グループ結成編 番外
閑話13 舞黒優人の見た夢
僕は生まれてから今までずっと、親の言う通りにして良い子を演じて生きてきた。自分から目指したいと思えるような夢も無く、人生の目標なんてものも無くて、特に親しい友人も居なかったから。
親の言う事をキッチリと守り、毎日しっかりと勉強して、いい大学を目指すこと。安定した職業に就職することだけが生き甲斐で、親から設定された目標だけを目指し生きてきた。
そして、それが一番正しい生き方だと信じて疑わなかった。なぜなら、僕には心の内から湧き出るような欲求が何もなかったから。両親を疑う、というような考え方は無かった。
まるで操り人形のように、親が糸を操って僕を操作しているような、そんな人生を送ってきた。
幼稚園から小学生、そして堀出学園という中学校まで続けてきた。相変わらず、親から指示され勉強漬けの毎日に、友達なんて親しい関係の人も特には居ない。
堀出学園の入学試験を一番の成績で受かった時も、堀出学園に入学をしてから一番初めの試験で学年一位の成績を取ったとしても、何の感動もない。ただ、指示された通りに動いているだけだから感情に変化が何もない。
僕自身の心は無気力で、何もない男だった。
そんな無為な日々が続いていた、ある日の事。
学校が終わってから親の言いつけを守って勉強をする為の毎日、放課後も勉強漬けで塾に通っていた。その塾へと向かう道中、チンピラ達に絡まれた。
どうやら、僕が堀出学園の制服を着ていたから標的にされたらしい。それ以外には何も会話も通じず、情報を得られずに、僕はただ連れ去られただけ。
そのまま口を塞がれ腕を縛られて逃げられなくなった後、車に乗せられて見知らぬ廃工場に連れて来られた。こんな状況になっても、僕の心に感じるようなモノは何もなかった。
この後は、チンピラ達に暴力を振るわれるのか。それとも、最近は物騒だから彼らに殺されてしまうかもしれない。そんな予想をして、結局は何も感じない自分の心を観察するしか出来なかった。
こんな状況に追い込まれてた今も、運が悪く仕方がなかったと諦めもついていた。生存本能を失っていた。
そんな事を考えている時に姿を表したのが、僕と同じ堀出学園の学生服を着た青年だった。現れた彼はずいぶんと背が大きくて、チンピラ達と対面しても堂々とした姿から、僕よりも年上だろうかと予測する。
そして僕はその人物を見た時に、なぜか強烈に感情が動いている自分に気が付いた。
なんだろう、自然と視線が吸い寄せられるような、絶対に見逃してはならない! と心の底から訴えてくるような僕の知らなかった、今までに感じたことが無いような感覚を味わっていた。ずっと、あの人を見ていたいと思う。
本当に、生まれてきて初めてと思えるような、僕が自ら求めるという感覚だった。一体何なんだろうと思いながらも、堀出学園の学生服を着た青年の姿から目を一秒も離さずに凝視し続ける。
チンピラの一人が、あの青年を呼び出す為のエサとして僕を人質にしたという事が分かった。彼らの会話を聞きながら、状況をようやく理解していく。ただ僕にとってそんな事はどうでもよかった。
二人の会話を聞く。青年がアイドルをしている人だということを知り、過去に何かしらの因縁がある事を知って、青年が脅迫されている状況を僕は黙って眺めていた。
青年は周りをチンピラ達に囲まれた状況でありながら堂々とした姿で立ち向かい、対峙している。そして何故か、チンピラ同士が揉めて新道と呼ばれている男だけが、青年とタイマンを張るという事になっていた。
不思議なことに、僕は青年が負ける姿が全く想像できなかった。新道という不良に対して、必ず勝つであろう未来を容易に想像できた。
その青年がどの程度強いのかも知らず、何か格闘技をやっているのか、スポーツは得意か、それとも不得意なのかも知らずに、何の事前情報も無いのに勝つだろうなと確信していた。
青年がチンピラに勝つだろう、という僕の予想は間違いなく当たっていた。
圧倒的な差を見せつけて。新道という名の不良に一切何もさせること無く、最後は武器を取り出してきた新道に対して怯みもせず青年は立ち向かい、勝ってしまった。
その時、僕は興奮していた。そう、自分でも信じられないくらい熱心に2人が戦う様子に注目していた。
2人の喧嘩が終わった後、僕はアッサリとチンピラ達の手から開放された。何一つ怪我をすることもなく五体満足で廃工場を出て、学生寮に自分の足で歩いて帰ることが出来た。
「舞黒くん、だよね」
「はい、そうです」
堀越学園の寮へと向かっている途中、青年から声を掛けてくれた。彼は僕のことを何故か知っているようだったが、僕は返事をするので精一杯だった。
「俺は赤井賢人。それで、身体に怪我とかはしてない?」
「大丈夫のようです」
赤井賢人、それが青年の名前だという事を知った。何故か聞いたことが有るような気がする名前だった。でも、今まで彼の顔を目にした覚えはない。姿を見たのは今日が初めてのはず。どこで聞いた名前だろうか。
「ごめんなさい、俺のせいで巻き込まれたみたいなんだ。どう、お詫びしていいか」
「いえ、僕は問題ないです」
赤井さんが申し訳なさそうな表情を浮かべ謝ってくるけれど、巻き込まれたことを迷惑だなんて思っていなかった。むしろ今日、出会えたキッカケとなったことに僕は感謝していた。そうだ、感謝だ。
僕は赤井さんの事を知ることが出来て、神に感謝するほど嬉しく思っていた。
何故、彼を知ることが出来たのが嬉しく思ったのだろう? 自問自答する。
赤井さんの事を知って、今まで感じたことのない程に感情が揺れ動いたから。何故感情が揺れ動いたのだろうか。
今まで感じたことのなかった、自分の夢を手に入れられたから。僕は、赤井さんのようになりたいと思った。今まで、持ったことの無かった将来の展望。
堀越学園の寮へと到着した時、僕は到着するまでの道中で何を話したのか一切記憶になく、そのまま赤井さんと別れた。
学生寮の自室に戻ってきて、考えた。赤井さんのようになるためには、どうしたら良いのかと。考えて考えて考えて、ある人の事を思い出した。
アイオニス事務所という芸能事務所で社長をしているという三喜田さん。彼は何故か、アイドルとも芸能とも何の関係もない僕をスカウトしてきてデビューしないかとオファーしてきた人物だった。
以前は一切の興味を持っていなかった筈なのに、今は何ものにも代えがたい情報の1つだった。
僕は早速、三喜田さんと連絡を取って、赤井賢人という人物について尋ねてみた。先程の出来事で赤井さんがアイドルをしているらしい、という情報を得ていたから。三喜田さんが何か知っているのではないか、と考えて。
すると三喜田さんは、赤井賢人という人物がアイオニス事務所に所属するアイドル訓練生であるという事を教えてくれた。
再び、三喜田さんは僕にアイドルとしてデビューしないか、とオファーしてくれたから即座に引き受けることにしたのだった。
夢に見ることになった、赤井賢人という人物に少しでも近づくために。
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