第51話 文化祭翌日の出来事

 文化祭が終わって翌日。後片付けしないと駄目なので、学校の授業は休みである。俺たちはクラスの出し物で展示していた作品と、劇の片付けをしないといけない。




 クラスに展示していた、手ずから制作した作品の数々は、家に持ち帰りを希望した人の作品以外は、学園の中にある美術室の保管室に預けることになるらしい。


 どうやら、タラントコースの学生の作った作品ということで、後々になって価値が出てくるかもしれない、という理由で大切に保管されるそうだ。


 俺も剛輝も2人とも家に持ち帰るのは面倒だったので、学校に預けることにした。文化祭の展示に向けて作ったものだった。大事に保管されることになるとは知らず、少し驚く。せっかくだから、後になって大きく評価されるように芸能活動を頑張ろうと思った。


 今日のメイン作業となるのは、文化祭実行委員が主催した劇の後片付け。体育館の舞台上に置かれた様々な大道具を解体して、順番に片付けていく必要がある。裏方のスタッフとしては劇本番だけでなく、前後にある劇の準備と同じく、片付けも大変なぐらいに重要で大変な作業だった。


 劇本番が終了して翌日になっても成功の余韻もあって、息のあった仕事をしていく大道具方である俺たち。ここ一ヶ月ずっと一緒に作業してきたおかげもあるだろう。団結力あるチームワークによって、次々と大道具の解体と片付けを終わらせていく。


 この文化祭期間に得た経験で、大工道具の使い方もだいぶ上達していた。


 結果的に、午前中の作業だけで大道具の後片付けは終了していた。朝から夕方まで1日かけてを予定していたが、その想定は大きく外れて半分以下の時間で作業全てが終わった。


 片付けも終わった頃、お昼となったタイミングだったので、みんなで一緒に昼食を食べに寮の食堂へ向かった。


 出演者であった拓海とは、昨日の文化祭が終わって別れてから会っていなかった。劇に出演した翌日だった、ということで疲れて自室で休んでいるんだろうな、と俺は思っていた。だが、違った。


「うわっ、えっ!?」

「これ、本当なの?」

「ちょっと、テレビの音量上げて!」


 昼食をトレーに運んでいる最中、寮の食堂に置いてあるテレビの前で誰かの驚く声が聞こえてきた。何事かと、俺は声のする方へ視線を向ける。誰かが、音量を大きくするように指示を出していた。


 テレビの音が、離れて立っていた俺の方にまで聞こえてきた。


「え?」


 俺は無意識に、驚きの声を漏らしていた。テレビの向こうから聞こえてきたのは、拓海の声だった。次にテレビに映る拓海の姿を目にした。テレビに映し出されているニュース番組では、記者会見の様子が映像で流れている。


 よくテレビの画面を見てみると、テロップには緑間拓海が引退、というタイトルが映っているのが目に留まった。


 は? 拓海が引退だって!?


 内心で驚きながら、俺は食事を載せたトレーを手に持ち、しばらく食い入るようにテレビで流れている記者会見の内容を凝視していた。


「私、緑間拓海は現在オファーを受けているお仕事を全て終わらせて、半年後である来年の3月31日をもって俳優として活動を引退すると共に俳優事務所を退所して、別の事務所に移籍することを決定しました」


 拓海の言葉に合わせて、カメラのフラッシュが焚かれている。彼の言葉をしっかり聞いても理解するのにしばらく時間がかかった。俳優を引退!? しかも俳優事務所を退所して?


「緑間さんは、なぜこの時期に俳優を辞めようという決心に至ったのですか?」


 記者の1人が質問をする。俺も同じような疑問を頭に浮かべていた、突然だった。いきなり過ぎると困惑している。一体何故……。


「しばらく前から、私は俳優活動に限界を感じていました。別のキャリアに大きく、シフトチェンジする必要があると感じたので俳優業を引退しようと決めました」


 想定していた質問なのだろう、拓海はスラスラと記者の質問に対しての自分の答えを口にする。すると、続けて別の記者が質問した。


「別の事務所に移籍するという発言がありましたが、どこの事務所に移籍するのか、お教えていただけますか?」

「次の事務所とは現在、契約に関する話し合いをしている最中です。契約が確定したときに改めてお知らせするので、今後の発表をお待ち下さい」


「ファンに向けて何か一言、お願いします」

「今まで応援してくれたファンの皆様、本当にありがとう。誠に勝手ではございますが、私の俳優としての活動は終わります。新たな世界へチャレンジをしてみたいなと思い、決断して今回の記者会見を行いました」


 拓海がファンに向けて、今回の記者会見を開いた経緯についてを語る。それから、続けて宣言した。


「応援してくれた皆様への感謝は忘れずに、それでも新たな人生を歩んでいきたいと決意しました。まだまだ未熟者ではありますが、俳優とは違った新たな分野で挑戦をし続けて、大きく成長したいと考えています。こんな私でもよければ新たな活動の場でも、ファンの皆様には引き続き応援をおねがいします」


 記者たちの質問に次々と答えていく、テレビの向こうの緑間拓海。そして彼の発表を見ている俺は、唖然としていた。


 昨日、文化祭の劇では主役を務めて活躍していたことを知っているだけに、一緒に劇を作り上げた大道具方の仲間も俺と同じように、唖然とする表情を浮かべながら、テレビに流れるニュースを眺めている。


 こんなことをするなんて話、拓海からは何も聞いていなかったから。


 本当に、思いもかけない急過ぎる発表だった。テレビで流れている映像はドッキリでも何でも無く、事実。


 しかし、別の事務所に移籍するという拓海の言葉に俺は、ある予感を抱いていた。まさか、そんな……。


 事実を確認するため、俺は急いで拓海と会って話が出来ないだろうか。事情を聞くために、急いで彼と連絡を取ることにした。

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