第56話 5人揃って

 5人目のメンバーになると知らされた浅黄龍二という人物が財閥の御曹司であると聞いて怒ってしまった剛輝。お金を出してメンバーの座を奪い取ったと考えて、彼は怒ったようだった。


 しかし龍二くんの能力について確認してみたところ、特に問題は無さそうだった。


 自分の立場を把握して、迷惑を掛けないように努力する配慮ができる人だった。色々と彼なりに考えてくれているようなので、Chroma-Keyのメンバーとして一緒に頑張っていけるだろうと俺は思った。




「龍二くんの事について」

「もうええて。アイツの話は聞きたくないねん」


 その事について剛輝に話そうと思ったけれど、彼は意固地になって俺の呼びかけに応じず、話を聞いてくれない強固な態度であった。


 このまま暫く時間を置いて剛輝の怒りが静まるのを待とうと考えてもみたけれど、それが何時になるのか解決の目処が立たない。


 そして、最悪の場合には時間を置いたことによって彼の怒りが熟成されて、Chroma-Keyのメンバーを辞めると言い出してしまった剛輝。このままでは、本当に関係修復が不可能なまでの手遅れ状態になってしまうかもしれない。


 だから俺たちは、半ば強引に剛輝を連れ出して浅黄龍二という人物について、Chroma-Keyの今後についてを語ることにした。




「ちょっとコッチに来てくれ」

「うぇ!? な、なんや!」


 学校の授業が終わった放課後、剛輝を逃さないように腕を捕まえると教室から連れ出してきて、先ずは2人きりになって話し合いをする場を強制的に設ける。


「離せや」

「離さないよ」


 腕を掴む手を振り払おうとする剛輝を離さず、俺は強制的に彼の手を引いて校庭に出てきた。人気のない場所まで来るとそこで立ち止まって、剛輝が何か言おうとする前に先んじて俺の方から一気に説明を始める。


「浅黄龍二に関しては、ぜんぜん問題は無かったよ」

「……」


 剛輝が怒ったあの日に、会議室から出ていった後に場所を移して龍二くんの能力を確認したことにについて、俺は口を挟む余地を持たせない早口で詳細を語った。


 龍二くんは彼なりにアイドルになるという事を真剣に考えていて、トレーニングも一緒にやってみれば必死に最後までついてきて、合流する前には自主的にレッスンを受けていたことが分かった。


 決して、お金絡みだけでメンバーに決まったワケでは無いと言う事を説明する。


 剛輝は俺の語る浅黄龍二に関する話を聞いていく内に、段々と表情から怒りの色が消えていった。ちゃんと俺の話を聞いてくれているようだ。


「そういう訳で、浅黄龍二くんが財閥の御曹司だからといって彼に問題は無いよ」

「……」


 そして俺が話し終えた後には、既に剛輝の顔から怒りは完全に消えていた。むしろ今の彼の表情は、弱気になっているという風に変わっていた。


「どうしたの? 何か気になることでもある?」

「あの時、自分で言ったことを今更になって後悔しとる」


 財閥の御曹司だと聞いて、典型的なイメージにある駄目人間だと先入観だけで浅黄龍二という人物を判断して批判してしまった。お金の力でメンバーの1人になったということを。


 どうせ碌な人物ではないだろうと断定するように、龍二くんに吐き捨てて部屋から出ていってしまったという、最悪な初対面を思い出しているようだ。


 それが実は間違いで、見当違いなことで怒って、しかも勢い余ってChroma-Keyを辞めるとまで言ってしまった事について剛輝は猛烈に反省していた。


「あまり気にしないで、大丈夫だよ」

「社長に向かって、Chroma-Keyを辞めるって言ってもうた」


「それも問題ないよ。あれは本気じゃなかったって、社長も気にしてないさ」

「そうなんかな?」


 ものすごく気にしている様子の剛輝を慰めて、何とか彼を落ち着かせる。あの時に言ってしまった言葉を今は気にする必要はないからと。龍二くんも気にしていないと言っていから大丈夫だと。


「それよりも、5人のメンバーがようやく揃ったんだから。デビューに向けて準備を進めないと」


 デビューの日に向けて、皆で一致団結していかないと。


「さっそく、皆のところへ行こう」

「……あぁ、行こか」



***



「皆、おまたせ」


 剛輝を連れてきた。Chroma-Keyメンバー残りの3人である緑間拓海、舞黒優人、そして浅黄龍二と合流する。


 どんな顔をして良いのか分からずに居心地の悪そうな顔をしている龍二くんの前に近づいていった剛輝は、そのまま頭を下げて真っ先に謝罪した。


「ほんまに、すまんかった。金持ちなんか悪もんばっかりやと思い込んどって、金に物を言わせた、なんて悪いように言うてもうた」

「あ。いえ、大丈夫です。これから一緒に頑張りましょう」


 剛輝が素直に謝って、龍二くんも快く謝罪を受け入れてくれた。そして、これから一緒に頑張っていこうと2人は握手を交わして約束する。


 こうして少し強引だったが、遺恨を残すことも無く剛輝をChroma-Keyに連れ戻すことが出来た。そして、Chroma-Keyの5人組となるメンバーが揃った。


「ようやく5人揃ったね」


 ずいぶん長い間、ここまで来るのに時間が掛かったような気がする俺は、そう口にする。だけどまだ、アイドルとしてデビューすると決まっただけだ。スタート地点に立っただけ。


「僕たちのデビューは、何時になるんでしょうか?」


 浅黄が疑問を口にする。おそらく今、一番皆が気になっている事だと思う。正式な事を決めるのは三喜田社長だろうけれど、今後の計画をどういう感じで立てているのだろうか。


「僕の都合で申し訳ないけど、来年の4月までは少し待たないとダメそうだね」


 俳優の引退を宣言したけど、まだ仕事の整理が済んでいない拓海は来年の4月までは事務所の移籍を実施することは出来ない。


 彼の予定によって、4月まではデビューは出来なさそうだった。


「それまで皆一緒に、アイドルとしての能力向上を目指しましょう」

「おう、ええね。皆でどれだけ成長できるか、勝負や」


 優人と剛輝の2人はデビューするまでの期間にトレーニングで能力を高めていく、ということに意欲的なようだった。

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