第20話 良い部屋なのかも・・

 誠は小上がりを上がって、襖を開く。


 すると目の前に8畳くらいの和室が見えた。

正面は窓だ。

窓は、縦2m、幅4mの透明なガラスで、外の景色がみえる。

思わず、声をあげた。


 「おお、これは!」


 そう言うと、誠の後ろにいた穂乃花が声をかける。


 「誠さん、何かあったの?」


 部屋の入り口が狭く、誠の体が邪魔をして穂乃花から部屋の中が見えない。

穂乃花は誠の肩越しから部屋の中を覗こうとした。

誠に近づき、背伸びをして顎を誠の左肩に乗せ、肩越しに部屋をのぞき込んだ。


 誠は背中に穂乃花の柔らかな胸を感じ、一瞬、頭の中が真っ白になった。

穂乃花のよい香りもした。

反射的に、思わず数歩前に歩いてしまう。

すると、穂乃花の感触が背中から無くなった。


 しまった!


 誠は内心で叫んだ。

馬鹿だ、俺は!

せっかくの穂乃花の感触を・・・馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿!

そう思い、思わず手を額に当て天井を見てしまった。


 「誠さん?」


 穂乃花は誠が突然に数歩歩き、手をひたいに当て天井を見たので呆気あっけにとられた。


 誠は誠で穂乃花に呼びかけられてハッとする。

額に当てた手を外し、穂乃花に向き直る。

そして、なんとなくバツが悪く穂乃花から目線をらした。

すこし横を向く。

誠の顔が赤くなっている。


 「誠さん、どうしたの?」

 「あ、いや、何でも無い。」

 「でも・・。」


 「いや、穂乃花と二人きりの旅行で泊まりだと思うとつい・・。」


 誠は先ほどの動揺を誤魔化すため、思わず思いついたことを口走ってしまった。


 「あっ!・・」


 穂乃花はその言葉を聞いて、ハッとした。

そうだ・・二人でお泊まりだ・・、あ、あれ?


 今頃になって男女二人で泊まることに気がつく穂乃花だった。

頬が赤くなり、やがて耳まで真っ赤になる。

誠の顔を見ていられなくなり俯いた。


 「えっ?」


 誠は穂乃花の様子を見て、思わず声を漏らす。

なんで穂乃花は顔を真っ赤にするんだ?

俺、なんか変なこと言ったっけ?

自分が何と言ったかわからず、思わず考えこんだ。

しかし、何をいったか思い出せない。


 「あの、穂乃花、どうかした。」

 「・・・うん・・な、何でもない!」

 「え?」

 「何でもないの!」


 穂乃花の剣幕に誠はおされた。


 「あ、ああ、そ、それならいいんだけど・・。」

 「・・・」


 誠は再び穂乃花に背を向けて、部屋の窓から外を眺めた。

窓から湖が一望できる。

その湖は湖面に紅葉した艶やかな木々を鏡のように写している。

穂乃花にはたぶん自分が邪魔をして、この景色はまだ見ていないはずだ。


 誠は後ろを向き穂乃花に向かい合うと、穂乃花に近づいた。

そして穂乃花をやさしく引っ張ると同時に、振り返りざま自分の前に穂乃花を出し、穂乃花の後ろに回り込む。

そう、穂乃花に窓の景色を見せるため、穂乃花を前に出し自分は背後に回ったのだ。

穂乃花は、突然の誠の行動にわけが分からず、首だけを回して後ろを振り返り誠の顔を見た。


 誠は、そんな穂乃花の肩に両手を軽く置いて穂乃花に語りかけた。


 「穂乃花、前を見て。」

 「え? うん・・。」


 そう言って穂乃花は前をみた、そして・・。


 「あぅ!! 綺麗!・・・なんて、綺麗なの?」

 「うん、綺麗だ。 穂乃花と同じ位に!」

 「えっ?」

 「綺麗だよ!」

 「あ・・、うん・・。」


 穂乃花はそういうと、景色から目を反らし俯いてしまった。

顔がまた赤くなっている。 いや、耳たぶまで先ほどより赤い。


 誠はといえば、先ほどの発言だが・・、

景色に感動し、無意識に思ったことを口にしていた。

決して穂乃花を口説こうとして言った言葉ではない。

そして、残念なことに、自分が発言した内容を覚えていない。


 今、誠が考えているのは・・


 穂乃花の様子がおかしい!

景色に感動したと思ったら、その直後、俯いてしまった。

それも顔を赤くして。

何故だ?

何故なんだ!


 「穂乃花?」

 「あ、い、いえ、き、綺麗、な、景色だよね・・。」

 「?」


 ま、まあいいか、穂乃花が綺麗な紅葉に満足してくれたなら・・。

そう思い、誠は穂乃花の後ろの位置から、穂乃花の隣に移動した。

穂乃花は誠の肩に自分の頭をゆっくりと乗せた。


 「誠さん・・。」

 「ん?」

 「ここに来てよかった。」

 「うん、綺麗な紅葉が見られたね。」

 「ありがとう。」

 「いや、俺も穂乃花と見られて嬉しいよ。」


 しばらくそうして景色を眺めていた。

それにしても、これは不思議な風景だ。

まるでこの部屋が湖に浮いているようだ。


 「穂乃花、ちょっと窓際に行っていいかい?」

 「ええ。」


 そういうと穂乃花は誠の肩から頭を上げた。

誠は窓に近づいた。

窓は一枚のガラスで開けることはできない。

壁にはめ込んであるようだ。


 窓から覗くと、すぐ真下に湖がある。

湖面まで床から30cmといったところか。

そう、この部屋は湖にせり出しているのだ。


 いったいどういう造りをしているのだろうか、この温泉旅館は。

窓にへばりついて、両サイドの部屋が見えるか確かめてみた。

どうみても、この部屋しかない。

そして湖の周りはこの部屋以外、何もないように見える。

この旅館の造りなら、何か部屋の両側に見えるはずだ。


 確かにフロントで、部屋のドアは別の場所に繋がっていると言っていた。

そして他のお客様と重ならないように別次元にしてあるとも言っていた気がする。

これがそうなのか?

たぶんそうなのだろう・・。

だからこの部屋以外、湖には何もないように見える。

まるで私有地に湖がある別荘みたいだ。


 窓からすこし離れて、穂乃花に向き合う。

窓から離れて違和感を覚えた。

そう、窓に顔をつけても冷たくなかった。

たぶんガラスのようでガラスではないのだろう。


 それに大きい窓だと冷気を感じるはずだが、冷気を感じない。

そういえば・・。


 「穂乃花、寒くない?」

 「ううん、ちょうどいい温度。 誠さんは?」

 「ああ、俺にもちょうどいい。」

 「よかった。」

 「ああ、だけどおかしくないか?」

 「何が?」

 「穂乃花、寒がりだろう?」

 「うん。」

 「俺がちょうどいいという温度は、穂乃花には肌寒かったはずだけど?」

 「あ!」

 「不思議だろう?」

 「うん・・。」


 穂乃花は首を傾げた。


 「まあ、これが、この世界なんだよね。」

 「うん! そうか、そうだよね。」


 そういって二人、顔を見合わせて思わず吹きだした。

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