勝利
ガリア皇帝はクレム帝国を撃退したことに安堵した。ほぼ同格の国と正面から対峙するのは久しい。
「クレム帝国軍は撤退した。コンラッド、そしてニコルよ。お前たちの健闘の結果だ。よくやった。」
「恐れ入ります。」コンラッドとニコルは跪いて深々と頭を垂れた。
「ヘラは戻らないのか。この戦、ヘラによる功績も大きい。」
「叔母上は・・・、エルザに弔いを捧げています。」
「そうか。エルザを始末したのだな、コンラッド。」
「・・・はい。」コンラッドは嘘をつく。
しばらく沈黙が流れる。ガリア皇帝はコンラッドの目をじっと見据えている。
「・・・」
思わずコンラッドが目をそらすと、ガリア皇帝は言った。
「ニコルよ。お主の付き人のゲルグ人だが、彼女を要職に就かせたい。ゲルグ人解放に向けての第一歩だ。」
「分かりました。」
「いつまでもメイドの部屋というわけにも行かぬだろう。ヘラの部屋を与えるとしよう。」
「えっ? ヘラ皇女の?」
「ヘラはもう帰って来ぬだろう。そうだな、コンラッド。」
「そう・・・でしょうか・・・。」
ヘラとエルザは大型の輸送船に乗り込み、大海原の上でゆらゆらと揺れている。誰もいない甲板で、うっすらと浮かぶガリア帝国のある大陸を眺めていた。
エルザの腹部は船上の医師により応急措置がされた。痛み止めにカナビスの葉が使用された。エルザはすっかり気力を取り戻している。
コンラッドは大げさに剣を突き立てたがその傷はとても浅かった。とはいえ皇族として大切に育てられ、大怪我などしたことのなかったエルザには大変な痛みであったが。
「お母様、これはコンラッドと二人で計画したの?」エルザは尋ねる。
「コンラッドには何も言っていないわ。あの子がエルザを殺せるはずがないって、分かっていたもの。」
エルザはぎょっとした。「そんな! 勘を頼りにしたってこと?」
「馬鹿ね、確信」ヘラは笑う。
「コンラッドはガリア皇后に似て優しい子よ。絶対にあなたを殺せない。」
「肝が冷えるわね・・・」エルザは身震いする。
「そうかしら?」ヘラは首をかしげている。
でも、とエルザは不安そうに海を見つめる。「伯父様、追ってこないかしら。お母様が居なくなったことに気付いたら、探し始めるんじゃ・・・。」
「兄上も馬鹿ではないからすぐに気付くはずよ。まあ後で手紙でも書くわ。兄上の家族は実質私しか居ないも同然。コンラッドとは張り合ってるし。私には甘いのよ。」そう言ってヘラはいたずらっぽくウインクをして見せた。
エルザは顔をしかめる。恋人が出来てどうもヘラは変わったらしい。エルザもヘラをよく知っているが、基本的には冷徹で残忍な女だ。
「それよりエルザ」ヘラは思い出したように尋ねる。「あなたどうやってクレム帝国に取り入ったの? それだけは分からなかったわ。」
「ちょっとね、知人がクレム帝国と通じていてね。」エルザは得意げだ。
「誰よそれ?」ヘラはもどかしそうに言う。
「分からないの?」エルザは鼻で笑う。「ドクターホアンよ。」
「まさか!」
ドクターホアンは今もシン地方で医師を勤めている。シン城はヘラが燃やしてしまったので宮廷医師では無いが、ガリア帝国病院の分院にて重要な役割を担っている。
「彼女が広い人脈を持っているのは知っていたけれど、クレムともつながっていたなんて。ドクターホアンと手紙を交わしていたのはそのためだったのね。」
「コンラッドがミズカと結婚してから、もうガリアには居たくないと思ったから。ドクターホアンに手引きしてもらってクレム帝国入りしたの。ミズカを殺すことは言わなかったけれど。」エルザは海を見つめている。
「ふん、なるほどね。もう一つ気になることがあるわ。」
「この際何でも聞いてくれて構わないわよ、ママ? 助けてくれたお礼にね。」
「エレネ川に蒔いた毒って何なの?」
「あれは口にするとしばらく吐き気や頭痛がするってだけで、命の危険は無いわ。大したものじゃないから安心して。」
「まったく、驚いた。」ヘラはため息をつく。
夜風が身体を冷やすので二人は船内に戻ることにした。
「アメリカでは仕事が待っているわよエルザ。」
「仕事?」エルザは両手を上げて首を振る。「奴隷じゃあるまいし。」
「私たちもう皇族じゃないのよ。アメリカには身分なんて存在しない。自分の力で生きるの。生きるために食べて、食べるために働く。そのために生きるのよ。」
ついにエルザは観念する。「仕方が無いわね。我慢するわ。」
城の裏庭には王族や戦没者の墓がある。コンラッドはなんとなくそこに立っていた。今回の戦争で命を落とした者たちが合祀されている。
「ガリアは不滅なり」ホフマンの声を思い出す。強さのみを求めてホフマンと共に走っていた頃。確かに自分は強くなったし、ホフマンを超えた。
「最後の最後であんな風に突き放されると思っていなかったよ。いつまでも共に戦えると思っていたのにな。戦っている時は本当に戦士のつもりだったんだぞ。」
どこかでホフマンが頷いた気がした。「そうでなくては強くなれませぬ。」
「俺は剣が好きだからさ」コンラッドは腰に付けている剣を眺める。「何のために戦っているのかなんて考えてなかったんだ。もっと早く教えて欲しかったな。こんな・・・」
最期の時じゃなくてさ。でもホフマンはこういうだろうな。
「自分でお考えください」とかなんとか。
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