王女姉妹、ミズカと二コル
「行くと言ったら絶対に行くわ! 一人でも行く!」
リューデン王国の第一王女ミズカは、濡れた犬のように首を振っている。腰まである黒髪が揺れる。伸ばした髪というより伸びた髪と言ったほうがふさわしい。あまり手入れされていないのか、緩やかにうねりながら広がっている。王女であるにも拘わらず纏っているのは白衣。ここ最近は忙しく、外見を気遣う暇が無かったようだ。
「姉上、なりません!」厳しい返答が響く。
「なによ! ニコルは・・・あなたは妹でしょう! どうして姉の私に命令するの!」
「命令って・・・そんな・・・姉上・・・」第二王女のニコルは、がっくりと肩を落とした。「私は姉上の身を心配しているというのに・・・あんまりです。」
ミズカは物腰が穏やかで誰に対しても優しい女性だが、一度言い出したら聞かない頑固者だ。生物学者であるミズカは、ガリア帝国との国境付近「マルク地方」に群生する植物に思わぬ効果があることを探り当てた。頭痛や吐き気、下痢、不眠症や歯ぎしりまで、さまざまな症状を緩和する効果があることが分かったのだ。
「これがあればリューデン国民の健康状態は著しく向上する。もっと研究を重ねなくてはならないわ。」と、ミズカ。
国民にとって多大なる利益があるにも拘わらず、ニコルがミズカを制止するのには理由があった。
現在リューデン王国とガリア帝国は冷戦状態にある。被差別民族であるゲルグ人の解放をリューデン王国が行ったことに起因した冷戦だ。ミズカの言う「ほぼ万能薬」が群生するのは国境付近。王族が近づけば、挑発ではないかと疑われかねないデリケートな場所だ。だからこそニコルは必死に説得しようとしている。
「この辺りはガリア側が大量の狼を放っています。しかもかなり訓練された狼です。1人で行くなどと無理なことを言うのはおやめください。」ニコルはミズカの表情を窺う。
「じゃあどうするって言うの!」ミズカは少しも聞き入れる様子が無い。「ニコルが国境だから兵は出せないって言うから・・・」
「当たり前です」ニコルはきっぱりと答える。「このような場所に兵を出しては、何を言われるか分かりません。」
「嫌よ」ミズカは固く握った握りこぶしを更に強く握り、「行くと言ったら行くわ!」と一歩も退かない。
二人の会話はおおむねこの繰り返しだ。一時間ほどもこの言い争いを繰り返し、ついにニコルが折れることとなった。
「そこまで姉上がおっしゃるなら・・・分かりました。私と二人で参りましょう。いいですね。」ニコルはため息をつく。
「ニコル! やっと分かってくれたのね! さすが私の妹だわ!」ミズカの表情は急に満面の笑みに変わり、飛び上がって喜んだ。
リューデン王国は代々王族が戦闘に参加し、国民の手本となっていた。ニコルは鉄拳の王と言われたリューデン王の血を受け継ぎ、周辺国を含めても最強の戦士であると噂されている。肩の上で切りそろえられた髪は、姉のミズカと同じ漆黒だ。瞳はミズカと同じように大きく丸いはずだが、それはキリリと研ぎ澄まされ、ミズカのような愛くるしさは少しも残っていない。がっしりとした体には余分な贅肉が無く、如何に鍛え抜かれたものであるかを物語っている。
一方ミズカは事故で視力が弱り、戦闘の世界から退き、学者となることを選んだ。これが天職だったことが分かるのは、ミズカが研究に没頭し、次々と論文を発表するようになった、ミズカがまだ十五歳のころである。
「姉上を護衛しながら狼と戦うのは非常に危険ですから、事前に手薄の場所を調べましょう。確か資料があったはずです。」
「頼りになるわ。」ミズカは素直に褒める。
「おだてられてもあまりうれしくありませんよ」ニコルは目を細め、「本当に危険なのですからね。」と、念を押す。「明日の早朝から参りましょう。帰り道に暗くなると危険ですからね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます