第47話 拓海の本音

 楽器演奏の練習中に拓海から、かなり根の深そうな相談をされることになった。


 真剣な彼の表情を見て、俺も本気で向き合わないと駄目だと思い、肩に掛けていたギターを下ろして拓海と向き合った。


「演技が好きじゃない、ってことは俳優としての仕事も好きじゃないの?」

「実を言うと、あまり好きじゃないかなぁ」


 子役の頃から今までずっと好きじゃないことを続けてきたというのは、本当に大変だろうと思う。しかし、それで成功してしまった。


 以前、仕事に関する話を拓海から聞いていた時も愚痴っていた。相当なストレスを感じている、とは思っていたけれど。まさか仕事の根本を拒絶していたとは。


 時々投げやりな感じになる性格や、彼の身長が今も低いのはストレスが原因かも。いま考えると、色々と気苦労を感じていたんだなぁと思える場面が何度かあった。


「それじゃあ、なんで今の仕事を続けてるの?」

「ん……、それは……」


 俺の投げかけた質問に、口に手を当てて黙り込んだ拓海。仕事を続ける理由を考えている、というよりも俺に言うべきかどうかを悩んでいる感じだった。


 俺と拓海は、まだ一年も経っていない関係ではあるけれど相当仲が良いと自負している。年の差も少しあるのに、対等な口調で話すことが出来るし、仕事に関する話も以前から相当している。


 だから今、彼が言うべきかどうか迷っているのはかなり深刻な理由がある、という事だと分かる。親しい友人にも話せないほど。


 答えを求めるのに焦らず、拓海が自分で話し始めるのを待っておこうと俺も静かに黙ったまま様子を見ていた。もし話せないのなら、無理に聞き出す必要もないからと思って。しかし、すぐさま拓海は自らの事情を語り始めた。


「ウチの親って昔は結構仲のいい夫婦だったらしいんだけど、今は別居していて離婚寸前っていう関係なんだよね」

「それは、また。なんと言えばいいのか」


「この世界にいると、意外とよくある話だけどね」

「そうなんだ」


 拓海の家も両親の関係は、あまりよろしくないらしい。そんな彼は、よくある話だと平然としている。


 確かに、俺の身近にいる友人、剛輝の父親も蒸発していると聞いたことがあった。よくある話なのかもしれない。悲しいことだが。


「不仲の原因は、僕の俳優としてのギャラなんだよね。賢人も聞いたことがあるかもしれないけれど、子役タレントの両親離婚率は結構高いって」

「うん、聞いたことがあるかも」


 子供の収入でトラブルになって、その金額が高額なら問題も多いのだろう。子供が仕事をするには親の許可が必須で、お金の管理も親がするというような権限がある。業界にいると、噂で聞いたことがあるような出来事。拓海もそうだったのか。


 アイドル訓練生として子供の頃から仕事をしていた俺の場合は、両親としっかりと話し合って、お金の管理については任されていた。必要な手続きがある時に手伝いをしてくれるが、親が管理するのは必要最低限だけ。


 俺とは逆に、拓海の場合は親に管理を完全に握られていたという。それで、両親が揉め事を起こした。結果、離婚寸前。


「本当はずっと昔から俳優の仕事も辞めたいと思っているんだけど、母親が許可してくれなくてね」

「うーん。それは、また」


 どう解決するべき問題なのだろうか。


 学園祭の劇への出演をどう断るべきか、という話から一気に飛躍して拓海の深刻な現状についての話になってしまった。


 ただ、周りの環境によって演技が好きじゃなくなってしまったという拓海の気持ちは話を聞けて、少しだが理解はできた。


「とりあえずは、両親の問題に関しては所属している事務所の人達とかマネージャーに相談して、もう少し身近な人達に事情を知ってくれる人を増やすしか無いかもね。俺では、仕事の面では申し訳ないけれど力になれそうにない」

「まぁ確かに、それぐらいしか思いつかないか」


 せめて同じ事務所に所属している者同士だったら何かしら出来ることがありそうだけれど、現状では出来ることは少なそうだった。それに今すぐ解決できそうな問題でもなく、長期的に取り組んでいく必要がありそうな難問。


「それから、文化祭の劇も断り方、か」

「どう断れば無難かな」


 話題を戻して、文化祭について。しばらく考えて、断り方に特に理由は要らないんじゃないかな、というような結論に俺は達する。


「断るのなら、キッパリと断りますって一言を言うだけで大丈夫だよ。意外と相手は断られたことを気にはしないから、断ったからといって関係が悪化する、ってことも無いと思うよ」

「そうかなぁ」


 理由を語らないで断っても、拓海の事なら文化祭の人達は仕事が忙しいんだと勝手に判断して了解してくれるはず。だから、なるべく早めに出演を断ることを伝えれば良いだけだ。


 でも、俺は拓海に文化祭の劇に出演してみて欲しいとも考えていた。先程聞いた、演じることが好きじゃない、という話を聞いてからは特に。


「拓海は、本当に文化祭の劇に出演してくれってオファーを本当に断るつもり?」

「んー」


 俺が遠回しに出演してみてはどうか、という思いを拓海にぶつけてみるけれど彼は渋っている感じだった。


 せっかく売れっ子の俳優としてテレビに出ているのなら、演技という仕事を嫌いなまま今後も続けていくのは苦しいだろう。この文化祭を通して、何か俺に出来る事は無いだろうか、真剣に考える。


 拓海が、自らの意思で文化祭で行われる劇に出演することで、なにかのキッカケになるんじゃないかと思って勧めてみた。


「拓海は、演技自体を本当はどう思っているのか。本当に劇に出たいか、出たくないのか本心はどうかな?」


 演技が好きじゃないというが、本音はどう思っているのだろうか。演技は嫌いだと言っているが、子役の頃から今まで活躍できている。演技を続けてこれたのは、何故なのか。


 拓海が、本当に嫌で嫌で仕方がなかったと感じていたのなら、どこかでキッパリと辞めるという判断を下せたと思う。でも、そうしなかった。仕事を続けてきた。


 実は、演技することは嫌いじゃない。彼の周りの環境が、嫌だと感じているのではないだろうか。拓海の心理を紐解いてみる。


「……」


 俺の問いかけに、真剣に悩み始めた拓海。相談を受けたのに、更に悩ませるような事態に追い込んでしまった事は申し訳ないけれど、もう一度、しっかり考えてもらいたかったから。


「本当に楽しいって思える選択をしてみてよ。その選んだほうで、俺は全力で拓海のサポートをするからさ」

「そっか、ありがとう」


 答えは、本人にしか選べない。どうするべきか最終判断の手助けはできない。


 しかし断るのならば、断ったとしても文化祭委員の人たちとの関係を悪化させないように俺は全力で力添えするつもりでいた。拓海が出演すると決めた場合には、何か手伝えることをすべてやる。


「うーん、ちょっと考えてみるよ」


 拓海は少し考えてから、やはり今すぐ答えは出せないと言った。一晩掛けて考えてから、どうするのか決めると約束してくれた。

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