第22話 夕暮れ・穂乃花の揺れる心

 あかね色に輝く夕日と、その夕日を映し出す湖を二人で見ていた。


 太陽の光が湖に一筋の茜色の道を作る。

それを時折、湖面に立つさざ波が茜色の道を湖に溶かす。


 何時までも見ていたい、そう思う。


 しかし、ゆっくりと太陽が地上に降りてくる。

もうすぐ、林の影に隠れてしまうだろう・・。


 このような光景を外でみていたなら、二人とも寒さでかみ合わない歯を、ガチガチと鳴らしていただろう。

しかし、不思議な部屋の中でみているお陰で全く寒くない。


 たまに吹く心地よいそよ風が頬をくすぐる。

誠の肩に、穂乃花は頭を乗せながら呟く。


 「綺麗・・。」

 「うん、綺麗だ・・君も。」


 誠の最後の「君も」という言葉は、すごく小さい呟きだった。

穂乃花には聞こえない。

だが・・


 穂乃花は今、幸せを噛みしめていた。

誠に体を寄せて預けている安心感・・

誠の肩に頭を乗せる心地よさ・・・。


 こんなに幸せでいいのだろうか?


 これは、吊り橋効果なのだろうか?

二人で縄文時代に飛ばされた不安が、二人をより近づけたのだろうか?


 違う!

関係ない。

どこであろうと、私は誠さんといることが幸せなんだ。

吊り橋効果なんて有っても無くても同じ。

そう思う。


 やがて太陽は林に近づくと、落ちる速度が速くなった。

なんて野暮な太陽なのだろう・・。

林に沈む直前まで、余韻を残しながらゆっくりと沈んで欲しいのに。


 太陽が林に隠れると、夜のとばりがおりた。


 誠が声をかける。


 「ハナコさん、部屋を明るくして。」

 『はい、わかりました。』


 すると部屋全体が優しく光り始めた。

気がつくと漆喰の壁に囲まれた部屋にいた。


 漆喰といっても蔵のような冷たい感じではない。

光がやや橙色の暖かみのある色のせいかもしれないが、清潔感があり、なんていうのだろう、見ていて心が安まる。

よく見ると壁には文様があり、その緩やかな曲線と凹凸おうとつが壁を柔らかく見せているようだ。


 「穂乃花、夕食はどうする?」

 「うん・・、まだ、いいかな?・・」

 「分かった、じゃあ温泉にでも入らないか?」

 「そうだね、そうしようかしら。」


 「ハナコさん、ここの温泉は露天風呂?」

 『はい、露天風呂だけです。』

 「え? そうなの。」

 『ええ、内風呂はいらないというお客様が多く、ご要望にお応えしました。』

 「そうなんだ・・、寒いと思うんだけど?」

 『いえ、先ほどと同じように空気の温度調整をしております。』

 「あ、そうなんだ。」

 『外の風を通しますが、風の温度のみ変えています。』

 「へ~・・。」


 『風は多少ひんやり感じます。屋外にいる感じを出すためです。』

 「いたれりつくせりだね。」

 『お客様にも気に入っていただけると思います。』


 「それでさ・・、あのさ・・」


 ん?

 なんか誠さんが、突然言いにくそうに口ごもる。

どうしたというのだろうか?


 「あ、あのさ・・。」

 『はい? 何でしょうか?』

 「その、それって混浴?」


 !!!!

あ!

え?

こ、混浴!!

な、何を期待しているの! 誠さん!!


 『いえ、男女別々ですよ。』

 「えっ? そうなの? 混浴ないの?」

 『混浴はありますが、お客様はご結婚されてないと承っています。』

 「え? うん、そうだけど?」

 『お客さま・・』


 総合案内の声・ハナコさんはあきれた声を出した。


 『なぜご結婚前なのに混浴を希望されるのです?』

 「え? いや、だってさ、恋人同士は、うふふふ、あはは、でしょ?」

 『言っている意味がわかりませんが?』


 「あ、だから・・」

 『結婚前の男女が混浴されると犯罪です。』

 「え! 犯罪?」

 『はい、刑法 ”男女結婚までは清くあるべし” に抵触します。』

 「う~ん、まあ罰金程度なら・・考えちゃうかな・・。」


 『3年以下の懲役、情状の酌量なし、仮釈放なしですが、それでよろしければ。』

 「え?! 何、その重罪!」

 『当旅籠はコンプライアンス(※1)を遵守しますので、悪しからず。』

 「ええええ!! 目をつむってよ!」

 『ダメです。出来ません。却下します。』

 「そんなに、強調しなくても・・。」


 私は誠さんとハナコさんの会話を聞いて、あきれかえってしまった。

だって、混浴だよ?

混浴?

ん?

こ! 混浴?

混・浴・・。

あ、あれ?

え?

恥ずかしいんだけど?・・

で、でも・・

誠さんとお風呂?

えへっ!

あ!ダメ!

ダメです、こんにゃく、す、するまでは!

あ、私、噛んだ?

噛んでるよね、噛んで!

婚約です!婚約するまでは!

こんにゃくなんて食べません!

!・・・

いや、そうじゃない、混浴の話しよ、混浴・・

混浴は、ちょっと、あの、その・・

残念のような気も、しないでは、なくもないような・・

残念?・・

いや、あれ?!


 「穂乃花? どうした?」

 「えっ!?」

 「いや、突然、俯いうつむて何かぶつぶつと言っているけど?」


 あ、いけない!

誠さんの混浴の話しに思わず考えこんでしまった!

慌てて顔を上げて誠さんの顔を見る。


 「顔が真っ赤だけど?」

 「え! だって混浴だなんて!」

 「あ!」


 誠さんが、思わず声を上げた。

え? なんで驚いているの?


 「あ、いや、あの、その、ゴメン、つい・・。」

 「つい?」

 「あ、えっと、ゴメン!!」


 突然、頭を下げた。

え~・・・、これって?

私、どうすればいいの?

だって、混浴を希望して、今さら、それを後悔?

ひょっとして、私が目の前に居るのを忘れていたの?!

あ!

あり得る・・誠さんの事だから・・。

もう! このスケベ男は!

そのくせ、私に手を出そうとしないくせに!

あ・・

今のは訂正、いや、手を出して欲しくはなくはない・・

いえ、欲しいのだけど、って、違う!

そうじゃなくて・・

えっと・・

その、適度になら・・


 「あ、あの、穂乃花?」


あ! いけない、また考えこんでしまった。


 『あの~、温泉どうしますか?』

 「「あっ!」」


 呆れた声で話すハナコさんの言葉に、二人でハモってしまった。



============

※1 : コンプライアンス

法令遵守:主に企業側でのこと。

いろいろな側面があるようですので、詳細はweb等でお調べ下さい。


注意)

穂乃花も、誠もこの語彙ごいに突っ込みを入れていません。

たぶんですが、縄文時代にはこのような単語はなかったと思います。

作者自身が縄文時代に生きていないので言い切れない面はありますけど。

例え生きていたとしても輪廻転生したためでしょうか、記憶にありません。

ですからわかりません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る