閑話05 勇者式トレーニング

 学校のない休日に俺は、一人でトレーニングをするのに時間を費やしていた。家の近くにある山に登って奥深くまで行ってから、誰にも見られないよう知られないように周囲を警戒しながら人知れず修行していた。


 生まれ変わって平和になった世界でも俺は、前世の記憶があるせいで完全には安心をして過ごすことは出来なくなっていた。前世に比べて戦いなんてめったに起きないこと、特に日本という場所だからなおさらだとは分かってはいる。


 けれど俺は、いつ何が起こるか分からないと考えてしまう為に戦いに備えて身体を万全の状態にしておかないと落ち着けなくなってしまっていた。職業病ならぬ前世病とか勇者病とでも言うのだろうか。身体を鍛えて、戦う技術を身につけることが習慣となっていた。


 前世で使っていたような武器、西洋剣に似た形をした鋼鉄製の刀剣を手に入れる事が出来なかったから木刀におもりを付けて、代わりとして使い剣術を復習している。


 前世で俺が習得をした聖剣術と呼ばれる、勇者が聖剣を扱うために編み出されたという武術。生まれ変わって違う世界に来たので今の俺の手元には聖剣がないけれど、技術は覚えているから生まれ変わった身体にも思い出させている途中だった。


 実は剣道の習い事をしていて、剣道全国道場大会に小学生の部に出場して優勝した経験もあった。だけど、優勝してすぐ剣道の習い事は止めてしまった。傲慢な言い方だけれど学ぶべきことが無くなったから。ためにはなったけれど俺の求めている事とは違っていた。しかも、前世の記憶と経験値でズルをしている気持ちになってしまい周りに申し訳ないと思って、辞めてしまった。


 だから今は、一人に戻って自分で組み立てたスケジュールでトレーニングを続けていた。前世の経験も参考にして考えた修行方法。



「ハッ!」


 一般人では振るうこともままならないような重さのおもり付けた木刀を片手に持ち目にもとまらぬ速さで振るう。遅れて、バンッと衝撃音が響いた。近くに生えていた大木に剣で斬ったようなあとが出来ていた。これは木刀で斬ったのではなく、真空の刃を飛ばして斬ったのだ。


「うん。いい感じ」


 最近ようやく音を置き去りにして剣を振るう事ができるようになった。振るう剣と空気で摩擦が起こるよりも早く振り切ると、こうして真空刃を飛ばすことが出来るようになる。聖剣術の基本的な技法によるもの。


 身体が成長してきたからなのか。もしくは前世で聖剣術を学んでコツを知っていたからなのか、思っていたよりも簡単に出来るようになった。


 もしかすると、前世に比べて肉体が強くなっているような気がする。一回目よりも二回目の人生のほうが強くなって、二回目より三回目の人生である今の方が身体能力がより高くなっているような気がした。比較するデータが少なすぎるから、偶然なのかもしれないけれど。


 もしも、次の人生があるとしたらもっと強い肉体を得ることが出来るのだろうか。転生するごとに強い肉体を持って生まれるという仮説。そんな思いつきについて考察しながら俺は黙々とトレーニングを続ける。


 剣の後は、魔法についても少し修行を積む。


 違う世界になって魔法は空想の産物だと言われていた。だから、使えるかどうかは分からなかったけれど使ってみたら普通に使うことが出来た。


 前世で習った魔法法則と同じ要領で使えたので、思い出しながら魔法を使う練習を積み重ねていく。


 今の俺の身体は内在している魔力も多いみたいだし、前世の記憶で魔法の使い方もしっかりと覚えていたから練習を積み重ねたけれど、なぜかコチラの世界では魔法の効果が減少していた。


 回復魔法を使ってみても思ったよりも効果が薄いし、攻撃魔法も予想を下回る結果しか発現しなかった。


 世界が変わって魔法法則が順応できていないのか、魔法の習熟度が足りないのか。俺は魔法の専門家じゃないので、なぜなのか理由は分からない。とにかく魔法に頼るのは止めておいた方が良い、という事は分かった。けど特訓は今まで通りに続ける。


 その後は野山を駆け回り体力を鍛えて、野生の動物を狩って食べて、サバイバルをして前世の生活を思い出すような過ごし方をする。


「ん。そろそろ暗くなってきたかな。早く帰らないと母さんに怒られちゃうか」


 日が暮れてきて、辺りが暗く見えなくなってきたぐらいで帰る支度を始める。次回の為にトレーニングの道具などは山の中に隠して置いておく。そして手ぶらで走って山を降り家に帰った。



「ただいま」

「おかえりなさい賢人。服を汚して汗だくだし、また今日もいっぱい遊んできたのね。夕飯の前に、先にお風呂に入りなさい」


「はーい」


 呆れたような言葉を口にしつつ、笑顔を浮かべた母親に言われて風呂に入る。俺が山に行ってトレーニングしている事は知らない。近くの公園に行って遊んできたんだろうと思われていた。そうではないが、黙っておく。


 こんな感じで、俺の休日はトレーニングをして終わるのだった。

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