第109話帝国の激怒

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拝啓 肥えた老豚たる帝国


慈悲深き我が王女は劈頭から今日に至るまで自国民を保護することこそを目的としておられた……にもかかわらず、謬見なる貴殿らは人類普遍の倫理から逸脱し、まだ食べ足りないと言わんばかりの獣のように我が祖国に対して情欲を滾らせる。


牽強付会が大好きな帝国産の豚は、恣意に醜態を晒すことを止め、そろそろ二足歩行を覚えて人類に進化してはどうだろうか。知性ありし数多の国を呑み込み肥太った貴国には難しいかも知れないが……いやそもそも無稽なる貪食者たる豚には理解はできなかったかも知れない。謝罪する。


豚と人語で意思疎通を図ろうなど……いくら知悉たる我が国も蟻走感が止まらない。愚鈍なる豚には人類普遍の倫理の是非や己の瑕疵すら拘泥せず、些事であったな。


そうそう、無知蒙昧たる娼婦が数多の肉竿を連れて稚拙な営業に来たので峻拒したのだが……残念ながらやはり人と豚ではお互いの常識に齟齬があり理解されなかった。動物好きの王女としては誠に残念である。


だが我々の本音としては仲良くしたいのが純然たる事実である。そのため貴国との友好を敷衍するに当たって娼婦を飾り立て、肉竿を食べやすい大きさに加工しておいた。好きだろう? 豚は共食いが。


貴殿らの未来の飼育者たるフェーラ・ディン・エルマーニュ第一王女より。


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「……」


エルマーニュ王国に対して橋頭堡を築くための先遣隊たる軍を派遣してから少しばかり日が経った頃、この戦争の発端となった第一王女から親書が届き、帝国側はアレクセイ騎士団長の居ない王国がもう音を上げたのかと期待していたのだが……皇帝が読み終わった親書を静かに握り潰し、隠す気もない怒気と殺気を撒き散らし始めたことによってそれは間違いだと悟る。


「……せよ」


「? 陛下?」


親書を握り潰し、プレッシャーを放ったままだった皇帝がやっと声を発する……既にこの場に満たされる殺意から解放されようと今一度大臣の一人が呼び掛けるが反応がなく、困惑が謁見の間に広がっていく。


「……せよ」


「失礼ながら陛下、もう一度──」


「──総動員を発令せよ! 平民を徴兵し! 傭兵を雇い! 正規軍を総動員し! 官民一体となって王国を叩き潰せ!! これは勅命である!!」


「『っ?!』」


皇帝からの勅命の内容にその場に居た重臣たちはもれなく全員が驚き、息を呑む。温厚派であり、過激派や主戦派の部下たちを抑える側であった皇帝の変わりように主戦派の将軍ですら驚愕を顔に貼り付ける。


「余の武具を用意しろ! 娘の仇を討つ!」


「へ、陛下?! 落ち着いてください!」


まさかの皇帝自らも出陣を匂わせる発言に宰相が飛び上がり窘めようとするが……皇帝の激しい怒気は収まるどころか時間が経てば経つほど激しさを増していく。


「先遣隊の将軍は『姫騎士』と名高い皇女殿下ですぞ?! なにかの間違いで──」


「──会議中のところ失礼します! 先遣隊の生き残りが帰還致しました!」


この親書に書いてあることはこちらを揺さぶるための王国側の卑劣な罠だと諭そうとしたところに『先遣隊の生き残り』の帰還という最悪の報せ……それは少なくとも敗北したのは事実だということを嫌でも帝国側にわからせた。


「……ですが陛下、まだ皇女殿下がどうなったのかはわかりません。交渉の材料にするため、捕虜として無事な可能性が高いです」


「……少し取り乱した、許せ」


「滅相もございません」


そう、通常であるならば皇族など捕虜としての価値が高く無事な可能性の方が高いのが当たり前である……断じてカルマ値のために簡単に殺されたり、敵を煽るために死体を冒涜されることなどありえないのである。


「だがここまでコケにされたのだ、総動員は発令せよ」


「かしこまりました」


「……そして娘の安否確認も並行して行え」


「御意に」


この三日後に皇女殿下はすぐに見つかるものの、あんまりな内容に謁見の間で吐く者も現れ、皇帝は涙を流して憤怒する。これに対して帝国貴族は派閥を乗り越えて、御前会議にて全員が参戦派に回るという異例の事態を以て王国との全面戦争を決意することになる。


▼▼▼▼▼▼▼


「主任〜! もうこのサイコパス共イヤっすよ!」


「んー? どったの? またレーナがやらかした? それとも不可侵領域の方?」


都内某所にある高層ビルの一室。『カルマ・ストーリー・オンライン』の運営の仕事場の一つであるこの場所で一人のプログラマーが泣き言を叫び、主任が興味を引かれて近くに駆け寄る。


「両方っすよ〜、見て下さいよこのログ!」


「ん〜どれどれ…………ブッフォッ! 草生えるんだけど!」


「生やさないでくださいよ……」


ザッとログを流し読みした主任があんまりにも想定外な事態がプレイヤーの手によって引き起こされているのを確認して吹き出してしまう……享楽主義者な彼のツボにハマったようである。


「これどうするんすか? 既にいくつかのクエストとか消えましたけど?」


「んー、そうだねぇ〜……よし、決めた!」


「……なんすか?」


あまりにも早く結論を出した主任に付き合いの長いプログラマーの彼は警戒心を露わにして隠そうともせず、睨み付ける。


「もうこのままワールドクエストにしちゃおう! プレイヤーには王国か帝国のどちらに加担するか選ばせよう!」


「……でもそれだと、どっちが勝っても地域の混沌具合が高まりますが?」


主任にしてはまともな意見に内心驚きながらも問題を指摘するプログラマー……王国と帝国のどちらが勝っても混沌陣営にしか利がないのは不公平ではということらしい。


「別に一つとは言ってないんだなー?」


「……一気に二つも出すんすか? 内容は?」


まさかワールドクエストを一度に複数出すとは思わなかったために驚くが、それよりも納得の方が大きいのかそれほどは反発は少ない。


「フェーラ王女の奪還、もしくはレーナと絶対不可侵領域の討伐!」


「王女の奪還はわかりますけど、プレイヤーを狙い撃ちっすか?」


運営が特定のプレイヤーに肩入れしたり、逆に不利益を与えるのはダメだろうと難色を示すプログラマーに対して主任はこれ見よがしに肩を竦めてみせる。


「ワールドクエストを出すのは運営じゃなくて《七色の貴神なないろのきしん》さ!」


「……理由は?」


「レーナは王女を誘拐しているし、絶対不可侵領域も大義名分もなく自身に無関係な軍隊を襲って皇女を殺害している……そもそも敵対している陣営の有力株だ、これ以上ない理由だろ?」


「……確かに」


意外にもしっかりした理由に周りで聞き耳を立てていた他の社員たちも驚いたように主任を見つめる……それだけで彼の普段の言動が知れるというもの。


「じゃあ細かい調整は任せるからよろしく〜」


「はぁ〜、わかりましたよ」


いつものように部下に雑事を放り投げて昼飯でも食いに行こうかと主任が振り返ったところで──


「──こんにちは主任、会議のお時間です」


「……もうそんな時間かな?」


「時間を確認してから部屋を逃げたのを確認しておりますが?」


「……ごめんなさい」


この後主任は『私は会議から逃亡を企てました』という看板を首から下げながら会社の上層部にプレゼンし、飲み会に誘われたという。


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