第37話 唐突な厄介事

「今日は本当にありがとう。演技のことについて、よく知れたよ」

「台詞をちゃんと覚えて、声の出し方、後は立ち位置か。まだ、よう分からんけど。次の仕事で、教えてもらった話は参考にするわ」


 演技について教えてもらったお礼を言う俺と、習った事をすぐさま口に出して復習しながらバッチリ覚えて、次の仕事で活かそうと意気込んでいる剛輝。


「こっちこそ、美味しいものをご馳走になれたから良かったよ」


 言葉だけでは申し訳ないので、お礼として学生寮から街に出ていった外にある少し高級なレストランで、俺と剛輝の二人で割り勘をして拓海に昼食を奢った。そして今はその帰り道だった。


 彼の仕事に対する極意を教えてもらったお返しとしては、レストランの食事代なんて釣り合いが取れていないとは思うんだけれど、食事をして満足そうな表情を浮かべていた拓海。お返しは、これで十分だと言われてしまった。


 だから、今度は彼が困っているような場面に遭遇したら、全力で手助けをしようと俺は密かに誓った。



***



 もう少しで学生寮に到着する直前だった。突然、目の前に見知らぬ青年達が数人、立ちふさがって行く手を遮られた。なんだろうと思ったら、不躾に声を掛けられた。


「おい、お前が赤井賢人だな?」


 薄ら笑いを浮かべたチンピラのような青年が、俺の名を呼ぶ。見覚えのない男だ。顔見知りではないのに、なぜ俺の名を知っているのか疑問だった。声を聞くと、彼らが俺のファンだという可能性は無いと思うけれど。ソレじゃあ、という言う経緯で俺の名前を知ったのか非常に気になった。


 気になったけれど関わらないほうが良いだろうし、無視して通ろうと思っていたら、彼らは道のど真ん中を塞いでいて邪魔なので退かさないと通れそうにない。


 仕方がないので、俺は面倒だと思いつつも目の前のチンピラの言葉に返事した。


「何の用?」

「赤井って奴はテメェか、って聞いてんだよ!」


 不良達の中心に立っている老け顔で背の小さい男が、キャンキャンと小型犬が吠えるような感じの甲高い声で威嚇をしてくる。身長差があるから、俺が見下ろすような感じになっているので、より一層に彼らから小型犬っぽい印象を受ける。


「そうだけど、一体何の用かってコッチが聞いてんだけど?」

「ッウ、……いいから! お前1人だけ俺たちに付いてこい」


 向こうに奇襲をされたから、主導権はコチラが握ろうと思って少し威圧をして問いかけてみたら、意外とあっさり怯む様子を見せる不良。


 俺の名前は知られていたし、俺の住んでいる学生寮の前で待ち伏せをして1人だけ呼び出そうとしている、という事は無差別な金銭目的のカツアゲとかでは無いようだけれど。一体、彼らの目的は何だろうかが気になる。


「はぁ? 付いてくわけ無ぇやろ。誰やねんお前ら」

「落ち着いて、剛輝」


 剛輝がヒートアップをして、チンピラ達に突っかかって行こうとしていた。流石に暴力で解決するのはスマートではないから、手は出さないようにと彼を押し止める。


 拓海が携帯電話を取り出して片手に構えて警察に通報するというアピールしていたので、これでチンピラ共が逃げてくれたら面倒がなくて済むのに。だがしかし彼等は、俺達の姿をジッと見つめてニヤついた表情を浮かべていた。


「なんかと関わると厄介そうだから、面倒だけど別の道から帰ろうか」


 来た道を戻って、少し遠回りになるけれど別の道から学生寮へ帰ろうと二人に小声で提案をする。ここで処理するのは簡単だけど後で面倒事になりそうだから、避けるのが吉だと思った。


「まぁ、そうやな」

「うん、それがいいよ」


 二人が賛成したので、俺たち三人はくるっと不良達に背を向けて来た道を引き返そうとした。そんな俺の背中にチンピラの声が聞こえてきて、呼び止められる。


「おい、お前ら! こっちには人質が居るんだぜ。赤井、テメェがついてこないと、人質がどうなるか判ってるんだろうな」

「人質?」


 反応して足を止めてしまい、その場で再び振り返る。すると、俺の目の前に破れてボロボロになった男物の上着が投げ落とされた。よく見てみると、それは堀出学園の制服だった。本当に人質が居る、という証明なのだろう。


 凄むと怯んでいたような表情から一転して、彼らは自信有り気な様子でニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。その顔を見て、分かってしまう。どうやら人質というのは出まかせの嘘では無いようだ、という事が。面倒なことになってきた。


「チッ」


 人質まで捕まえてきて、ここまで計画的な犯行を仕掛けてくる奴らに思わず舌打ちをしていた。誰の制服なのか分からないので、俺の知り合いとは限らない。けれど、同じ学園に通う生徒として、助けないわけにはいかない。


 そもそも、こんな奴らに捕まっているのなら誰であろうと助けに行く必要がある。そう思って、チンピラ共と一緒に目的の場所まで連れて行かれるのを選んだ。


「分かった。お前らについていこう。どこに行くのか、案内しろ」

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