第141話幕間.一条玲奈の誕生日

「玲〜奈さんっ!」


下校準備が終わり、高校から帰宅しようと席を立てばもはや日常と化した舞さんからの呼びかけがあります。いつもの一緒に帰宅しようというお誘いかと思ったのですが……なにやら後ろの結城さん含めて様子がおかしいですね?


「一緒に帰宅ですか?」


「それもあるんですけど……」


「……?」


どうやら一緒に帰宅するだけではないようですね、この前に正樹さん達とした買い食いのお誘いでしょうか? それとも母が『JKのショッピングは萌える』と言っていましたので、買い物のお誘いでしょうか?


「今日、家に来ませんか……?」


「舞さんの、ですか?」


どちらでも無かったようですね? ……それにしても舞さんの、友人の方の家に遊びに行くというのは、その……『普通の友人関係』っぽくてなにやら浮き立つものがありますね。これは後で母に報告しなければなりません、私もここまで来たと。


「……ダメ、ですか?」


「別に構いませんよ、結城さんも来るのですか?」


先ほどから舞さんの後ろに控えている事から、そうだと思いますが……なにやら意図的に自分の影を薄くしているような気がしますね? 今も話し掛けられてビックリしています。


「そ、それはそうですけど僕の事は空気と思ってくれて構いませんから! …………女の子二人の空間に男は要らねぇ! (小声)」


「? 空気?」


なぜ友人の家に遊びに行くのに、その友人の一人を空気だと思う必要があるのでしょう? ……というよりも結城さん、現実リアルでも気配を意図的に消すことができるとは驚きですね。


「ちょっと織田! 気にしなくても良いし、この際お前の宗派とか知らないから一緒にって言ったでしょ!」


「そ、そうだけど……ぐ、ぐぅ……?! 百合の間に挟まる間男ムーヴのような真似を僕がするなんて……!!」


「? ……??」


う、うーん? なにやら舞さんが窘めて? いるようですが結城さんは自身の胸を押さえてなにやら葛藤していますね? 今の時代そこまで気にする狭量な方は居ないと思いますが……やはり異性の友人の家に行くのはそこまで勇気のいることなのでしょうか?


「もういいから! 玲奈さんも行こ!」


「? そうですね?」


とりあえず自分の頬を叩いてなにやら覚悟を決めた表情の結城さんを背後に、舞さんに手を引かれて帰宅……というよりも舞さんの家に遊びに行きます。


▼▼▼▼▼▼▼


「……ここが舞さんの家ですか?」


見たところ普通の二階建ての日本住宅ですが……初めて入る友人の家ですから、少し……ほんの少しだけ特別に見えてしまいますね。


「そ、その通りですよ!」


舞さんは別に友人を家に招くのは初めてでは無いと思いますが……なにやら声が上擦っており、緊張しているようですね? ……と、あれは?


「……おや? 隣が結城さんの家なんですね」


「っ?!」


「あー……」


チラッと周囲を見回したところ隣の家の表札が『織田』になっているのを発見致しましたので言及したところ……舞さんの表情は固まり、結城さんは目を逸らしましたね?


「……玲奈さん、実はですね? 舞は僕と幼馴染で同じオタクっていうことを隠していますので……」


「……あぁなるほど、了解致しました」


やはり人間関係は複雑で面倒臭いものの様ですね……母が言う『普通』を理解し、擬態するのはまだまだの様です。


「おっほん! とりあえず入っちゃってください!」


「では、お邪魔しますね」


「お邪魔しまーす」


復活した舞さんに促され、結城さんと一緒に舞さんの家に上がります。そのまま直ぐ正面に見える二階への階段を登り、右手側の端の部屋へと案内されます……ここが舞さんの部屋のようですね。


「さっ! ここが私の部屋です!」


「ここが舞さんの──」


なにやら満面の笑みの舞さんに歓迎され、後ろから結城さんに微笑ましく背中を押されて入った舞さんの部屋には垂れ幕があり、そこには……。


──〝祝! 一条玲奈、誕生日おめでとう!〟


あぁ、なるほど……いつもと様子が違いましたし、なんの前触れもなくいきなり家に誘われたと思ったらこういう事でしたか……ふふっ。


「「──」」


「ほら、どうかしましたか? 祝ってくれるのでしょう?」


突然まったく動かなくなり、間抜けな表情を晒している二人に促せばハッとした様子で……けれども照れているのか頬が赤いまま動き出しましたね。


「……玲奈さん、今笑いました?」


「だよねだよね! 笑った……よね?」


「? 私が……ですか?」


私も笑う時くらいあると思いますが……そういえば学校で表情筋を動かした事はあまり、というか全然ありませんでしたね。あったとしても作り笑いです。

自分では笑った自覚がないのですが……逆を言えばそれくらい自然な笑みだったということで、驚いていたのでしょう。


「……そうですか、笑いましたか」


「「……(ゴクリッ)」」


自身の頬から口角へとなぞる様に触れ、思案します。これ程までに自然と笑えたのは何時ぶりでしょうか……いえ、それ以前に──


「──母様以外に祝われた事がないので、その……嬉しかった、と……思い、ます……?」


「「──ッ?!」」


どう、なんでしょうか……? 自分で自分が分かりませんね。私は自身が『普通』ではないということや、自分が楽しい『遊び』のことしか自分の事を識らず知らず、見つめてもいなかった……ということなのでしょうね。


「れ、玲奈さん!」


「あ、はい……なんですか? 急に大声を出して」


なにやら辛抱たまらないといった様子の舞さんがいきなり大声で呼びかけてきますので少しだけ驚いてしまいます……なにかありましたか?


「ケーキ! バースデイケーキ食べましょう!」


「そうですよ! お菓子もありますよ!」


「結城さんまで……そうですね、食べましょうか?」


そんなに早く甘い物が食べたかったのでしょうか? お二人ともケーキなどが大好きなのですね、今度差入れてみましょうか。


「さっ! 玲奈さん、17本ロウソクを立てましたので火を吹き消してください!」


「ふっー! ……こうですか?」


テーブルに出されたケーキの上のロウソクの火を息を軽く吹きかけて消します……なんだかとても懐かしい動作ですね。


「「玲奈さん、誕生日おめでとう!」」


「ふふっ……わざわざ、ありがとうございますね?」


自分のためにサプライズでこんな催しをしてくれるとは……なるほど、母が『友人は良いものよ?』と言い聞かせてくれる訳ですね。


「あ、また」


「やっぱり笑いましたよね? ね!」


「えぇ、そうですね」


今度のはちゃんと、自覚がありましたよ……? それでいて自然な笑みだったと……自分でも思えますね。


「お二人が面白かったので、つい笑ってしまいました」


「え〜! 面白いのは織田でしょ!」


「いや、舞の挙動も大分滑稽だよ?」


「「……………………あ"ぁ"?!」」


私の誕生日も変わらずいつもの二人のコントが始まってしまいましたね? このままいつまで私を放置して『遊んで』いる事に気付くのか、観察してみますか。


「織田のばーか! ドスケベ! 知ってるんだからね、ベッドの下と机の二番目の引き出しにエロい電子書籍専用の端末隠してるの!」


「おまっ?! 玲奈さんの前でなんて事を暴露するんだ?! それを言ったら俺だって知ってるんだからな! 舞がいつも豊胸体操してることを!」


「イヤっー! 織田の変態! 私の胸を見るなんて! 襲われるー!」


「はぁっ?! 俺はもっとバインバインのが好みだね! 舞みたいな幼女体型はロリコンにしか好かれないよ!」


「「……………………あ"ぁ"?!」」


ふふっ……今日は中々に楽しい一日になりそうですね、現実リアルの……それも『普通』の『遊び』では珍しいですね。


「「ばーか! ばーかばーか! ブァッーカ!!」」


二人の賑やかなやり取りを外から眺めながら、用意してくれたケーキを食べます……舞さんの手作りのようで、いつも食べている物よりは劣りますが、満足感が圧倒的に違いますね。


「「ムキッー!」」


そんな美味しいケーキを食べながら私は、そろそろ声を掛けようと口を開きます。


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