第36話 演技勉強会

 仕事の幅が広がったという代わりに、新たな世界に挑戦して成功させるために勉強しないといけない事も増えていった。その一つが、お芝居の仕方についてだった。


 今までも少しだけなら舞台やドラマに出演する機会は有ったけれども、台詞のないエキストラのようなものや、1行か2行ぐらいの短い台詞を口にする程度の役者経験しかなかった。


 それが、新しい事務所に移ってきてから受けた仕事によって、少しずつだけど出演するシーンが増えてきて、頂くセリフも長くなってきていて、物語の中でも結構重要そうな役どころを担うというような仕事も増えてきていた。


 今までのような、芝居の仕方についてよく知らなくても感覚でごまかして、なんとか乗り切ってきた以前の現場のようにはいかなくなってくる。だから、お芝居の先生として身近に居た緑間拓海に頼ることにした。彼は子役時代から役者仕事をしているベテランだから、教えを請うのに最適だと考えた。


「演技の方法を教えて下さい」

「いやぁ、僕は最近ちょっとお芝居から離れ気味だからなぁ」


 頭を下げてお願いしてみると、返ってきた言葉。そんな事を言って謙遜をする拓海だったが、そんな事は無いんじゃないかなぁ、と心の中で僕は思う。なぜなら、つい最近もテレビで新ドラマの番宣をしている拓海を見た記憶があって、しっかりと活躍している様子を目にしていたから。実は舞台にも結構出演しているようだった。


「拓海に比べたら、俺なんか演技のことなんて全然知らないから。経験値が違うから少しアドバイスしてくれるだけでも、助かるんだ。なのでお願いします、芝居のこと演技の仕方のコツを教えて下さい、拓海先生」

「そうかなぁ。そうまで言うのなら、ちょっと教えてあげようか」


 俺は拓海に頼み込んで、演技について教えてもらってから新しく受ける芝居の仕事に挑もうと考えていた。そして、俺の願いが通じて引き受けてくれた拓海先生の演技勉強会に、もう1人参加を申し出る人物が居た。


「そうは言うても、俺たちよか演技は上手いんやろ?」


 芝居の勉強をすると聞きつけ、やって来た青地剛輝も一緒になって演技の初心者である俺たち二人は、拓海先生と呼んでご教示を賜る事に。


 放課後や休日の時間に、三人で学生寮の自習室に集まって芝居について拓海が先生となって、身振り手振りも加えてしっかりと教えてくれる。なかなか面倒見の良い、拓海先生だった。


「芝居のコツって言っても、すぐに実践できる事は多くないんだ」


 拓海は何から教えればいいかなと考えている様子で、斜め右上に目線を向けて腕を組んで熟考していた。しばらく、そうやって考えた後に3つの事を教えてくれた。


「まず1つは、台詞をしっかりと覚えておくってことかな。基本だと思うかもしれないけれど、台本に書いてある通りにちゃんと覚えないといけないよ。間違いなく自分の台詞を覚えてから、アレンジするなり噛み砕いて自分の言葉に変えたりするんだ」


 台本に書かれている台詞は勝手に改変せずに、まずはしっかりと台本に書かれている通りに覚えてからじゃないと、アレンジするにも自分なりの解釈を入れたアドリブをするのも失敗してしまう。


「撮影をスムーズに、基本的にセリフを間違えずに言って、他の演者さんにも迷惑を掛けなかったら第一目標は達成かな」


 基本を忠実に守る事が大事だと拓海先生は語った。そして、台詞をしっかりと覚えて来ない人が多くて困る現場もあるのだと、少々の愚痴も言う。


「それで2つ目は、声の出し方かな。これは舞台の方に大きく関係してくる事だけど、発声において大切なのは”腹式呼吸”。台詞がしっかりハッキリと聞こえるように意識しないと、口から出てくる台詞が全部頼りない声になってしまう。そうすると、演じる人物の印象も変わってくるから声の出し方は大事だよ」


 テレビや舞台に出演している男性は基本的に腹式呼吸なので、そうしておけば問題は無いかなと、加えて教えてくれる拓海先生。


 それから、初心者は台詞を噛まないように間違えないようにと意識が台詞の内容にばかり集中してしまって声が小さくなったりする傾向があるから、そこも声の音量に注意しないといけないとアドバイスしてもらった。


「最後に大事なのは自分の立ち位置をしっかりと意識すること。舞台だったら、お客さんの視線がどこを向いていて自分がどこに立っているのか、テレビの撮影だったら他の役者さんとの距離とか、演技の邪魔になっていないかカメラの映り方を意識すると良いよ」


 立ち位置を意識出来るようになれば、他の役者との位置関係を把握して身体の動かし方から、目線の動かし方について自然と分かってくるのだそうだ。それが出来るようになれば、芝居の動きも自然に出来るようになるという。


「最初は、この3つの事を芝居をする時に意識できれば完璧かな。他にも演技論って言うのはあるけど、語りだしたら終わらないからなぁ。本格的に芝居の仕事が入ってくるようになったら、またその時に勉強会を開こうね」


 そう言って締めくくる拓海先生に、お礼を言う俺と剛輝。教えてくれたと頼んで、本当に良かった。凄くためになる勉強会だった。

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