王子とゲルグ人
入りなれたその部屋は元はミズカの部屋だ。ミズカはいつでも笑顔でコンラッドを迎え入れ、二人は幸せな夜を過ごした。ミズカが居なくなってからは何度もここへ来て、彼女のことを考えた。
今ではニコルが同じ場所で小さくなって震えている。激しい嫌悪感がコンラッドに向けられ、目を合わせることも無い。そんなニコルにコンラッドは残酷な事実を告げなければならない。言葉を選んでいるとアリアが再び大声を出す。
「許可無く入って来るなんて! ニコル様はリューデンの王女なのよ! 国を征服したら礼儀も要らないってこと?」
「教えてくれ、ゲルグ人。」
アリアは激高した。「私には名前があるわ!」
「分かってる。だから、名前を聞こうと思ったんだ。」
「アリアよ。」
「アリア。俺は今からこの方を抱かなければならない。」
ニコルは目を見開き、アリアにしがみついた。ぽろぽろと涙がこぼれる。アリアはニコルが気の毒で仕方がなかった。コンラッドも同じ気持ちだ。
「・・・コンラッド、今日のところはお願い。今日は色々あったからニコル様は疲れてて・・・」アリアはニコルを抱きしめながら懇願する。
「申し訳ない」コンラッドは首を振る。「ガリアの伝統で、祝いの後にすぐ行うことになっている。これまで一度も破られたことが無い。俺が途絶えさせるわけにはいかないんだ。ニコル王女、どうかご承知下さい。手短に済ませます。」
ニコルは震える声で言う。「あ・・・ああ・・・。」
コンラッドとアリアは心配そうにニコルを見つめる。弱弱しい声が部屋に響く。
「はい・・・そうですね。私は、覚悟の上で参りました。ゲルグ人の開放が掛かっている・・・」
「ニコル様やめて! 私のためだなんて言わないで!」
「前も言っただろう!」ニコルの声はいつもの力強いものに戻る。アリアの両肩を掴み、「お前のせいではない! リューデン国民もゲルグ人も、皆の願いが掛かっているのだ! 姉上もそうだ! 姉上も願っている!」そうまくしたてる。
自分に言い聞かせているような言葉だ。
「でもそんなに! そんなにお辛そうな顔で・・・!」アリアは両手で顔を覆っている。
ニコルの長いまつげと両頬が涙で濡れている。
その横顔を見ながら、コンラッドはミズカとニコルを重ねていた。人々の幸せを願う姿は全く同じ、紛れもなく王の血を引くものであった。
アリアはコンラッドの方を睨みつけて言った。
「お願い、私を同席させて。」
コンラッドは言葉が出ない。アリアは話を続ける。
「私が居てはならない規則や伝統がある?」
「そういうものは無いと思うが・・・」
「ならば良いでしょう。ニコル様の気を紛らわせてあげたいの。それも許されないなら私、今死んだって構わない。城内にゲルグ人の死体が転がったら困るでしょう。」
「・・・分かった。」
コンラッドは二人の美しい女性の元へ歩みを進めた。
全てが終わり、ニコルは眠っている。殆ど気絶するように目を閉じた。コンラッドとアリアは間にニコルを挟み、一糸纏わぬ姿で座っている。
「胸が痛まないのか、ゲルグ人。」
コンラッドは掛けてあったアリアのガウンを投げ渡しながら言った。
「アリアだと言っているでしょう。」
「名前を呼ぶ必要すらない。お前は彼女を愛してなど居ないだろう。」
「何が言いたいの? 言いがかりはやめて。」アリアは顔をしかめる。
事の最中にコンラッドは気付いた。アリアは元踊り子だと聞いていたが娼婦だ。淡々とニコルに触れる様子はあまりに整然としていて事務的だった。ニコルは全く気付いていない。
「ゲルグ人解放のために彼女に近づいたんだろ。」
「つまらない妄想よ。この会話に意味はない。」
「だから胸が痛まないのか聞いているんだよ。この人はたった一人で戦って孤独そのものだ。俺はミズカを愛している。この気持ちは変えることは出来ない。無論この人は俺など愛さないだろう。俺の気が変わることなんて望んじゃいない。母上もおらず、リューデン王は不治の病だ。挙句の果てに恋人はどうだ。お前のような策略家のゲルグ人だ。お前さえいなければニコル王女を本当に愛する恋人が現れたかもしれないというのに。」
「・・・いつまでそんな妄想話を聞かなければならないの。用が済んだら出てって。」
「ああ出るよ。お前に言われたくはないがな。」
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