第33話 進路
三喜田社長の退陣が発表されたのは6月の初旬頃だった。通っている堀出学園で、初めての中間定期試験が行われた直後の時期。
テレビのニュースで流れてきた突然の発表を聞いて俺は驚き、詳しい事情を知りたいと三喜田社長に事務所に急いで向かった。もしかしたら、社長を退陣するのは俺が金盛副社長と面会した事と、それを話して後処理を任せた事がキッカケなのではないのかと心配になったから。
三喜田社長に会いに来たと伝えると、今は特に忙しいだろうに時間を作ってくれてすぐに会ってもらえる事になった。それから、腰を下ろして詳しい事情も社長は俺に聞かせてくれた。
「元々、組織内の雰囲気は最悪だった。私と金盛の対立関係が酷かったからなぁ、 どちらかが身を引かないと終わりそうにないほど深刻化していたんだよ」
「そんな事になっていたんですね」
社長室で俺と三喜田社長がテーブルを挟んで正面同士になって向かい合いながら、革張りのソファーに座って会話していた。そこで、俺が気になっていた事務所の状況についてを詳しく教えてくれた。
かなり昔から三喜田社長と金盛副社長の二人は方針の違いや意見の食い違いで敵対的に反対し合っているという話を噂程度には聞いていたけれど、本当に切羽詰まった状態だとは知らなかった。
実感したのは、先日の金盛副社長に呼び出されて強引に契約を迫られた時だった。三喜田社長に相談した、あの時の出来事が有ったから俺は金盛副社長に今も不信感を抱いている。
だけど、まさか三喜田社長が退陣に追いやらてアビリティズ事務所を去る事になるというのは予想していなかった。
「金盛の根回しが余程に上手く行ってたんだろうな。アイツの得意分野で警戒はしていたんだが、この前行われた役員会議で向こう全員の意見が一致して私の退陣という決定が下された」
「それって大丈夫なんですか?」
話を聞いてみれば会社から追い出されてしまうという悪い結果なのに、三喜田社長の表情は晴れ晴れとしている。話している間の口調も何故か暗い感じがない。色々と考えて受け入れた結果なのだろうと思うけれど、大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。これが、自暴自棄になった末の空元気じゃなければいいけれど。
「もうしばらくは社長としての雑務を処理して、次に引き継ぎする作業がある。それが終わった後は、自由だ」
やけっぱちとは違う。わだかまっていたモノがスッキリとなくなった、という感じて爽快な様子の三喜田社長。もしかしたらアビリティズ事務所を辞めるというのは、けっこう前から覚悟していた事なのかもしれない。
「それで賢人くん、君はどうするんだい?」
実は俺も7月でアビリティズ事務所との契約が一旦終了になると聞かされていた。普通は何事もなく契約を更新して事務所に所属し続けるけれど、今回の契約更新の前で金盛副社長の指示に従わなかった。その影響なのだろう、更新は行わないと事務所から言われている。
つまり1ヶ月後の俺は、アビリティズ事務所の所属アイドルではないという状況。
「そうですね。どうしましょうか」
正直に言えば今後の予定については、まったく決まっていない。契約は更新しないと告げられたのと、三喜田社長の退陣が決まったのを知ったとほぼ同時の事だったから、つい最近である。
「私には君に3つの道を提案できる。1つ目の道は、今の事務所に残れるように私がなんとか手配しよう。なに、今までの君の貢献度を考えたら契約を続けることなんて簡単だからね」
今までやってきた俺の活躍、バックダンサーとしての数々の実績によって事務所内でも俺の解雇に反対している人が多いらしい。だから今回の契約更新も無事になんとか出来そうだと。
アイドルグループのデビュー契約を断った事を根に持って事務所を辞めさせられるんだろうな、って事を考えると金盛が新社長になるかもしれないアビリティズ事務所に残るという選択肢はあり得ないかなぁ。
「まぁ、そうだろうな」
三喜田社長も一応という感じて提案してみた程度なのだろう、提案を断った俺は特に何も言われずに事務所残留の件に関してはアッサリと提案を引っ込めた。
「それで2つ目の道は、他事務所に移る事」
「他の事務所、ですか?」
アビリティズ事務所の他にも芸能事務所は沢山あるから、事務所を移して別で活動するのは良いかもしれない。
「実は君がアビリティズ事務所の契約が終了する、という事を聞いた人達が私の方にどんどんと移籍のオファーが来ていてね。アイドル事務所の他にも、俳優にスタントマン、あとは海外のエージェントからもオファーが何件かあった。各社からなかなか良い条件でスカウトされているぞ。君は優秀だな」
アビリティズ事務所とは別の人達からの評価が高い、というのは嬉しい話だった。しかも、移籍のオファーまで来ているとなると評価をしてくれているらしい。海外もとなると、可能性は非常に大きそうだと感じる。新しい場所に飛び込んでいくのも楽しそうだ。
「で、最後。3つ目の道なんだが、私が新しく作る事務所に来てくれないか」
やはり三喜田社長は今回のことを覚悟していて、事前に準備を進めていたらしい。俺は、社長がアビリティズ事務所から独立して作るという新しい事務所に来ないかと誘われていた。
進路をどうするべきか。三喜田社長の話を聞いて少し悩む。だが、そんなに悩む事でも無いのかもしれないと思い直した。
そもそも、この業界に入ったのは三喜田社長がオーディションで俺を見出してくれて合格にしてくれたから。
三喜田社長の人格や性格に何か問題があったなら、彼が事務所を去る時に別れる、という選択もあり得たかもしれない。だが今回の問題はアビリティズ事務所だった、というか金盛副社長にある。それなら、今後も三喜田社長に付いていくのが正解なんだろうと思った。
他の事務所から数々のオファーを受けている事を知って、ありがたいと思ったけれど、俺の優先順位は三喜田社長が上だった。今まで色々とお世話になっていたから。そして、これからも。
「俺は、三喜田さんの作る新しい事務所にお世話になりたいです」
「そうか、ありがとう。これからもよろしく」
という事で小学4年生から中学1年生までの3年間ちょっとを、アイドル訓練生としてお世話になったアビリティズ事務所を、結局俺はアイドルグループでデビューはしないまま契約終了となった。俺は三喜田社長と固く握手を交わして、次の事務所に移籍することが決まった。
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