第46話 緑間拓海の相談

「だいぶ上達してきたね」

「うん、いい感じだ」


 部屋の中に響いていた、なだらかな弦楽のメロディが止まる。俺と拓海の2人は、弾いていた楽器の演奏について上出来だと評価した。


 平日の放課後の過ごし方には色々ある。仕事やレッスンが入っている日がほとんどだが、週に何日かは自由に過ごせる日もあった。


 そんなスケジュールの空いた日には、時間を合わせて俺と拓海の2人は集まって、楽器を弾く練習をしている。


 出会った初日から仲良くなって、寮の部屋が隣同士でもあった俺達は結構な頻度で会っていた。


 他愛ない雑談にふけったり、仕事について相談し合ったり、今のように楽器の練習をしたりしている。


 俺がギターで、拓海はベースを弾く練習をしている。それぞれで毎日ちょっとずつ練習していた。そして大体、週2日ぐらいの頻度で集まっては2人で成果発表をする感じで演奏を見せ合ったり、一緒に練習したり。


 その結果、セッションで合わせる事が出来るぐらいまでには上達していた。あとは技術をもっと磨いて何曲か習得すれば、人に聞かせられるレベルに到達できるようになるだろう。


 楽器を弾けるようになる、というのが最近の俺たちの目標でもあった。


「もうちょい上手ければ、文化祭のライブに参加するのも良かったんだけどね」

「今から参加するって考えると、やっぱ練習する時間が足りないからね」


 文化祭という行事で人前に出て演奏するような機会が得られれば、ぜひ参加をして披露できたら良かったのにと思ったけれと、拓海の言う通り時間が少し足りないので納得しておく。


 特に拓海は、絶賛売れている俳優としてドラマに映画に舞台にと、今の時点で既に色々と仕事を抱えているので、今よりも楽器の練習する時間を確保するのは難しそうだった。


 忙しすぎるのでドラマと映画に関しては少しずつ出演を減らしていると本人は語るが、連日のようにテレビに出ているのを見るとまだまだ忙しそうだなと、俺はいつも思っている。


 楽器を練習する時間も、仕事の疲れを癒やすために休んだほうがいいと俺は思って忠告したのだけれど、この時間がストレス発散になっているので絶対に必要だと本人は語った。


 この時間があるからこそ頑張れる、これがなければ仕事で参ってしまうだろうと。だから俺も、拓海と一緒に楽器の演奏を楽しんだ。



「そういえば、拓海のクラスの出し物は何?」

「ウチは写真展かな。事前に撮影した写真を並べて飾って展示する簡単なやつ」


 一学年上の拓海も、文化祭当日は展示物をするという。


 だが、拓海が被写体となった写真ならば見学者が多そうだと思った。それに、彼のクラスメートには他にも有名な女優や俳優も居るから、展示品でも大盛況しそうだと容易に想像がつく。


「それはいいね」

「文化祭当日は仕事がなくて暇に出来そうだから、ほんと楽で良いよ」


 拓海はベースを指弾きで、地響きのような低い振動の音を掻き鳴らす。俺も会話を続けながら、ピックを使ってギターを弾く練習を続けていた。


 それから、いつものように仕事の話や学校での勉強の話。今は文化祭に関する事も話題にして会話と同時進行で楽器を弾く練習を続けた。


 しばらくして、拓海は黙り込んでベースの演奏を止めた。ストラップを肩から外すと、楽器を地面に置く。拓海の、突然の行動に俺は戸惑う。


「どうしたの?」

「相談があるんだけどさ、聞いてくれる?」


「どうした?」


 神妙な顔つきで練習を一旦ストップした拓海に問いかけると、彼から相談があると打ち明けてきた。彼の表情を伺うと、よほど真剣な相談らしい。


「実は、文化祭実行委員の主催する劇に出てくれないかって出演要請があったんだ」

「へぇ、それは凄いね」


 文化祭実行委員の主催する劇に出られるのは、文化祭実行委員が選出した人だけ。実行委員が中心となって、出演者から演出まで全てを任される劇だから。


 実行委員から声を掛けてもらえないと出ることは出来ない。だから、委員から出演要請があったという拓海は、評価されている事が分かる。


「いや、それがあまり出たくない。というか、断ろうと思って」

「え? 劇には出ないの? それは残念だな」


 学園の伝統となっていて、文化祭実行委員が毎年のように様々なクオリティの高い本格的な劇を用意するのが文化祭の恒例だった。


 友人である拓海が劇に出るのを見るのは楽しそうだと思ったけれど、本人はあまり乗り気じゃないらしくて、断るつもりでいるらしい。


「去年も、出てくれって頼まれたのを断ってて。今年もお願いされたのを、断るのはちょっと……」

「断りづらい?」


「流石に、申し訳なくてね」

「でも、出たくないんでしょ?」


「うん」


 俺の言葉に頷いて肯定する拓海。どうやって断れば角が立たないか、というような相談なのだろうか。


 拓海の懸念する、二年連続で出演要請を断るというのは確かに申し訳ない気持ちになりそうだし、学園での人間関係に溝が入る可能性もあって怖いから、断りづらいと思う理由は理解できる。


 頼む方も、売れっ子俳優を舞台に出演するのをお願いするのは演技力が有るってのが既に分かっているから安心だろうし、劇への関心も集まるだろうからからお願いをするメリットが多いのも理解できる。


 でも、文化祭実行委員の人も拓海には断られる場合も考えて頼んでいるような気もする。連日、仕事で忙しそうな彼を見ていたから。それから更に、学園祭の劇に出るとなると、文化祭の準備でスケジュールがパンパンになる。


「普通に、仕事が忙しいから時間が無いです、って言って断ったらどう?」

「うーん、別に仕事が忙しい訳じゃないからなぁ」


 あれ、そうなのか。


 てっきり、仕事が忙しくて時間が無いから学園の劇の出演は断りたいんだと思っていたけれど、どうやらそうじゃないらしい。


「どうして拓海は、劇に出るのを断ろうとしてるの?」

 

 話を聞いているうちに、劇の出演要請を断る理由が分からなくなった。なので俺はストレートに拓海に聞いてみた。なぜ、学園の劇に出たくないのかと。


 すると、意外な答えが返ってきた。


「あー、んー、実はその、演技するのってあんまり好きじゃないからさ。仕事なら、お金のために演技もできるけど。仕事以外の劇とか、あまり出たくないんだよね」

「え!? そうだったの?」


 子役の頃から子役として活躍してきて、今も演技派俳優として大活躍している緑間拓海。実は、演技する事が好きじゃなかったらしい。


 今まで知らなかった、衝撃の事実に僕は驚いた。

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