第104話忠犬侯爵

突然の襲撃に驚きはしたもののガヴァン侯爵として冷静さを保ちつつ落ち着いて思考する……敵は誰だ? 今の情勢下において私が死ぬことで一番喜ぶのは第二王子の派閥だが……堂々とし過ぎているな。


「……ここもか」


「クソッ! お前たち、もう時間がない! こじ開けるぞ!」


「はっ!」


そして襲撃からそれほど時間も経過していないというのに裏口という裏口を固めるこの迅速さに加えてまるで屋敷を丸ごと縛り付けているかのように閉じ込められている……あの派閥にここまでの仕事をこなせる者が居たであろうか?


「ぜぇい!」


「《熱線》!」


今も部下たちが必死になって閉じられた裏口をこじ開けようとしているが結果は芳しくない……これ以上は他の出口を探して彷徨いている間に戦闘に巻き込まれたり、襲撃者とかち合う可能性があるためもうここで終わらせたいが……。


「……開きません!」


「いいから手を動かせ!」


やはり無理そうか……このまま騎士団の到着を待つという手段もあるにはあるが、あの第二王子の派閥が邪魔をしてすぐには駆け付けられないだろうから……生存は絶望的か。


「窓はどうだ?!」


「外から束ねた糸が遮っており、割っても外には出られません!」


「クソッ!」


ふむ、そろそろ腹を括らねばなるまい……敵が第二王子の差し金なのかそれとも帝国からの刺客か……そのどちらであっても少しでも情報を絞り出し、例のスキルで王太子殿下に……いや、陛下に伝えなければならない。


「……来たか」


「あ、こんな所に居たんですね」


「『っ?!』」


この場に似つかわしくない女の声にすぐさま部下たちが反応し、私を背後へと庇い武器を構えるのに対して、恐ろしいほどに整った容姿の女は武器を抜くことすらしない。


「……殿下、なにゆえそちら側に居られるのか」


「……っ」


「フェーラ殿下……」


「まさか本当に……」


陛下の証言を基に描かれた似顔絵と大部分が一致する……まさか絵よりも美しいとは想像できなかったがこの女が陛下の言う『混沌の使徒』であろう……であるならば、なにゆえ殿下はそれと一緒に居られるのか。


「おや? 王女様の宣戦布告を聞かなかったんですか?」


「……無論、知っているとも」


こちらを不思議そうな表情で見つめ問い掛けてくる女に答える……まだなんとも感じられないが陛下が言うに自身を隠蔽か偽装しているという話だ、まだまともな会話ができるだけ良しとしよう。


「王が不在で混乱の最中に帝国に宣戦布告したのです、今さら聞く必要もないのでは?」


「……私は殿下に聞いておるのです」


「……っ!」


「……あぁ、そうですか」


途端につまらなそうな顔をして短刀を抜き去り、それに対して部下たちが殺気立つのを纏めて無視してフェーラ殿下を観察する……殿下は目を少しばかり細めて下唇を軽く噛み、両手を後ろで組んでおられた……なにかを耐える時の仕草ですな。


「なんか反応が思っていたのと違ったのでさっさと殺しますね?」


「貴様ァ?!」


「侯爵閣下を侮辱なされるおつもりか?!」


どうせここで死ぬのだ、忠義を尽くし道連れになってくれる部下たちには申し訳ないが私も忠義を尽くすため全てを無視してフェーラ殿下へと語りかける。


「お后様もあなた様のおじい様であるファルニア公爵閣下もご心配されておりましたぞ」


「っ! ……」


喋ることができないのか、それとも意図的に喋らないのかは判断がつきませんがますます殿下は苦悶の表情をされる……昔から本当に耐え難い苦痛は顔に出る方でしたね。


「あー、本当につまらない方ですね?」


「ぐっ?!」


心底面白くないとでも言うようにこちらになにかを投擲し、それは部下達の間を通り抜け私の横腹へと突き刺さる……この異様な熱さから毒でも塗られていたか。


「閣下?!」


「貴様、恥を知れ!」


「その首、広場に晒してやる!」


一斉に斬り掛かる部下たちを表情を一つも変えずに淡々と殺害していく……長剣を振りかぶる部下の手首を素早く掴み取り、顎を蹴りあげ引き寄せ首を貫き、そのまま奪った長剣を投擲して後衛の魔術師の部下の頭をかち割る……上下左右から振るわれる斬撃を首と肩、脇下、肘、膝裏と関節などで挟んで受け止め鋼糸で喉を一斉に掻き切る……文官である私にはもう何が起こっているのかわからない。


「げぼぉっ! ……殿下、本当はこんなことしたくはないのでしょう? 」


「……」


「いち、にーい、さーん、しーい──」


毒による吐血も……作業的に部下たちの首を落としていく女の……もはや理解できないものは全て無視してなおも殿下へと語りかける……後ろで組んだ手を握りしめ、薄らとだが涙がその瞳に浮かぶのを見て確信する……なんらかの影響で今は喋れないが、この状況は殿下の望んだものではないと……だから──


「──殿下、『春来たりて親子は微笑む』……ですぞ」


「っ?!」


「……なんかの詩ですかね?」


全く以て意味不明という表情の女とは裏腹に殿下はその意味を……幼い頃に陛下とお妃様としていた言葉遊びで作られた符号、それを理解し一瞬驚愕の表情を浮かべてから軽く頷く……どうやら身じろぎ程度ならできるようですな。


「『兄は妹を連れてお菓子の家へと出かける』」


「……っ!」


陛下は……兄は妹である殿下を信じ見捨ててはいないと伝える。


「『暗い夜の帳が落ちるのが怖かろう』」


「……」


不本意な出来事、または嫌なことが起きて辛いのかという問いに軽く頷く殿下を見てやはりと安堵すると共に怒りを覚える。


「『悪い魔女は──」


「──訳のわからない言葉遊びはお終いですよ」


「がふっ?!」


「っ?!」


どうやらいつの間にか部下たちは全滅したようですな……最後まで尽くしてくれた部下たちに返し切れない感謝を捧げる……忠道大儀であった。


「さて、そろそろ死にますか?」


「ぐうっ! ……がふっ、ふふふ」


「……?」


こちらの腹に短刀を突き立てて捻り込まれる……臓物が刃で掻き回され、異物が我が物顔で本来内臓が在るべき場所を占拠する耐え難き痛みすら無視して笑えば女は不思議そうな表情をする……ふふふ、時間切れは残念ではありますが最低限のことは知れましたからな。


「まだ何か企んで──」


「《──誓約・忠犬は楽して死なず》!!」


「っ?!」


女の首を掴みその美しい顏を至近距離で覗き込みながら《宣誓》スキルの派生を発動する……こちらに驚きの眼差しを向ける女の瞳は美しく、最期の光景としては申し分ないだろう。


「《──誓約・我が主人に栄光を》!!」


自身と自身の主人の敵と見なした者だけを攻撃する極光へと自らの身体を変質させる自爆攻撃を敢行する。もはや毒に侵され、目の前にはこの女……元より助かる道はあるまい。


「……やってくれますね、犬」


「……褒め言葉ですな」


しかしながら副次効果として死ぬ直前の光景一分間を予め定めた相手へと送るこのスキル……陛下ならば無駄にはしませんでしょうな。


「さぁ、自他共に認める忠犬の最期だ! 特等席で楽しめ女ァ!」


私は身体の末端からほどけて、混沌を滅する極光へと成る!!


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