詐欺は名前が多すぎてさすがの猫様でも覚えられないぞ。


「あぁぁぁ!! あの上司ぃぃぃぃ! 腹立つ!」


 帰ってくるなり、社畜が荒ぶっていた。

 荒ぶるのはいいが、先に私の餌を用意しないか。トイレも汚れているぞ。


「ポンちゃーん! ねぇ聞いてよー! あのさぁ、俺らがやった仕事をさ、取引先の社長が褒めてくれてさ、すっごい嬉しかったのにあの野郎が……手柄を奪ったんだよ! 何もしてないくせに! 俺が残業してる時も平然とネットサーフィンして。ほんとにもう、あいつ!……あぁあムカつく! 犬におしっこかけられたらいいのに!」


 息継ぎも荒々しく興奮状態で叫んでいる社畜は蓄積した怒りが爆発したようだ。だけど、怒り荒ぶる元気があるならお前はまだまだ大丈夫だ。この間まで社畜は死にそうな顔していたからそれに比べたら全然いい。

 適度なガス抜きは必要だぞ。こうしてキレて感情を出すのは何も悪いことじゃない。負の感情を抑え込んでもいいことはないんだ。

 社畜は今現在荒ぶっているが、人様に迷惑かけてないしな。


「社長が皆にってくれた差し入れ全部持って帰ったんだよ!? 意地汚くない!? 社長に感想聞かれた時は何の話かと思ったよ! あーぁ、食べたかったなぁ。有名店の焼売…」


 だが……手柄横取りというのはどうにもスッキリしないな……おい社畜、この私が直々にそのクソ上司を制裁してやろうか。

 私は爪とぎをしながら、怒り荒ぶり続けている社畜に視線を向けた。

 すると私の視線に気がついた社畜がハッとした。怒りの形相から一変して、怯えた表情を浮かべていた。

 

「ヤダ、ポンちゃん…爪とぎながらハンターみたいな目で俺のこと見ないでよ…」


 失礼な奴め。

 興が削がれたので爪とぎを止めた。前足を前に出してグイーンと伸びをすると、大きな欠伸をした。

 ……社畜、飯はまだか。餌を寄越せ。お前珍しくいつもより早く帰ってきたんだから飯食ってとっとと寝ろや。


「ポンちゃん、お腹もふもふさせて、ちょっとだけでいいからー!」


 欠伸をしてボーッとしていた私は、社畜の腕が伸びてきたことに反応が遅れた。

 いとも簡単に身体をゴローンとひっくり返された。私がポカーンとしている隙に、弱点である私の腹に社畜が顔を埋めてきた。

 グリグリと押し付けられる顔。……私は腹が減っているのだ、いい加減にしろ。


「ミギャー!」

「あぅっ」


 調子に乗るな。貢がない社畜はただの社畜。私のお腹に顔を埋める資格などないのだ!

 私の肉球キックを受けた社畜は「ポンちゃんが冷たい…」とメソっていたが私はそんな社畜を冷たく一瞥してやる。

 社畜の頬には肉球スタンプが残った。陽を浴びない社畜の白い肌に映えているぞ。良かったな、光栄に思え。


 

 ──社畜よ。先程のは冗談じゃないぞ。

 お前が望むのなら、その上司という生き物を闇討ちしてやらんこともない。チャオち○ーる大間産マグロ風味で手を打ってやろう。


 なんたってお前は私の奴隷。

 私のものは私のもの。それは人間ですら捻じ曲げることのできない真実。私のものを傷つけるのは例え上司であろうと許されないことなのだ。

 私の奴隷の表情を陰らせるとは…上司よ、ただじゃおかん。


 私の奴隷である社畜の上司もまた、私の奴隷になるのだ。上司よ…せいぜい夜道には気をつけるんだな。


 取り敢えず、もう少し爪といで置くか…


 


■□■



「なーぉん」

「あら、灰色ちゃんまた来たの?」


 また来やがったなこの野郎。

 決まって私のおやつの時間を狙ってやってくる様になった野良の灰色猫。

 先日私のおやつがグレードダウンしたことに気がついたのか、灰色猫は私からおやつを奪うことを止めた。ていうか奪わなくても、大家のオバチャンがコイツのために餌を与えるから、いらなくなったのであろう。


 今のおやつには不満はないが、以前の高カロリーおやつが恋しくなる今日このごろ。私は箱座り状態のままで深くため息を吐いた。

 …思ったのだが、この灰色猫はこの辺を縄張りにする野良なのだろうか。…私のように家族と住んでいたが、バラバラになってしまったのであろうか?

  

 餌を貪る灰色猫を観察していると、TRRRR……と高い通知音を立てて大家のオバチャンのところの家電が鳴った。


「はぁいもしもし、沢口でございます」


 電話に出たオバチャンの声が2トーンくらい高くなる。何故地声じゃないのか。

 …社畜も上司からの電話に出る時、Gと遭遇した時並に嫌そうなのに、出たら出たで愛想良くなるもんな。人間社会とは複雑怪奇である。


 私が何気なしにオバチャンを見ていると、オバチャンが「えっ!?」とギクッとした声を出していた。それには灰色猫も反応して、餌を食べるのを止めていた。

 なんだ、なにがあったオバチャン。


「会社のお金なくしたって…拓朗あんたなにしてるの! どこでなくしたの? 交番には届けた?」


 お金をなくした……

 タクローってオバチャンの息子か? その息子が会社のお金失くしちゃったのか。そりゃ大変だ。

 人間はお金が大好き。お金がなければ生きていけない。そしてお金で私のおやつや餌が購入されるのだ。お金は大事だ。とても大事。だから私も好きだぞ、特に万札が好きだ。あいつすぐにどこかへ消えちゃうけど。


「会社には言ったの? …そんな事言っても、家には手持ちのお金なんて……貯金? ダメよそれは、アパートの改修費用として貯金してるんだから」


 ヘマをやらかしたのなら、誤魔化すのではなくて素直に自首したほうがいいぞ。後々面倒になる。

 しかし大金を持って出歩くとは随分不用心な……


「絶対返すって言ってもあんた車買ったばかりじゃない。そんな余裕ないでしょうが。……泣いたって仕方がないよ。……え? 家まで後輩がお金を取りに来る?」

 

 オバチャンの息子タクロー(20代)が自分のミスをお母さんにカバーしてもらおうとしているが…なんか、おかしい。

 ……うーん、なんだかその会話の内容、どこかで聞いた気がするぞ。あ、あれだ先週お婆ちゃんがボケーッと眺めていたお昼の情報番組だ! 再現ドラマの会話に似ている……ん?

 私はスゥッと頭が冷静になった。

 そもそもオバチャン、それ本物の息子なの? タクローっていつも携帯電話に掛けてきてない?


「えっ、携帯電話の番号? ちょっとまってね!」


 オバチャン、待てそれはマズい。電話の向こうで相手が何を言ったのかは知らないが、教えちゃうと相手の思うつぼだ!!


「フシャーッ!!」


 私は地面を強く蹴りつけると、オバチャンに飛びかかった。


「キャア!」

「シャーッ」


 オバチャンの肩に飛び乗った私は次いで、電話機のフックに手を伸ばした。カチッと軽い音を立てて通話を切ってやった。


「あらっ切れちゃったわ! どうしたのポンちゃん!」

「ニッ!」 


 私はそこからジャンプすると、オバちゃんの携帯電話が置かれてあるテーブルに飛び乗った。

 さぁ、オバチャン、携帯電話からタクローにかけ直して確認したほうがいい。

 私の勘が外れてなければ、今のはオレオレ詐欺…いや、母さん助けて詐欺? それともニセ電話詐欺か? あぁ、もうなんでもいいけど、偽物のタクローなんだ。


 電話が切れてしまったことに呆然としていたオバチャンであったが、夢から覚めたような顔をして携帯電話を手にとった。


「あの…もしもし警察ですか? …今、息子を騙る男から電話があって…途中で電話を切ってしまったのですが……」


 オバチャンは冷静になって、先程の電話がおかしいと我に返ったようだ。

 息子のタクローではなく、警察に電話していた。これから詐欺グループの一味が金を取りに行くと言われたからであろうか。再び家電が鳴る可能性もある。

 私は家電近くに待機して、いつでも飛びかかれるように手をペロペロと毛づくろいした。


 …それから15分後に近くの交番の警察官がやってきて……のこのことオバチャン宅にやってきた受け子という若者が捕まっていた。

 …その若者がオバチャンの息子と年齢が近いらしく、オバチャンが悲しそうな顔をしていたが、ここで捕まえないと新たな被害者が生まれるかもだからな。


 若者は社畜を見習ったほうがいい。あいつは毎日頑張って働いているんだぞ。辛いことがあっても這いつくばって耐えているんだぞ。社畜は毎日頑張ってる。すごいんだぞ。

 若者、お前泣いているけどな、…オバチャンの姿を見て、自分の親思い出して泣いてるんじゃないのか? 今の姿、親に見せられるか?

 彼は項垂れていたが、最後にオバチャンに謝罪して、そのまま警察官に連行されていった。

 こうして私は詐欺事件を未然に防ぎ、一躍活躍猫となったのだ。



■□■



 夜になって仕事からフラフラ帰ってきた社畜にオバチャンが夕飯のおすそ分けがてら、私の武勇伝を熱く語ってくれた。


「私ってばあっさり引っかかりそうになったのに…ポンちゃんは賢いねぇ。助かっちゃったわぁ」

「ポンちゃんすごいなぁ、詐欺だって見破ったのか!」


 そうだ、すごいだろう。私はなんたって猫様だからな。何でもお見通しなのだ。

 もっと崇めよ、讃えよ、私にひれ伏せ、頭を垂れよ。

 社畜が私の顎の下をくすぐるように撫でる。もっと、もっとだ。もっと撫でろ。


「ポンちゃんを飼うようになってから山下さん元気になったみたいだし、私もこうして色々助けてくれる。もしかしたら幸せの招き猫なのかもしれないね」


 オバチャンが私の艷やかで黒黒とした毛並みを優しく撫でた。

 うむ、オバチャンはさすが猫を飼っていた経験があるだけあって撫で方が慣れている。ちょっくら社畜にレクチャーしてくれないか。コイツいつまで経っても私が撫でられて喜ぶ場所を覚えないんだ。肉球は触るなと訴えているのにぷにぷにしてくるし……

 

「これはお礼と言っては何だけど…ポンちゃんにあげてね、チャオ○ゅーるアソートなんだけど。でもあげ過ぎはダメよ?」 

「ありがとうございます。良かったなぁポン子」


 そう言って社畜は私を優しい目で見つめてきた。

 …ポン子と呼ぶな。…でもまぁ、気分がいいから今日だけは許してやる。

 

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