第39話 身から出た錆

 俺がターゲットにされ呼び出しを受けた原因は、三年前の出来事にあったようだ。

バックダンサーの1人にちょっかいを掛けられたが避けて、相手が怪我をした時の事だろう。


 しかしアレは、向こうから仕掛けてきて思わず避けてしまい、相手が勝手に転んで怪我をした。身体は接触していないし、ステップの邪魔をしたという訳でもなかったはず。俺の所為だと言われても、納得はできない。


 3年前のライブ開始直前にあった出来事を思い出しながら、状況を整理していると彼も語りだした。その後の、人生とやらを。


「俺はあの時、お前のせいで足に大怪我を負っちまった。それから事務所の人間から信用は失うし、仲間からもハブられた。俺の居場所を奪ったんだよ、お前は!」


 彼は、俺に向かって力強く指さして大声で喚き立てる。ひどく怒っているのだが、やはり俺の心には響かなかった。


「そもそも君はあの時、自分から倒れて怪我をしたじゃないか。それに事務所の人達からの信用を失ったのは、怪我が治った後のレッスンに行かなくなったからだろう。それも、自分が周囲の目を気にして行かなかったから悪いんじゃないのかい?」

「クッ! 口答えするなッ! テメェ、今自分の立場が判ってんのか!?」


 思った事を彼に向かって指摘してみるが、話の通じないイケメン不良。周囲の人達と比べて美しい顔立ちだったのは、アイドル訓練生として事務所に所属していたからだったのかと納得する。


 そんな彼は今、血走ったような目で俺を睨みつけて怒鳴り散らしている。後ろに、引き連れている彼の仲間らしい数十人のチンピラ達を、けしかけるつもりなのだろうなと考えながら周囲の観察を続ける。人質が倒れている位置から、彼を助けて安全に逃げ出す経路は無いだろうか。


「ヘッ! アンタ、今アイオニス事務所って新しいところで売り出し中なんだろう?その顔と身体に傷ついたら、一体どうなるのか理解はできるか? ここでそう、なりたくなかったら金を用意しろ」


 今度は脅迫で金の要求をしてきた。拒否したらなら暴力で知らしめる気のようだ。しかし、要求は金なのかと落胆する。落ちる所まで落ちた感じがして、気の毒にすら思えてしまう。


「この3年間で俺の代わりに大活躍したんだろう? 一千万円ぐらい稼いだんじゃないのか。それを全部オレに寄越せ!」


 過去に執着した怒りによって、何やらありもしない妄想までしていた。あそこまで憤怒していては説得にも応じないだろうし、コチラが折れたとしても何度も脅迫してくる事は明らかだと思う。ここで決着を付けないと。


「そんなの、出すわけないだろう」

「は? てめぇ、自分の立場をちゃんと理解してんのか?」


 単刀直入に断ってみたら、彼はさらに興奮をして抑えきれない怒りで身体が小刻みに震えているようだった。怒りに震える様子を見ながら、後ろのチンピラ達の様子を伺う。人質にされている舞黒くんが、どうなっているのか。


 どうやらチンピラ達には、舞黒くんに危害を加えようとしている動きはなかった。まだ大丈夫だろうと、目の前のイケメン不良から先に対処しようと再び集中する。


「おい、お前らコイツをボコるぞ」

「新道くん。俺らは、今回の件には手出ししないぜ」

「は?」


 イケメン不良が仲間のチンピラ達に指示を出すが、誰一人として動こうとはせずに言い返して、チンピラ達は指示に従わなかった。唖然とした顔で見返す、新道と呼ばれたイケメン不良。というか彼の名前は新道だったのかと、ようやく今知った。


「はぁ?」

「ソイツと因縁があるのは新道くんだけで、俺たちは関係ない。場の用意はしたんだからタイマンを張れよ。面倒事の処理は、アンタ1人でやんな」


 想定していない状況になったのか、新道と呼ばれていたイケメン不良は呆けた顔になっていた。彼にとっても想定外の出来事なのだろう。というか、向こうは向こうで何やら揉めだしている様子だった。


「チッ! 全く、使えない奴らだぜ。せっかく俺の仲間にしてやったのに、金だって分けてやるのに……。いいぜ、俺一人でやってやる」


 加勢を断られた新道は、独り言のような小声で愚痴を言いながら俺に立ち向かってきた。指をポキポキと鳴らして威嚇してきている様子だったが、あまり脅威には感じない。


「オラッ!」


 問答無用で声を上げて殴り掛かってきた。彼のパンチは、拳を耳のあたりに引いてから腕を伸ばしてきた。いわゆるテレフォンパンチといわれている、軌道が読み易くスピードも遅くてスキだらけのパンチだった。


 躊躇いもなく人の顔面を狙ってきたので、喧嘩慣れはしているのかもしれないが。そんなパンチなら、目をつぶってでも避けられるし当たらない。


「フッ、クッ、ッア! 避けんじゃねえよ!」


 コチラが避け続けて手を出さないことを良いことに、彼は防御なんて無視して攻撃を当てる事だけに集中していた。超積極的な連続攻撃を繰り出してくる。


 それでも、パンチの動きはバッチリと目に見えてるので当たりはしない。俺が避けに徹していると、彼はハァハァと息切れしてきてだんだんと勢いが衰えてきていた。


 しかし、どう決着を付けようかな。暴力を振るわれたから、お返しに暴力をし返すという方法はスマートじゃないからやりたくないけれど、なんとかして彼を止めないと終わりそうにない。どうしようかな。

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