第32話 事後確認
金盛副社長と話し合いをしていたビルを1人で出てきた後、今回の出来事について誰かに確認と相談をしなければならないと考えた俺は、すぐさまアビリティズ事務所のビルに直行して社長の居場所を聞きに行くことにした。
どこへ出張に行っているのか、行き先を聞いて自分から赴いて今日中に決着を付けようと考えての行動だった。急いで確認しに行ってみれば三喜田さんは普通に事務所に居た。話があるからと社長秘書の女性に予定を確認してみれば、今から面会する事が出来ると教えてくれた。
そのまま社長室に直行してみれば、確かに三喜田さんは社長室の部屋の中に居た。どうやら仕事中のようで疲れ気味の表情をしていたが、思っていたよりも簡単に会うことが出来た。
「三喜田さん、出張に行かれているんじゃなかったんですか?」
「? 今日は一日中、ずっと会社に居たが」
という事は俺が金盛副社長と会う前に、会社に三喜田社長に連絡を取りたいと確認した時は嘘の情報を聞かされた、ということか。さっき起こった出来事を考えれば、手配したのは金盛副社長だろうと思い至り、やっぱりあの人の話を聞く必要は無かったんだと理解した。
「実は今日、金盛副社長に呼び出されていました。話し合って、アイドルグループでデビューが決まったからと、いきなり契約書を交わすなんて話を持ち出されたんですけど、三喜田さんは知っていますか?」
「なに? デビューだと? 一体何の話だ?」
昨日のライブ終了後に突然控室に入ってきた金盛副社長、三喜田さんに確認しようとしてみたら出張中だと偽りの情報を聞かされた事、そして勝手にデビューの計画が進められていた事、断ろうとしたら脅しつけられたことも詳細に三喜田社長へ漏れなく話していった。
俺の話を聞いていくうちに、だんだんと険しい表情に変わっていく三喜田社長。
ここで、やはり金盛副社長の独断専行なんだろうなと確信した。三喜田社長もグルだった場合は、芸能界なんて辞めてしまおうとまで考えていたけれど。
「まさか、金森がそこまで強引な方法を取るとは……」
俺が契約を断ろうとした瞬間に聞かされた副社長の脅し文句についても話してみると、三喜田社長は絶句して今度は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。社長にとっても、常識はずれな手段なんだと分かり少し安心する。そして、少し疑心暗鬼になっている自分に気がついた。落ち着こう。
「三喜田さん、俺のデビューの話はまだって事ですよね」
「あぁ、そうだ。すまない。いや、君の能力なら確かに今すぐデビューをしても問題は無いかもしれない。ただ、アイドル”グループ”として成功を考えるのならば今すぐにはデビューしない方が良いだろうと私は考えている。……いや今は、”絶対”に止めたほうが良いと思うな」
役割分担がしっかりとしていてバランスが良い。このことは、成功するグループの一つの特徴だと三喜田社長は語った。そして、俺は能力が高いが故に他のメンバーにも相応の特質を持ったメンバーじゃないとグループとして成り立たないと考えているらしい。
「青地くんと誰かもう1人見つける事が出来れば、3人組のグループとして成り立つんだが……。欲を言えばグループとしての定番の人数で、5人組が集められれば最高なんだろうがなぁ」
少数精鋭の3人組。個々人で圧倒的な能力を発揮できれば、隙のないエース級の集まった完璧なグループが出来上がる。
それに対して定番であり王道の5人組。ファンに認知されるのに苦労しないというギリギリの人数であり、バランス的にも極めて良くなる。過去の実績から考えてみても、ブレイクを果たすのにとても有利な人数。
デビューについてしっかりと考えてくれているらしい三喜田社長のプランを聞いて安堵した。そして、剛輝が社長に認められているということを知って嬉しくなる。後で剛輝にも評価されていた事を教えてあげよう、と思った。
一つ、気になったもう一つの可能性について尋ねてみる。
「ソロデビューじゃ駄目なんですか?」
「ソロ、うん。ソロデビューね。それは難しいかなぁ」
アビリティズ事務所でソロデビューをした人は指で数えられる程に少なくて、どれもこれも泣かず飛ばずで失敗も多かったらしい。
今までにソロで飛び抜けたような成功者が、アビリティズ事務所にはただの1人も存在していない。だから、アビリティズ事務所でのソロデビューは、ぱたりと途絶えている。
「それに今の時代は、グループ活動が主流となっている。ソロで活躍しようとすると相当な困難があるだろう。本人にそこまで挑戦したい、自分一人で何処まで出来るのか知りたいというやる気があるのなら後押しするが、どうだ?」
「遠慮しておきます」
俺の初心は目立ちたくない、という事だった。アイドル事務所に所属しておいて、今更と言われるかもしれないけれど出来ればグループとして活動して注目を分散しておきたいと考えているので、ソロデビューは拒否という選択肢しかない。
「うん、金盛の事は分かった。話を聞かせてくれてありがとう、そして契約するのを断ってくれて本当に良かったよ。今回の出来事はこちらでも詳しく確認しておくよ。すまなかったな」
「いえ、大丈夫です。俺の方こそ、お忙しい中すみませんでした」
突然やって来て話を聞いてくれた三喜田社長に、申し訳ないという気持ちと感謝。
「失礼します」
「あぁ、気をつけて」
仕事中にお邪魔したようだったので、さっさと社長室から出ていくことにした。きっちりと挨拶をして立ち去る。
それにしても、社長と副社長との間に埋めきれない溝が有って今や組織内でも対立が生まれている状態だと噂で聞いていた。けれど、まさかこんな深刻な状況になっているとは知らなかった。
部屋を出ていく僅かな瞬間、何かを決意した表情を浮かべる三喜田社長がチラリと見えた。そして小さく呟くような声も聞こえた、多分独り言なんだろうという言葉。
「そんなに欲しいのなら、くれてやる」
***
あれから一週間後、三喜田さんが近い内にアビリティズ事務所の社長を退任するという突然の発表が会見でなされた。新社長は、あの金森副社長が就任することになるそうだ。三喜田社長はアビリティズ事務所から去ることになった。
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