第148話モグラ叩きその3

「──では、この当社イチオシのプランで決定でございますね」


ふむぅ、やっと終わりましたな? 保険の営業マンというのも中々に疲れるものです。肉体をいじめ抜き、美しさを保つ事は大好きなのですが……なんと言いますか肩が凝るような、そんな疲れが出ますな。


「ありがとうございました」


「いえいえ、仕事ですから」


玄関先まで見送ってくれる顧客に笑顔で手を振る……配達はドローン、在庫管理は専用のAIロボット、レジは無人が当たり前、そんな時代になっても生身の人手というものは需要が途切れることはなく……全ての労働を機械やAIで賄えるようになっても需要があるお金になるのであればそこに目をつけない資本家は居ない。


「……もうこんな時間ですか、日課の筋トレと合わせてプレイする時間はどのくらいあるやら」


むしろこんな時代だからこそ、生身の人間の温かさというものを求めるのやも知れませんね? それにいつの時代も自分で調べて選択するという行為が極端に苦手な方が居ます……そういった方は得てして機械よりも同じ人間の言葉の方を信用するものですからね。私もかの軍用AIを搭載し、普通の人間となんら変わらないNPCを用いるあのゲームをするまではAIは全てプログラムの塊だと……いや、間違ってはいないのですが。


「ただ今帰りましたよ」


『お帰りなさいませ』


玄関の扉を開け、帰宅の挨拶をする吾輩に対して機械的な返答が返ってきます……いまやどこの家にも標準装備のAIですね。彼女が一人居れば家の一切を管理してくれます。切れかけの電球を教えてくれたり、こちらの体温と気温から冷暖房を調節、冷蔵庫の中身まで……今の私の目標は彼女に人格軍用AIを搭載する事ですね、その時に初めて名前を付けようと思うのです。


「それでは私は日課の筋トレをしてきますね」


『了解致しました』


専用に誂えたトレーニングルームにてランニングマシンを稼働させ、20キロ分を走った後に入念なストレッチをします……ここが一番大事なのは変わりませんね、サボると事故の元になります故に……それが終われば軽く腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを50回×3セットずつやりましょう。


『夕食が出来上がりました』


それが終われば丁度夕食も出来たみたいですな、彼女の声を聞きシャワーを浴びてから夕食を摂ります……それさえも終われば鏡の前でポージングを取り、専用のマッサージチェアに座ってからゲーム機器をセットします。ログイン中に身体中の凝りを解してくれる相棒です……それではログインといきましょう。


「さーて、ロン老師からのクエストもクリアしましたし──ん?」


前回クエストをクリアした地点でログアウトしましたからな、そこで白のニーソックスに黒のブーメランパンツをサスペンダーで引っ張りあげ、真っ赤な蝶ネクタイにチョーカーを装着した、吾輩の肉体美を余すところなく強調する格好の確認をしながら次の行動を思案していると……なにやら街が、この『ベルゼンストック市』全体が騒がしい事に気付きます。


「ふむぅ? ……まぁ、難しい事を考えるよりも如何にこの肉体美を多くの人に届けるかを考えましょう!」


周囲を見渡せば突然の素晴らしい肉体美を持つ吾輩の登場に目を見開いて食い入るように見入るNPCの町民達が居るではありませぬか……この街は水路が張り巡らされている関係上、必然的に通りや路地は狭くなります……が、その分近くで吾輩の肉体美を披露できるというもの。


「さぁ、皆さん遠慮なく──」


「──うおっ?! 変態紳士が居たぞ!」


おや? どうしたと言うのでしょう。いつもは遠巻きに見るかいつの間にか失神している事が多いというのに……プレイヤーの皆さんが一人の叫び声を皮切りにドンドン集まって来ますな? しかしながら、これは……!


「み、見られている……私の肉体美が数多の視線に晒されている……! んっ!」


あぁ、気持ちが良い……最近は皆さん大人の駆け引きをして来るようになったのか、吾輩が現れると直ぐにその場を離れるなどの素っ気ない態度を取られる事が多くなっておりましたが……こんなにも大人数で情熱的に視姦してくるなど、紳士冥利に尽きるというもの!


「オロロロロロ」


「これが……見る暴力ッ?!」


「アレを見ないと、戦えないんだよな……」


これには紳士として、また素晴らしき肉体美を持つ者の定めとして! 応えてやらねばなりますまい。あぁ、このように注目されるのは何時ぶりでしょうや……。


「しかしながら困りましたな……」


いくら大人気と言えども吾輩の身体は一つのみ……いつも言っておりますが、吾輩が経験豊富のバイだとしても一度に相手にできるのは残念ながら五人が限界です。


「ここはひとつ……いつもので行きますか!」


「あっ! こら待て!」


「見る暴力が逃げたぞ! 追え!」


ハッハッハ! なればこそ、ここは逃走一択のみ! いつもの如く……いや、久しぶりに愛の追いかけっこといきましょうや! 吾輩を捕まえられた者のみに吾輩の肉体美を堪能する権利が与えられるのです! いやはや、人気者は辛いですな!


「ヒッ!」


「だ、誰か衛兵を呼べぇ!」


あぁ、見てます見てます……街を駆ける吾輩を町民達が驚きの表情で注目しています……そうでしょうとも、吾輩の完成された肉体美は驚きでしょうとも! いつもながら思いますがキャラクリの時に弄らず、むしろ精巧に現実に寄らせた甲斐が有るというもの! この街では船で水路を渡るのでなければ道幅が狭いですからな! こうして余すことなく、間近で吾輩の肉体美を堪能させてあげる事ができます……駆け抜けていますので短時間なのが悔しいですが。


「ハッハッハッ! 吾輩を捕まえられますかな?」


「クソッ! 見たくない、見たくないが……追わなきゃいけない!」


「そうだ、あれは人間ではない……モンスターだ!」


良い、良いですぞ! プレイヤーの皆さんの目が本気です。それほど迄に吾輩の肉体美を求めて……あぁ、昂ってしまいます。描写設定に規制を入れてる方から見れば吾輩の股間は激しく発光している事でしょう! 完成されたこの肉体美に光が彩られ、まさに無敵!


「オロロロロロ」


「これが……見る暴力ッ?!」


吾輩のあまりの美しさに膝をつき、嘔吐く者達まで現れる始末……あぁ、吾輩とはなんとも罪深き紳士なのでしょう! あぁ、そこの御仁どうか泣かないで! 泣いていてはピントがボヤけて吾輩の肉体美をちゃんと見れないでしょう!


「あぁ、気持ちが良い……やはり走り込みも良いものです」


「オェッ……お前のは走り込みによるものじゃねぇよ、変態が……」


「アレは、速やかに駆除しなければならない……」


あまりの気持ち良さに股間だけでなく、吾輩の乳首まで発光している事でしょう……『紳士の大三角形』の完成です! それによるあまりの美しさにドンドン脱落者が出てきてしまっていますね? 仕方がありません。そこまで評価されるほど素晴らしい吾輩の肉体美をもっと色んな方に共有して貰わねば!


「目指すは街を一周──」


『──あ、あー、皆さん聞こえますか?』


おんや? この声は……吾輩が唯一未だに手に入れる事のできない高嶺の花、レーナ殿の声ではありませぬか! 想い人の可愛らしい声にさらに昂って来ます!


「……しかしながら何処から?」


まぁ、細かい事は良いのです……要はこの街に彼女が居る! それだけで身体中に力が漲ってくるというもの!


「今、逢いに行きますッ……!」


「……あれどうするよ」


「……俺は人間だからワカンネ」


もはや彼女の事しか頭にない吾輩はプレイヤーの皆さんの声など耳に入れず、さらに速度を上げて街を駆け抜けます……もちろん両手を広げて。


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