二コルの帰還
ガリア帝国はリューデン王国を併合した。
ガリア帝国の一部となったリューデン王国は、「リューデン地方」と呼称されることとなった。
リューデン王は病に臥せっているため手出し無用と判断されたが、ガリア政府の監視下に置かれることとなった。リューデン地方にはガリア政府の高官が数名配置された。
コンラッドとの戦いでに敗れたニコルは、しばらくガリア城に拘束されていたが、程なくリューデン地方に戻された。
「ニコル様!」リューデン城に戻ったニコルに、アリアが飛びつく。
「帰りが遅くなって悪かった。」
「私のことなど・・・!」アリアは涙を流す。「ニコル様、何か酷いことをされたのではありませんか。お体の具合はいかがですか。」
「問題無い。それより・・・」ニコルは暗い顔をして下を向く。「コンラッドに敗れた。皆に合わせる顔が無いよ。」
「そんなこと!」アリアは微笑んでみせる。「皆帰りを待っていたんですよ。さあ早くこちらへ。」
ニコルの手を握り、アリアは広間の方へとニコルを引っ張った。
広間の扉を開けると、リューデン軍の兵士や招かれた大勢の国民たちが、ニコルを出迎える。
「ニコル様だ!」「ニコル様、よくぞお戻りになられました!」
彼らは笑っていた。テーブルには食事が並び、酒を片手に宴をしている。メイドたちは忙しそうに行ったり来たりしている。ニコルは呆気に取られた。
「リューデン地方、万歳!」響き渡る声。
「ガリアのやつら、リューデン王国に恐れをなしました!」
「役人たちが噂してるのを聞いたんだ! これまで通りの自治権を保証するんだと言っていた! ゲルグ人もだ!」
「ニコル様のおかげだ! ニコル様、万歳!」
ニコルはどのような顔をして良いか分からない。皆、自分に気を使っているのだろうか。既に酔いがまわっている彼らを背に、ニコルはふらふらと広間を出た。
「ニコル様・・・」国民たちは心配そうだ。去り行くニコルの後姿を眺める。
アリアが手を叩く。
「ニコル様はお疲れなんですよ! ミズカ様も亡くなったばかりなのに馬鹿騒ぎして!」
「そっか・・・そりゃそうだ。」「申し訳ねえことをした。」
アリアはニコルの様子を見てくると言い残し、その場を離れる。
扉を閉めると国民たちは相も変わらず宴会を始めた。
ニコルは自室のベッドに座り、ぼんやり窓を眺めている。誰か自分を責めてくれ、そう思った。姉のために振るった剣は姉により遮られた。この事実を受け入れるのには時間が掛かりそうだ。
「ニコル様」アリアはニコルの隣に腰かける。「私たち、ニコル様がガリア城に拘束されている間不安でした。でも踏ん張りましたよ。」ニコルの肩に頭を乗せた。
「私が居ない間、何があったのだ。」ニコルが尋ねる。
アリアはニコルが不在だった時のことを話し始めた。
「ガリア帝国の手先がやってきて、病床の国王陛下に、リューデン王国は占拠したと言い放ったんです。許せない無礼でしょう。だから、リューデン国民もゲルグ人も立ちあがったんです。このままリューデン王家やニコル様と一緒に暮らせないなら、最後の一人になってもガリア帝国を滅ぼしてやるって言ってやったんです。そうしたらあのコンラッド王子がやって来て、リューデンはガリア帝国の一部だが、ある程度の管理権を認める、ニコル様もリューデン城に返すって発表したんです。」
「コンラッドが・・・。」
「クレム帝国との戦いで協力することなど、色々と命令はして行きましたけどね。でもニコル様が本当に帰ってきた。だから私たち、少しはあのコンラッドって男を信じてみようと思ったんです。」
「そういえば・・・」ニコルはコンラッドとの戦いを思い返す。
彼は何かを言いたげだった。自分が怒りにまみれ、彼の話を聞かなかった。きちんと聞くべきだったのだろうか。
姉は何を考えてコンラッドを救ったのか。ニコルは再び確かめたくなった。
それから数日は以前と変わらぬ日々が続いた。駐在しているガリア政府高官も特に目立った行動をすることはなかった。
ある日、ニコル宛てに、ガリア城まで赴くようにと書かれた書簡が届く。二度と足を踏み入れたくない場所ではあったが、現在の立場では断ることも出来ない。渋々行くことになったが、アリアはこれに猛反対だ。
「絶対にダメです!」ニコルにしがみついたまま幼子のように号泣している。
「我儘を言わないでくれアリア。負けた以上は仕方がないことだ。すぐに帰って来れるさ。」
「ならば私も! 私もお供させてください!」
「そのようなことを・・・」ニコルは困惑する。だが、その考えも悪くないのではないかと思った。アリアを連れて行けばゲルグ人の扱いについてリューデンの立場をはっきりさせることが出来る。
ガリア帝国にもゲルグ人解放の働きかけを行うことが出来るかもしれない。
「アリア、行こう。」
「えっ?」
「一緒に行こう。もう離れ離れにならない。付いてきてくれ。必ず私が守る。」
ニコルの言葉にアリアは感激し、より一層大きな声で泣くのであった。
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