中学文化祭編

第44話 秋の学校行事

 最近になってアイオニス事務所に所属することになった優人は、勉強がダントツに出来るけれど、歌やダンスといった経験が無いという事で、まずはアイドルとしてのトレーニングを受ける必要があった。


 本来ならば、ダンスレッスンやボイストレッスンに専門の講師の教えを受けて学習するのが良いのだろうけれど、新しく出来たばっかりのアイオニス事務所にはまだ、トレーニングに関するシステムが整っていなかった為に、専属で教えてくれる講師や教室を探す必要があった。


 優人に急いでレッスンを受けてもらおうと考えると費用が掛かったり、講師の時間を調整して、自分たちでスケジュールを立て時間を確保するのに少し手間が掛かったりした。トレーニング費用は事務所に報告すれば、後で経費として請求できるらしいので、覚えておかないと。精算が面倒だけども。


 そんなこんなで色々と手続きとかもあって忙しくなり、時間が足りなくなるかも。

 

 なので出来るところは自分たちで、基礎などは俺と剛輝が先生となって、優人に色々な技術を教えることになった。


 これでも長年レッスンを受けてきて、実践を幾度となくこなしてきた俺達なので、人に教えられる程度には実力もあったし、仲間となる彼のために時間を割いて交流を持つキッカケにも成るだろうから、と都合も良かった。


 レッスンを始めた頃の優人は、勉強漬けの毎日を送っていた代償として運動不足であり体力も少なくて、すぐに疲れていた。それに、関節も硬くてダンスには不向きな身体であった。


「痛っ! いたたたたッ! 痛いです、賢人くん!」

「優人は身体が硬いねぇ。レッスン前後には、入念なストレッチが必要そうだなぁ。お風呂上がりにもストレッチをすれば効果が出るから、とにかく毎日ちゃんと忘れずストレッチしようか」

「い、痛いッ。足が、足がッー!」


 こんな感じて初めてのレッスンでストレッチをしてみれば、普段の彼の様子からは考えられないぐらい大声を出して、表情も普段の無表情から変わって悶絶していた。


 ただ頭が良い優人は記憶力も抜群で振り付けをすぐに覚えることが出来る、という特技を持っていた。


「っ、ハッ! こうですか?」

「お前は、ステップ覚えんの早いなぁ。及第点をあげられるわ」

「ありがとうございます」


 彼は学校の勉強から学んだ経験によって、予習復習の大切さについては理解をしていたのだろう。身体を動かす反復練習を嫌がることなく幾度も繰り返して、ダンスや歌の技術が上達していくスピードは異常な程に早かった。色々と応用も利かして自分なりに解釈をして、身に付けることが出来ていた。


「ほら笑顔、忘れてるよ」

「はい」


「限界だったら、言ってね」

「ッはいっ!」


 最初に簡単なステップを教えた後、何度か練習会を繰り返し実施して、振り付けは完璧に覚えている。ただやはり優人の課題となるのは、体力不足だった。


「ハァハァ……、も、もう限界ですッ」

「じゃあ一旦休憩しようか。水分補給をちゃんとしてね」


「ハァ……ハァ……、は、い……」


 とっくに優人のスタミナは切れているのを理解しながら、優人本人の口から限界だという申告を聞くか、限界ギリギリまではレッスンを中断しない。限界ギリギリまで本人は頑張っていて、彼の根性はなかなかのモノだった。


 基礎的にスタミナ、技術は後から身につける事ができる。技術はもちろん大事だ。けれど、それに加えて精神的な強さがものをいうのがアイドルだった。そういう意味では、舞黒優人という人間はアイドルに非常に向いている人材だと言える。


 トレーニングの結果、身体能力はそこそこの伸びていったし、ダンスの技術は順調に上がっていった。今までの勉強漬けだった頃とは違う、新しい事にも積極的に挑戦するのが楽しめているようで、体を鍛えるのも苦もなく続けられていた優人。後は、時間を掛けていけばすぐにスタミナも付いてくるだろう、というのが分かった。


 こんな風に、最近は優人も一緒に混ざって俺たちのレッスンの日々は続いていた。



***



 気がつけば、季節は一気に過ぎ去って秋になっていた。結局、仕事にレッスンにとスケジュールが埋まっていて、海外に居る両親の元へと旅行に行くという計画は残念ながら実行には移せなかった。


 ただ、春から夏にかけての期間中には、新しいアイドルグループを結成するという計画を聞かされたり、グループの結成に関する予定が着々と進められていて、契約の内容について話し合いやデビューシングルの制作が少しずつ始まったりして、色々な出来事が巻き起こっていた。この活動が実を結ぶのは、もう少し先の事になりそうだが楽しみだった。


 そして俺が学園生活を送っている堀出学園でも、大きなイベントが一つ始まろうとしていた。それは、堀出祭と名付けられている文化祭。


 堀出学園の文化祭は学生たちで色々な出し物や制作物の発表を行う、世間でもよくあるような学校行事だったが、他と違って一つ大きな特徴がある。


 芸能人が通っているという特殊な学校でもあるので、外部から訪れるお客様が非常に多いらしい。文化祭の出し物は、毎年有名になっているという。


 基本的には各クラス別に出し物を決めるのだが、学園全体で1つ出し物をするのが恒例行事となっている。その出し物というのが、劇であった。


 文化祭実行委員が劇の内容を決めて、出演者を選出して、舞台や小道具などの準備も行う事になっている。


 出演者として選出される人の中には実際にドラマや映画、舞台で活躍していたり、出演した経験のある女優や俳優等が選ばれる場合もあって、本格的な劇が見られるという事で毎年、最も人気が出る出し物として見学者が殺到する。という理由により、堀出祭は全国的にも有名な文化祭になっていた。


 そんな、一年に一度の大きな学校行事である文化祭の準備が始まろうとしていた。

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