第140話やめてくれ
「──ッ! ──ッ?!」
スローモーションに引き伸ばされた体感時間の中で考える。自分の顔に振り下ろされる短刀も頭の隅からさえ追い出して……ブロッサムさんが何かを言っている気がするけれど、俺にはもはやそれを聞く余裕はない。
「ぅあ」
情けない声が口から漏れる。確かに俺は、俺ら姉弟は義姉上に好かれているとは思ってはいなかった……もしかしたら嫌われているだろうとさえ覚悟はしていた。……けれど、それは修復できるものだと、こちらから歩み寄れば向こうも微笑んでくれるものだと勝手に期待して思い込んでいた。
「……」
無言で、無表情で、けれども俺に誰かを重ねているのか憎悪と嫉妬に塗れた目で短刀を振り下ろす義姉上を見上げれば嫌でも解る…………〝望まれていない〟と、ここまで人から拒絶された経験など無い俺はどうしたら良いのか判断が出来なくて、ただただこれから訪れる死を享受するしか──
「──ボサっとしているんじゃないわよ! それでも男なの?!」
「っ?!」
目の前数センチで行われた剣戟とそれによって発生した反響する金属音……なによりもブロッサムさんの叫び声に意識が急速に現実へと立ち戻る。
「……誰ですか、あなた」
「ッ?! ……へぇ〜、覚えてないって言うの」
なぜ、ブロッサムさんが義姉上の事を知っているのか……分からないし、この際それは脇に置いておくとして、この状況をなんとかしなければダメだろう。マリーには悪いけど、ここは一旦出直すべきだ……義姉上との関係も。
「イベントで殺り合ったじゃない……?」
「イベント……ハンネスさんと変態さんの記憶しかありませんね」
「へ、へぇ〜……変態は覚えてるんだぁ〜、へぇ〜」
ブロッサムさんが義姉上の気を引いているうちにマリーへと駆け寄る……リスポーンや強制ログアウトしていないことからHPはまだ残っているだろうし今は気絶のバッドステータスか、ただ放心しているだけだと思うが……。
「……マリー、大丈夫か?」
「……」
ポーションを振りかけながら声を掛ける。口から血を吹き出してはいるが、意識はあるし目は義姉上の方を常に向いているから無事ではある……が、大丈夫では無さそうだ。
「まぁ、この際誰でも構いません……邪魔しないでくれます?」
「あら、邪魔したら困るのかしら?」
多分俺よりもマリーの方がショックはデカいはずだ……ずっと姉か妹が欲しいと言っていたし、義姉上の存在を知ってからは『一緒に服を選びたい』『恋バナもしてみたいわ』と目を輝かせていた。
「そうですね……またとない機会ですし、困ってしまいます」
「そう…………ざまぁないわ!」
「……」
会話の途中で義姉上が仕掛ける。一息で距離を詰め、短刀を顎へと突き込む動作をするけれどブロッサムさんはそれを首を反らしながら前進することで躱しつつ、大鎌の石突を義姉上の胸へと突き出す……それを半歩引き、半身になった義姉上が脇で挟みながら掴み取ってブロッサムさんを大鎌ごと引き寄せ頭突きを喰らわせる。
「ったぁ! 一々攻撃が可愛くないのよ!」
柄を掴まれたまま背後にあった刃を眼前に持ってくるように大鎌ごと義姉上を振り回し、遠くへと弾き飛ばしながら袈裟斬りに斬りつけるけれど……義姉上は空中で腰を捻り、横になるように体勢を整えると大鎌の刃を蹴り飛ばして距離を取る。
「……本当に邪魔な方ですね」
「いつになく余裕が無いじゃない──ジェノサイダー」
「「──」」
…………あぁそうか、義姉上は元から壊れていたんだ。このゲームを始める時に危険人物として名前が出た、最初にブロッサムさんからも警告された、自分でも調べた……その際に出てきた彼女の所業はたとえ現実の人間ではないNPC相手であっても常軌を逸する内容だった。
そんな義姉上がなぜ俺たちに微笑んでくれると、欠片でも思ってしまったのだろう……なぜ義姉上が俺たちを避けるのか、その理由を考えるべきだった。
「ふん! 事情は知らないけれど、姉弟喧嘩なんて──」
「──姉弟ではありません」
「っ!」
遂に義姉上の口から発せられた『否定』の言葉にマリーが息を呑み、唇が震える……俺もこの短時間で薄々わかっていた筈なのに酷く動揺してしまって……マリーを支える手がブレる。
何かのスキルなのか、影を纏ってから急激に速度を上げた義姉上がブロッサムさんの頭を掴み地面に叩きつける。
「がァっ?!」
「訂正、を、お願い、しますね」
普段通り色を映さない表情と違って様々な感情の色が混じり合い斑色になっている瞳で、淡々と、ブロッサムさんの腰から胸に掛けて足を乗せて押さえ付けながら、頭を打ち付け続ける。
「うっ……けぼっ……」
「私とアレらは『家族』ではありませんので…………この手はなんです?」
「…………くふっ、あの二人はジェノサイダーの弱点ってことね? 表情を歪ませるアンタは滑稽でいい気味──ブゥッ?!」
なぜ、ブロッサムさんはそこまで……そう疑問に思ったところでその本人からフレンドメールが届く──ただ一言、『邪魔』と。
「やめて、やめてくれよ……」
義姉上に拒絶され傷付いた心は、ブロッサムさんを生贄にする罪悪感に悲鳴を上げる……けれど、この茫然自失となったマリーと自分を天秤に架けた時、心とは裏腹に自分の身体は容易く選択をする。
「ぁ、マサ……?」
「やめてくれ……」
マリーの腕を肩に回して無理やりに立たせ、その場を離れる。その動きで意識が現実に戻ったけれど、未だに頭が状況を理解していないマリーを連れて今はただ逃げる…………ブロッサムさんが犠牲になっている音を背後に置き去って。
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