらも、女の子に夢を見ていたいのだ。


「あのね〜? 先輩の顔は立てるべきなんだよ〜?」


マリアが目元を引き攣らせながらまるで聖母のように慈愛に満ちた微笑みでもってブロッサムへと語り掛ける……その様はまるで母が子を窘めるようであった。……背後の噴き上がる炎から目を逸らせば。


「え〜? そんなちっさい先輩なんて知らないです〜」


それに対してブロッサムは態とらしく、マリアが嫌いであろう人種……ぶりっ子の真似をし、しかして目は相手を嘲笑するという器用な表情で惚けて見せる。『変顔』と『演技』のスキルアシストの賜物か……その様はまるで一流女優の様に堂に入っていた。……背後に聳える氷山から目を逸らせば。


「あ、そっかぁ! 人の気持ちもまだよく分からないお子ちゃまだったもんね? もしかして、つい最近までランドセル背負ってた感じかな?」


自分の神経をサンドペーパーで擦り上げてくるブロッサムの態度にマリアの慈愛の微笑みが一部崩れる! 目元だけでなく口元まで引き攣らせ、薄目を開けて憎き女を見据えるその様はまるで……もはや聖母とは言えない状態だった。……心做しか、背後に噴き上がる炎が憤怒の形相を空見させる。


「そのつい最近までランドセル背負ってたお子ちゃまに大人気ない対応する人が居るって〜、本当なんですか〜? だとしたらブロッサム悲しい〜!」


自分がまだ大人に成り切れていないというコンプレックスを刺激されたブロッサムの鋼の表情筋が一部崩れる! こめかみに青筋を立て、眉間に時おり皺が寄る。相手を嘲笑する瞳に苛立ちが見えるその様はまるで……もはやムキになる子どもそのものだった。……心做しか、背後に聳え立つ氷山に相手を小馬鹿にする表情が反射して見える。


「聞き分けのない、迷惑なク・ソ・ガ・キにお灸を据えるのも先達の務めかな〜? 一回痛い目見ないとね〜?」


慈愛の微笑み、遂に崩れるッ! 片目をカッ開き、薄目を引き攣らせ、その口元は笑みというよりは挑戦的に口角を吊り上げる……こめかみの青筋は脈動し、絶えず頭に血を送り込むその様は……もはや悪鬼である。……心做しか、背後に噴き上がる炎が子どもを喰い殺しそうですらある。


「え〜、聞き分けのないクソガキって誰ですか〜? 目の前の私よりも背・の・低・い・お・子・ちゃ・まのことですか〜? わかんないブロッサム、ブロッサムわかんなーい」


鋼の表情筋、遂に崩れるッ! 相手を小馬鹿にするぶりっ子の様な困り眉が痙攣し、半端に崩れた笑顔の中心に憤怒の皺が集中する……彼女の頭に血が集まっている証である、額に血管が浮き出るその様は……もはや鬼女である。……心做しか、背後に聳え立つ氷山が子どもを呑み込みそうですらある。


「「…………調子に乗るなよクソアマァ!」」


お互いにもはや当初の友人のために始めたという事など頭に無く、この喧嘩の目的が『気に入らない相手』を叩きのめす事に移行する。……たとえどんな言葉を放とうと、お互いにまだ子どもでしかないのだ。


「もう完全に僕のこと頭に無いなぁ……あっ、ありがとうございます……」


遠い目をしていたユウは自分が必死になって張った防御を貫通してくる戦闘の余波に乾いた笑みを浮かべ、そのダメージを回復するべく《母の手料理ババァ、飯!》を発動する。


「これ、傍から見たら完全に鑑賞モードだな……」


彼を悲しい目で見詰めてくるパンチパーマの女性に頭をペコペコと下げ、居た堪れない気持ちになりながら運ばれて来た料理を食べていく。……《ニートの入れるものなら部屋入ってみろ》を発動時のみしか使えず、回復するためには料理を残さず完食しなければならない為に微妙に使いづらいこのスキルを使いながら──


「……なんで毎度毎度、自分のスキルで微妙な気持ちにならないといけないんだ……」


──その頬を涙で濡らしていた。


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