コンラッドとミズカ 再会する

 翌日、ガリア城に到着したミズカとニコルは、丁重な扱いを受けながら城内に通された。最初に二人の目に入ったのは大きな生け花だ。巨大な花瓶はシン国のものだと一目でわかる。真っ赤陶器に繊細な白い装飾が施されている。新鮮な生け花が勢いよく溢れかえっている。

 天井は高く、城内に居ることを忘れてしまいそうなほどだ。しかしその天井に代々皇帝の肖像が描かれているせいで少しも解放感が無い。彼らは亡き後も城に入るものをしっかりと見張っているのだ。廊下に出ると窓から差し込む白い光と黒い壁のコントラストが眩しい。横切り、応接室へと通される。

 ミズカと二コルは手のひらや足の裏に大量の汗をかきながら、ガリア皇帝の入室を待つ。「とても豪奢な宮殿ですよ。これが観光であれば素晴らしいのですが。」

「へえ・・・ちゃんと見てみたかったわ・・・」そう答えたミズカだが、緊張を紛らわすための取るに足らない馬鹿話であることは分かっていた。


 動物や果物が側面に彫られた豪華なテーブルの前には、ガリア皇帝、コンラッド、皇帝の妹ヘラと、その娘エルザ、そしてリューデン王女のミズカとニコルが腰かけている。

 エルザはミズカとニコルをチラリとも見ない。背筋をしゃんと伸ばし、ずっと一点を見つめている。エルザはリューデンとの国交正常化に反対だ。ゲルグ人を解放したリューデン王国を軽蔑していたからだ。今日も嫌々出席していた。

 ヘラと言えば愛想笑いを浮かべていたが、ニコルにはとても不気味に見えた。この女が夫殺しの王女だと考えるだけで背筋が冷たくなる。

 ガリア帝国とリューデン王国の王族たちが一堂に会すると、外見の特徴が対照的だった。ガリア帝国側は全員豊かな金髪に青い眼。ガリア皇帝の髪と髭は既に白くなっていたが、眼は透き通るようなブルーだ。

 一方、リューデン王国側は漆黒の髪と目で、全ての光を飲み込んでいる。キラキラと眩く反射するガリア側とは見るからに異なっている。

 隣同士に位置するが、人種も文化も明らかに違う。本当に分かり合えるのだろうかと、ミズカは不安になった。

 ガリア皇帝が口を開く。

「遠路ははるばるよくおいでくださった。リューデン王国の美しき姫君達よ。本日お招きしたのは他でもない。我々の発展的な未来のために、聡明なお二人の知恵をお借りしたいと考えましてな。まずは私の家族を紹介させて頂こう。」

 ガリア皇帝は家族を一人ずつ指しながら説明する。

「これは私の息子で、ガリア帝国の唯一の王子コンラッド。私は妻に先立たれてしまってね、彼が私の唯一の後継ぎとなる。そして、隣に居りますのが私の妹のヘラ。そしてヘラの娘のエルザ。ヘラはシンに嫁いでいたんですがね、シン王が逝去されたため、それならばということで、シンもガリアで管理することにしたのですよ。仕方がないので、ヘラとエルザはガリア城に戻らせました。」

 シン王を殺しておいてなんと白々しい、とニコルは思った。

 ミズカは自分の喋る番が来たと思って緊張した。何せ父親が倒れてから始めての外交だ。

「お招き頂き誠に感謝致します。あいにく父が病で臥せっておりますため、娘の私共が代理で馳せ参じました。改めて紹介致します。私が第一王女ミズカ、そしてこちらは妹の第二王女ニコルです。」

 

 コンラッドはミズカから目をそらすことが出来なかった。ミズカを食い入るように見つめるコンラッドの様子を見ながら、ニコルは冷や冷やしている。ミズカとニコルがガリア国境に近づき、あげくガリア領にまで侵入していたと知られれば、せっかくの発展的な会談の場が台無しだ。

 ヘラもエルザも不審そうにコンラッドの様子を眺めている。それほどまでにコンラッドの様子は通常とは異なっていた。

 やっと会えた! ミズカ様! コンラッドは今すぐ名乗り出たい気持ちでいっぱいだ。自分こそがあの日マルク地方で時間を共にしたヘルゼンであると大声で叫びたかった。

 ミズカは記憶の通り美しく、優しい眼差しだ。黒髪は艶やかで、テーブルの上でそろえた手も爪も、何もかもが神々しく見える。これ以上の女性は世の中に居ないと思った。

 ミズカと言えばまだ眼鏡が届いておらず、ぼんやりとしか見ることが出来ないので、コンラッドの視線どころか顔もよく見えていない。

 無事会談を終えてリューデン王国へ帰還するまでは安全とは限らない。ガリアへ全面的に協力する旨と、ゲルグ人への迫害についても話題を切り出す必要がある。しっかりと話を付けることが出来るのか、ミズカはそればかりが不安で仕方がなかった。


コンラッドが口を開いた。「ミズカ様、ニコル様。お会いできて光栄です。」

 その声は少し震えていた。気持ちを抑えるのに精いっぱいだ。

 しかしコンラッドの努力もむなしく、次の瞬間には、会談の場は予定とは全く違う方向へと展開することとなる。


「ヘルゼン!」ミズカが大声と共に勢いよく立ち上がる。

「姉上!」ニコルは大慌てでミズカの肩をつかむ。「おやめください、人違いです。」

 ガリア皇帝、ヘラとエルザは、呆気に取られてミズカの奇行を眺めることしか出来ない。ミズカはニコルの手を振り払う。

「離して! 人違いではないわ! あなたはヘルゼンでしょう? 声で分かるのよ!」

 幼い頃より目の不自由なミズカは細かい音を聞き分けられる。人の声を間違えることは絶対に無いと確信があった。頭の良いミズカは全てを悟る。「あの時助けて下さったのは、ヘルゼン・・・あなたは、コンラッド王子だったのね!」

 コンラッドは何も答えない。答えられなかった。

 たったの一声を発しただけで、ミズカは自分をヘルゼンだと認識した。感極まって言葉が出ない。

「姉上、違います! それは別人で・・・」ニコルはミズカを座らせようと必死だ。

「コンラッド」エルザがニコルの言葉を遮る。「マルク地方で何かあったのね。」

 そう言ってコンラッドを睨みつけている。冷ややかな目だ。

 コンラッドは言葉を絞り出した。「ニコル様、もう、やめましょう。」

「コンラッド殿!」ニコルは約束が違うと言い掛けた。

「皇帝陛下・・・いや、父上。私はリューデン王国の第一王女ミズカ様に、結婚を申し込みたい。」

 全員が仰天した。ニコルはコンラッドがそのような思いを抱いているなどとは夢にも思っていなかったし、ガリア皇帝やヘラやエルザといえば、ミズカとコンラッドが面識があるということ自体知らなかったのだ。

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