第102話優しい微笑みの下で

「さて、帝国軍は……なんか壊滅してますね?」


元の世界に戻ってから王都の城壁にある尖塔の上から『遠見』スキルで見ますが……なぜかさっきまで進軍していた帝国軍が壊滅し敗走していますね?


「うーん、勝手に敗走されると困るんですよねぇ……」


なんかよくわからないけど帝国軍がいきなり敗走してるからなんとかなると、王国に調子に乗られて流れが持っていかれても面白くありませんし……いきなりの初戦敗退で帝国側が尻込みしてもつまらないです。


「仕方ありませんね、予定よりも大分早いですが手を出しますか」


まずは調子に乗る前に王国側に手痛い被害を与えなければなりませんね。前に私が壊滅させた辺境派遣軍なんて王国の全体数からしたら微々たるものでしょうし。


「それで? あなたはいつまでそうしているんですか?」


「……」


尖塔の屋根の端で膝を抱えて蹲る王女に問い掛ける……さっきからこんな調子なんですよね、どこか具合でも悪いんでしょうか?


「……どうして私を連れ回すの、もう宣戦布告はしたでしょ」


「そんなの、あなたが観客だからに決まってるじゃないですか」


なんのために宣戦布告して初めから帝国を巻き込んだと思っているのでしょうか? 崩れゆく王国を見せるために他ならないというのに。


「……そんなにあなたのお母様を侮辱した私が嫌い?」


「いいえ? 別にあなたは憎いですけど嫌いではありませんよ?」


「……?」


こちらの返答にようやく顔を上げますがその表情は『何を言っているのかわからない』と雄弁に物語っていますね。


「母様を侮辱したあなたを私は赦すことはこれからもありませんし、今も殺したいくらい憎んでいます」


「ならなんで……」


でもだからといって嫌いではないんですよね、本当に愚かな少女です。


「頭が良く、私を挑発する胆力を持っていながら現状を変える力も無く後は嘆くだけ」


「……やめて」


メイドさんや父親を殺した相手に向かって挑発する豪胆さは……まぁ、年端もいかない少女にしてはよくできた方かなとは思いますし、利用されるくらいなら殺されようとするのも王族の端くれとしては上出来なのではないかと、ですが……。


「私を煽って殺されようとはしますが、ここで飛び降りられない辺りが滑稽です」


「……やめて」


「自分の命すら自分で自由にできない、その半端で賢い愚かさが『人間』って感じで好きですよ」


私が不細工な神に拉致されていた間の時間さえあればここから飛び降り自殺することも可能だったはずですが、彼女はそれを選択しなかった……怖いというのも勿論あるのでしょうが『王国を引っ掻き回した王女の自殺』なんてどう扱われるのか見当も付かないでしょうから、そこに気付いてしまってできないのですよね?


「なによりメイドさんがあなたを縛っているようですね?」


「もう……やめてよ……」


メイドさんの遺言は王女を縛り付けて離さないようですね? 彼女の遺言を守るのならば自殺など絶対にできないでしょう……他殺だから仕方がなかったという言い訳は最低限欲しいところです。


「ふふ、あなたの幸せを願ったメイドさんがあなたの不幸の一助となるのは中々愉快ですね?」


「……殺してやる」


「無理ですよ」


「……っ」


こちらを憎悪の涙で濡らした瞳で睨み付けながらできもしないことを宣う哀れな王女を一瞥して微笑む……驚いた顔で一瞬だけ惚けた後に目を逸らし膝に頭を埋める王女が愛おしい。玩具はやっぱり多機能でなくてはなりませんね。


「……なんで、そんな優しい微笑みができるのに」


「? 優しい?」


うーん、少し言葉責めが過ぎてAIがバグりましたかね? それともマゾヒストに目覚めた……とか? 何を以て優しいと形容したのか不明ですが、まぁそこまで気になるほどでもないですね。


「まぁ今のうちに泣けばいいですよ、そのうち出なくなります」


「……実感が篭ってるのね」


「……」


……とりあえず有力貴族でも暗殺すれば王国の動きはさらに鈍くなりますし、その間に帝国が持ち直すでしょう、先ずは未だに最大派閥である王太子派から狙いましょう。


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