ガリア城再訪
翌日、ニコルは乗馬の経験の無いアリアをなんとか馬に乗せようとしたが上手く行かず、馬車を用意することとなった。馬車にニコルとアリア、馬車の周囲には付き人を数名従えて、一行はガリアへと向かう。
ガリア城に到着したニコル達を見るや否や、門番は驚いた顔をしてニコル達を城門前で制止する。門番に呼ばれてやってきた高官がニコルに言った。
「ニコル様、ゲルグ人の入城はたとえ付き人であっても禁止されています。」
想定していたことだ。ニコルはきっぱりと言った。
「では帰らせていただく。皇帝陛下にそのように伝えよ。」
困惑した高官は再び城の中へと戻って行き、しばらく経ってからニコル達はガリア城へと通された。
「リューデンの姫よ、あまり我儘を言って大人を困らせるでないぞ。」
ガリア皇帝が子供を叱るような口調でニコルに言った。ニコルは可能な限り尊大な態度で返す。
「ゲルグ人の解放はリューデンの国是です。ガリアの一部となった今でもそれは変わりません。」
「まあ良い」ガリア皇帝はため息をつく。「今日はそのような話をするために呼び付けたのではない。」
通された部屋は、コンラッドがミズカへ結婚の申し出をした場所であった。
あの頃隣で緊張していたミズカはもう居ない。エルザもヘラも居ない。ガリア皇帝とコンラッドとニコルの三名だ。アリアたち付き人は別室で待機させられた。
ニコルが部屋に入った時からコンラッドは青い顔で、やや下を眺めている。虚ろな目をしており、体調でも悪いのだろうかとニコルは思った。
しかしすぐにその原因を知ることとなる。ガリア皇帝が口を開く。
「リューデン王国・・・リューデン地方の姫、ニコルよ。我が息子コンラッドと共にガリアを守り、繁栄へと導くため、力を貸してもらえぬだろうか。」
ニコルの表情がこわばる。ドクンと大きく心臓が脈打った。
「それは・・・どういう・・・」ニコルの血が顔から頭へと上っていく。
「ミズカの事故のことは、この私も深く悲しみを覚えている。短い間ではあったが我々は家族であった。しかし悲しみは乗り越えなくてはならない。」
ニコルはコンラッドの顔を見た。表情からは何も読み取れない。目を合わせることが出来ないようだ。ただうつむいている。
「ミズカの妹君だ。コンラッドもまんざらではないはずだ。のう、コンラッドよ。」
コンラッドは無言だ。
「すぐに返事が欲しいとは言わぬ。しかしニコル殿、選択肢は無いのではないか。リューデン地方の民のためにも。」
「民のため・・・」ニコルはただそれだけ呟いた。
殆ど何も考えることが出来ないまま、ニコルはふらふらと部屋を出た。アリア達がガリア城門の外へで待機している。
完全に血の気が無くなり紫色になったニコルの唇を見て、アリアは恐る恐る尋ねる。
「また何か・・・あったのですか・・・。」
「私は・・・」声はかすれ、弱弱しく、昨日の頼もしいニコルとはまるで違っていた。
「私はこのような屈辱は初めてだ。私も姉上のように死んでしまいたい。」
消え入るような声で嘆くニコルの背中に手をまわし、アリアは気遣いながらニコルを馬車に乗せる。
揺れる馬車の中でニコルの話を聞きながら、アリアは怒りが込み上げてくる。
「それって! ミズカ様を手にかけておきながら次はニコル様をってことでしょう?」
「・・・分からない。」
「あのコンラッドという男」アリアは悔しそうに歯を食いしばる。「ニコル様をリューデンに返すって言ったのに、嘘つきですわ!」
ニコルは静かにアリアの膝の上に横たわる。
「疲れた。考えるのは後にさせてくれ。」
アリアはリューデン城に着くまで、ニコルの手をしっかりと握っていた。
今夜は一人にしてほしいと頼まれたアリアは、ニコルを部屋に一人残し、別室で過ごすことになった。
ニコルは久々に泣いた。泣いたのは何年振りか分からない。アリアにも国民にも絶対に見せたくない姿だ。
「姉上、私はあなたの愛した男と結婚するそうだ。私よりも弱く、あなたが居なければ死んでいたような男と。それがリューデンのためだという。あの腐れ外道のガリア皇帝は。」
今日まで多くの苦しみと重圧に耐え、前を向いて生きて来たが、もう限界だ。他のどのようなことに耐えられても、結婚だけは耐えられそうもない。
ニコルには守るものばかりで、彼女を守るものは居なかった。かつては強く優しかったリューデン王も、今や生きているだけでやっとだ。
「死ねば楽だろうか・・・姉上・・・母上・・・。」
翌日、ニコルは扉を叩く音で目を覚ます。アリアかと思ったがそうではないようだ。
「申し上げます! ただいま、ガリア帝国から重大発表がありました!」
「・・・なんだ。」ニコルは体を起こす。どのような重大発表も興味が無いと思ったが、返事をするための口は勝手に動いていた。
「ゲルグ人の奴隷開放を検討中と発表されました!」
ニコルは目を見開く。小国を短期間に武力で支配して出来たガリア帝国は、「ゲルグ人を許すな」をスローガンに掲げ、なんとか国としてまとまっているといっても過言ではない。ゲルグ人への差別こそが国体そのものだ。
「力を付けているクレム帝国に備えるため、ゲルグ人を兵士として登用するとのこと。また、ガリア人と同じ学問を教え、経済活動に参加させることで、将来的にはガリア全体の利益になると発表しています!」
ニコルは悟る。これは自分への圧力だ。ゲルグ人の奴隷解放を検討中と言って、いつでも取り消し可能であることを示唆している。
自分は死ぬことすら許されない。ガリア帝国の一部となり、アリアとゲルグ人を守ることしか道は残されていないのだ。
ニコルはしばらくの間天井を見つめる。やがて決心して起き上がる。扉の外に居る部下に言った。
「馬車を用意せよ。ガリア城へ出向く。アリアも連れて行く。」
ニコルはもう悲しまなかった。
目は腫れているが既に涙は乾ききった。心配そうに見つめるアリアに微笑んでみせる。
「私は大丈夫だ。」
近いうちにニコルからガリアへ連絡が来ることは、ガリア皇帝には想定済みであったようだ。すぐに会談の場が設けられた。ニコルとアリア、そして4名の付き人たちは、再びガリア城へ到着した。前回と同じ門番が一行を出迎える。
ゲルグ人であるアリアへの対応は前回とは全く異なっていた。門の前で止められることなくすんなりと通されたのだ。
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