第81話メイドの意地

得体の知れない女性に連れられて殿下たちから離れた路地裏を進む……無防備に前を歩く彼女に対して、背後から奇襲を掛けようとしますがその度にこちらに無温の視線を向けてくる。


「……どこまで行く気ですか?」


「んー、どこまでがいいですかねぇ?」


途中から殿下からお嬢様呼びに変えたものの、彼女の強烈な負の感情に当てられてミスを犯してしまいましたし、なによりも最初から王女だとわかって近づいてきたのでしょう……目的がわかりませんが殿下をお護りせねばなりません。


「……やはりジュラル殿下の差し金ですか?」


「じゅ……?」


……第二王子の仕業ではないようですね。まぁ、いいです、このまま時間稼ぎに徹しますか。殿下ならばなにかを察してすぐに逃げてくださるでしょう。


「では、可能性は低いですがグィーラン殿下ですか?」


「? ……??」


この女性の連れ二人が不確定要素ですが、漂わせる気配は清浄そのもの……彼女自身が二人から離れたことからむしろ殿下を助けてくれるのではないかと思うのですが……予め打ち合わせしているのは無いでしょう。秩序に属する者が王族とはいえ幼子を狙うなど考えられません。


「ではやはり……帝国の間者ですか」


「帝国? ……あぁ」


やはりそうですか……バーレンス辺境領を落としたら後はもう簡単ですからね、直接的な手に出ましたか……フェーラ殿下を攫えば陛下のみならず、正妃様の実家である公爵家の動きも鈍らせることができるでしょう。


「少なくともまだ数年は大人しくしていると思っていたんですがね?」


「……帝国は大人しいと思いますよ?」


「……そうですか」


白々しい方ですね……いや、本当に大人しいと考えている? 無表情なため読みづらいですね。もし仮に、大人しいと思っているのならこれ以上の……殿下を攫う以上の事を企んでいると? そうであるならばただのメイドである私には荷が重いですね……。


「一応聞いておきます……目的はなんですか?」


「面白そうだからですかね?」


「真面目に答える気はないようですね」


まぁ、あながち間違いではないでしょう……帝国からしたらさぞ面白いことでしょうからね。


「さて、ここら辺でいいですかね?」


「……」


そう言って彼女は路地裏の奥まったところまで行ったところで止まる。とうとうこの時が来ましたか……さて、私はいったいどうなってしまうのでしょうね?


「一応聞いておきますけど、協力はしなくていいんで邪魔はしないでくれませんか?」


「殿下を裏切るなどありえませんね」


「……そうですか」


そこで会話は終わり、なにやら遠いところを見ている彼女に隙を突いて突撃します。


「せいっ!」


「……」


隠し持っていたナイフを突きつけますが軽く避けられてしまいましたので、そこから急ブレーキをかけて振りかぶります。


「……」


「はぁっ……がっ?!」


振り向きざまに顔面に一発貰ってしまいましたが、まだまだこれからです。


「やぁっ!」


「……」


「せい!」


「……」


ナイフを腰だめに構えて突撃──手首を掴まれ引き寄せられながら首を殴られる──下から首を狙った突き──腹を蹴られる──膝を狙った振り下ろし──顔を掴まれ壁に打ち付けられる。


「ぐっ……げほっ!」


「力の差は理解できましたか?」


悔しいですが痛いほどに理解致しました、彼女は武器すら抜いてはいませんでしたし、常に無表情に淡々と……こちらが軽くあしらわれてるとわかるように手加減して対処していましたからね。


「えぇ、それはもう……」


「でしたらもうこれ以上は──」


「──メイドを舐めないでいただきたい」


ヨロヨロと不格好に立ち上がり、彼女から少し距離をとりながら強い意志を込めて睨み付ける。


「まだ何かするつもりで?」


「ふふ、どうでしょうね」


遊ばれているのはわかっています、そうでなくともなぜか本気で殺しに来ていない時点で、何かがあるのだろうと思います……ですが、それでも……それを利用してでも殿下のために少しでも時間を稼ぎましょう。


「『身体強化・メイドの嗜み』」


「おや、メイドも使えるんですねぇ……」


なにか変なところに感心している彼女を放っておいて、強化に専念します。


「『精神高揚・メイドの矜恃』」


これでさらに少しでも、意地でも食らいついて時間稼ぎを!


「……それで? どうしますか?」


「知れたこと! はぁあっ!!」


たかがこの程度で勝てるとは思いませんし、一秒しか稼げないかも知れない。それでも……ここまで切り札を切ったのです、多少なりとも──


「──百ならまだしも、たかが十を何倍かにしたところで意味なんて無いですよ」


「ぶがぁっ?!」


…………いつの間に頭を掴まれたのか、いつの間に地面に叩き付けられたのか、いつの間にナイフを取り上げられていたのか、視認すらできないまま空を見上げているのはなぜなのか……。


「がはっ! ……ごほっ!」


「……満足しました?」


…………情けない、すごく……殿下のメイドとして情けない……殿下が、護るべきお人が狙われていると判っているのに、ただ無様に地面に転がされ、空を見上げているのは情けない、ですが……ふふ、これは私の勝ちです!


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