第52話 辞める考えに至る経緯

 緑間拓海による衝撃の記者会見のニュースが終わってすぐに、彼と話が出来ないか連絡を取ってみた。


 けれども、連絡はつかなかった。記者会見してすぐ、というタイミングだったので色々と忙しそう。今すぐ会って、話をするというのは難しそうだった。




 拓海と顔を合わせた話し合いが出来たのは、その日の夜になってから。拓海が寮へ帰って来たときだった。


 彼が借りている寮の部屋の前には、俺と同じように今日の発表について事実なのかどうかを確認しようと押しかけて来た生徒たちが数人ほど、扉の前に集まっていた。


 拓海は、部屋の前まで来ると皆に伝えた。


「すまないが、僕は今日疲れていて話し合いできる状態じゃない。詳しいことは明日以降に、皆にもちゃんと説明すると約束するから。今日は、帰ってくれないかな」


 拓海にそう言われてしまえば、追及はできない。他の皆も渋々とだけれど、自分の部屋へと戻って行った。拓海が俳優を辞めると決意するのに至った経緯が気になっていたけれど、疲れているのなら仕方がないか。


 今日は、話を聞くのを諦めて、彼の言う通り明日以降になってから事情を聞こうと思って自室に帰る、その直前。拓海から、声をかけられた。


「賢人、実は君には話しておきたいんだ。こっちに」

「え? いいのかい?」


 拓海は疲れているはずなのに話し合いをしようと言ってくれた。帰した生徒たちの中で俺1人だけを指名して、自分の部屋に招き入れてくれた。


「ごめん、拓海。今日は疲れているだろうから、しっかり休んでよ。明日また改めて話を聞ければいいからさ」


 部屋に招き入れてくれた拓海だったが、やはり疲れたという表情をしていたから。俺は、彼との話し合いを遠慮した。しかし、拓海は問題ないと言う。


「大丈夫だよ、賢人には今日中に話しておきたいんだ。それに、賢人とも関係のある話だからね」


 その言葉にピンときた。どうやら、やはり。事務所を移籍すると語っていた拓海の言葉。記者会見中に移籍先については詳しく語っていなかったけれど、予想はつく。それが本当だったなら、予想外すぎるけれど。


「そうか。それじゃあ、話を聞くけどさぁ……。どうして急に、今の事務所を辞めて他に移籍することに決めたんだ?」


 記者会見の最中に何度も質問されていた内容だろうけれど。改めて、拓海の口から出す言葉で確認しておきたかったこと。


「賢人にはさ、この前に相談したよね。やっぱり、俳優という仕事があまり好きにはなれなくって、これから先もずっと続けていくのは無理だな、と思ったこと。それで今の事務所を辞めようって、決心をしたんだ」

「うん」


 記者会見の中で拓海が語っていた”限界を感じた”という言葉。それは、彼にとって本心だったのだろう、役者を辞める理由は理解した。しかし……。


「俺は昨日、文化祭の劇で拓海が楽しく演じられていると思った。だから俳優として役を演じるのを楽しんでいると思ってたんだけれど、違ったのかな」


 拓海は昨日、心の底から文化祭の劇を楽しんでいたように見えた、というのは俺の勘違いだったのか。そうすると、無理矢理に文化祭の劇に出るようにと煽って、彼を苦しめていたのではないか。余計なお節介だったかもしれないと、心配になる。


「あ、いや、それは違うんだ。僕も、昨日の文化祭の劇は凄く楽しかった。本当に、あの役を演じられてよかった、出演できてよかったって思っている」

「それなら」


 拓海の表情を見る。俺を気遣ってくれている嘘ではないようだ。本当に、文化祭の演劇は楽しかったと言ってくれている拓海に一安心する。


 でも。それなら、なぜ今の俳優業を辞めるという結論に至ったのだろうか。拓海が続けて胸の内を語ってくれた。


「文化祭は、練習から本番まで本当に楽しかったね。けれど僕一人だけだったなら、いつものように苦しいだけの役者仕事になっていた。あれは、賢人たちが一緒に居てくれたから楽しめたんだよ」


 皆でワイワイと楽しく騒ぎながらも協力しあって、劇本番を迎えると一致団結して演じられていた事が楽しかったと語る拓海。


「なるほど、そういう事か」


 文化祭の劇を楽しめたという理由を聞いて、納得する。演じることは今もまだ好きとは言えないが、皆で協力したことが楽しかったということなのか。拓海の気持ちは俳優業からすでに離れているらしい。もう、何も言えなかった。


 話題を変えて俺は、別の質問を拓海に投げかける。


「それで、移籍するって言っていた予定している事務所は? まだ言えない?」

「その話も、賢人と関係あるんだよ」


 やはりか、と俺は思った。


 まだ交渉の最中ということらしいので、契約前に内容に関して秘密にしておく必要があるのかもしれないと思って、気遣い詳しく聞くのを躊躇った。


 けれど、拓海はアッサリと明らかにした。


「僕の移籍する予定先は、アイオニス事務所だよ。賢人が所属している所と同じさ。三喜田社長から、新しいアイドルグループのメンバーとして、ずっと前からオファーされていたんだよね」

「やっぱりね!」


 三喜田社長が言っていた。少し厄介で、時間が掛るかもしれないと語っていた人物とは拓海のことだったのだろう。


 まさか本当に、他事務所から引っ張ってきてアイドルグループのメンバーに加えるだなんて予想外だったが。


「大丈夫なの? 今も、テレビや映画で大活躍しているのに今の事務所を退所して。すぐ新しい事務所に移籍するなんて事をして」

「うん、話はしっかり付けてあるから」


 そう言って、拓海は今の事務所からアイオニス事務所へ移籍しても大丈夫な理由を教えてくれた。


「僕の所属している劇団パステルっていう芸能事務所は、子役専門の事務所なんだ。それで、そろそろ年齢も重ねて大きくなってきた僕は別の俳優事務所へ、近いうちに移籍する必要が出てきた。そういう移籍の話も沢山頂いてたんだ」


 なるほど、所属しているというパステル事務所は子役専門だから。拓海は、いつか別の事務所に移籍する、というような予定が前々からあったのか。


「でも、僕は俳優の仕事を続けるつもりは無いと劇団パステルの社長に話してみたら色々と相談に乗ってくれて。自分のしたいようにするのが一番だ、ってアドバイスをしてくれたんだ」

「それで、オファーを受けたアイオニス事務所に移ることに決めた、と」


 俺の言葉に拓海が頷いて、事実だと肯定した。




 文化祭が終わってようやく落ち着いた、と思った時期に飛び込んできた緑間拓海の俳優引退というニュース。


 詳しい話を拓海本人から聞いてみると、移籍先は俺と同じアイオニス事務所であるということが判明した。更に、Chroma-Keyの4人目のメンバーとなるらしい事実を聞かされて驚く。


 拓海の記者会見を見て、もしかしてと思ったけれども、まさか本当にそうなるとは予想外すぎた。


 まだ色々と拓海には確認しておきたいこと、話し合っておきたいことも多々あったけれども、時間がだいぶ過ぎていた。これは、もう寝ないと翌日に響く。という訳で一旦、今日の話し合いは中断となった。


 また、次の日以降に話し合いは持ち越しとして、俺と拓海は別れた。

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