第136話また何かしてる

「兄貴どうすんです?」


「……」


執務机の上で手を組み考え事をする俺に部下の一人が恐る恐るといった体で声を掛けてくる。

主語が抜けているがあの理不尽クソ女の事を言っているであろうことは明白……だがしかしどうするかなど、俺が聞きたいくらいだ。


───────バキィッ!!


…………確かあの理不尽クソ女は言うに事欠いて俺に独立して辺境領主から国王になれと、しかもそれが今まで迷惑を掛けた事に対する褒美として提案したのだから意味がわからない。こっちの話も聞かないというか理解しやがらねぇ。


───────ドンッ!!


…………第一どうやって独立する気だ? 中央政府、それも王太子だろうが第二王子だろうが許す訳ないだろうし帝国もその隙を見逃さないだろう。

……いや、違うな。あの理不尽クソ女は『やる』と言ったんだ、ならば独立すること……これは決定事項だろう。考えるべき事は『無理な理由』ではなく『どう立ち回るか』だ、今までそうやってのし上がって来ただろう?


───────ぽすっ…………ぽすっ。


…………幸いな事にあの理不尽クソ女は『ベルゼンストック市』の革命騒動にも関わっていたらしく、伝手があるらしい……なんで関わりがあるのかも、一緒に独立してくれるだけの影響力もあるのかはもう怖いから聞かないとして内海を通じた他大陸との交易と海運が使えるのは素直に有り難いな。


───────ブォォオオオ。


…………確か『ベルゼンストック市』には秩序神である『海神クレブスクルム』を信仰する土地で、その信徒を纏めあげる最高司祭の一族も居たはずだ。

大昔にエルマーニュ王国に征服され、奴隷の身分に落とされたとはいえ信仰が失われず革命を起こせるまでに牙を延ばし、爪を研ぎ続けられたのは……彼らの民族が希望を失わなかったのはその最高司祭の一族が居たからだろう。


───────ギュインギュイン!


…………最高司祭ともなるとその篤い信仰心と長年の善行により秩序神からの加護どころか寵愛を受け、様々な事柄……特に海に関する事ならば並ぶ者は居ないほどの能力を獲得し得るという……そんな人物の協力が得られるのであればあるいは……。


───────フォン、フォン、フォーン!!


…………少なくとも上手く立ち回れば内海を失陥する事もないだろうし、そのアドバンテージを活かしきれば……一部外海と面して独自に港を持っている帝国は兎も角、少なくとも他に海を持たない王国には圧力を掛けられるだろう。


───────ズド、ズドドドドド!!


…………努めて無視しようとしたが、なんの音だ? 先程から五月蝿くて敵わん。

まさか庭で魔術の練習をするはずもないだろう。あの理不尽クソ女と違って俺の部下達は『常識』という尊いものを大切に保持している。


「兄貴……」


「わかっている、わかってはいるが……振り返りたくはない」


そう、この執務机から振り返って背後の窓を覗けばすぐに庭が見下ろせる。

しかしそれはつまりクソッタレな『現実』を直視すると言う事だ……そんなのは嫌だ。


「それは解りますが……」


「……ちなみに聞くが今日って何か特別な訓練とかあったか?」


そうだ、そうだよ! なにか特別な訓練をしているのであればこの騒音にも納得がいく! 常日頃……正確にはあの理不尽クソ女が襲来した時から何が起きても対応できるだけの備えはしとくように部下達には通達してある……多分それだろう。


「スケジュールにそんなものは無かったかと……」


「……じゃあ何か新しい魔道具や薬の実験とかか?」


そうだ、そうだよ! なにか新しい実験をしているのであればこの騒音にも納得がいく! 常日頃……正確にはあの理不尽クソ女が襲来した時から何が起きても対応できるだけの備えはしとくように部下達には通達してある……多分それだろう。


「どの計画も大詰めかまだ試作品すら出来ていなかったかと……」


「……誰か客人とかは?」


そうだ、そうだよ! 誰か新しい戦力を雇用してその強さを見ているのであればこの騒音にも納得がいく! 常日頃……正確にはあの理不尽クソ女が襲来した時から何が起きても対応できるだけの備えはしとくように部下達には通達してある……多分それだろう。


「レーナ姐さんくらいしか居ませんね……」


「クソッタレ!」


俺は手に持っていた茶器を思いっ切り床に叩き付けながら叫ぶ……どう足掻いても騒音の原因があの理不尽クソ女しか見当たらねぇ、いい加減にしてくれよ……。


「兄貴、そろそろ現実逃避は……」


「解ってる、解ってるさ……はぁ〜」


重い溜め息をつき、部下の一人からの申し訳なさそうな目を無視しながら立ち上がる……あの理不尽クソ女は部下達には荷が重過ぎて対応させる訳にはいかんしな……部下がストレスで死んでしまう。


「すぅ〜、はぁ〜……よし!」


深呼吸した後に意を決して俺は執務机の背後にある窓を覗き込むべく重い足取りで近付いていく……まるで断頭台に上るかの様な想いで進むその道程は高々数歩の距離であるはずなのに城壁を一周したかのように汗が吹き出し、息も荒くなる。


「ふぅ〜……さて、奴は──」


今度は人の庭で一体何をしてくれていやがるんだと開き直りの境地で怒りを覚えながら窓から庭を見下ろせば……奴は金色で、しかしながら成金のような趣味の悪さを感じさせないデザインのよく分からない物に乗っていた。

首の無い馬のような、けれども脚はなく代わりに重そうな車輪を二つ付けただけのそれに跨りながら三階であるはずのこの部屋の窓の高さまで飛び上がっていた奴は目が合うとこちらに手を振ってから庭に着地する。その時に前の車輪を軸として半回転しながら停止する様はやはりそれが馬ではないことをこちらに知らせてくれる。


「──また何かしてる」


もはや理解する事を諦めたのか、窓に反射して映る俺は真顔だった。


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