アイドル訓練生編
第8話 レッスン
契約が決まって三日後。俺は初めてのダンスレッスンを受けることになった。まだアイドルとしてデビューするのは当分先の事らしくて、暫くの間はレッスンを受けて能力を鍛えたり、先輩アイドルのバックダンサーをしたりする予定だと言われた。
指定されたダンススタジオに向かっていみると、待っていたのは俺と同じぐらいの年齢の子供たち。どうやら彼らは、この前俺が受けたアイドルオーディションに合格して所属となった、同期と言えるアイドルなのだという。
「この子は今日から一緒にレッスンを受けることになった、賢人くんだ。とある事情があって皆よりも一緒になるのが遅くなったが、仲良くしてやってくれ」
「赤井賢人、小学4年生です。よろしくおねがいします」
ダンスを教えてくれるインストラクターの人が、俺を前に出して紹介してくれた。本来なら彼らと一緒にスタートしていた筈だったが、合格の通知が遅れていた分だけ俺はレッスンに合流するのが遅くなったということらしい。
自己紹介と挨拶をすると、一緒にレッスンを受けることになった彼らが頭を下げて礼を返してくれる。そんな中で、一人だけ強い視線で睨んでくる子が居た。
「……」
「?」
誰だろう、見覚えのない子だが確実に睨んできている。多分同い年だと思うけど、あんな視線を向けられる理由が分からない。原因を考えていると、ポンポンと肩を叩かれた。
「賢人くんはまず、遅れていた分を覚えてから皆と一緒にやろう。高橋! ちょっとこの子にストレッチと最初のステップを教えてあげて」
「はい、わかりました」
まずは先にレッスンを受けていた皆に追いつくため、個別にレクチャーしてもらうことになった。サブのインストラクターだと思われる、若めの男性である高橋さんという方に任されると、皆から少し離れた場所で一人レッスンしてもらう事に。
「じゃあ賢人くん。こっちに来て座って、まずはストレッチから教えるね」
「よろしくおねがいします」
そう言って、まずは最初のウォームアップのストレッチを丁寧に教えてもらった。子供の俺に対しても礼儀正しく、シッカリとした対応をしてくれる高橋さんの言う事をしっかりと聞く。
踊りの動きの中で駆使する股関節や膝周りなど、痛めやすい箇所も教えてもらっていく。全身のよく使うところを満遍なく、特に気をつけないと危ない部分は覚えるようにと。
確かに教えてもらった部分について痛めると動けなくなる、と経験から学んだ知識を思い出していた。前世では誰に教えてもらう事もなく、実戦で覚えた知識だった。このお兄さんの知識は確かだろう。
それから自分の身体の可動域についてをよく知っておくように、とも教えられた。身体について認識することが踊るのに非常に大事だと説明される。アイドルとして、ストレッチの大切さを意識付けてくれているようだ。
「しかし君の身体、とんでもなく良い筋肉が付いてるね。バランスがとても良いし、運動が得意そうだね。なにか習い事をしてるの?」
「いえ今は、習い事はしてません」
「そう? もったいない」
ストレッチの最中に身体をチェックされて、インストラクターに身体つきを褒められる。まぁバレるだろうと思ったけれど、それ以上は突っ込んで聞いてこなかったので助かった。
「じゃあ次はステップ。一度目は動きを見せるから、真似してみてね」
「わかりました」
言われた通りインストラクターの斜め後ろに立って、彼がどんな動きをするのかを鏡越しに見て動きを学んでいく。うん、初心者向けらしくて最初は簡単そうに見える動きだ。コレなら特に苦労することもないだろうと動きを真似ていく。足を前後左右に動かしたり、つま先立ちになったり、軽く飛び跳ねたり。
「そうそう上手だね。余裕があったら頭を前後に振ってリズムを取って、目線を下げてうつむかないように、それから肩には力を入れないで。うん」
指摘された箇所についてを意識をして、すぐに言われた通り修正していきながら、動きの真似をしていく。なるほど、こんな感じで良いのか。
「凄いね、君。ダンスのレッスンを受けるの初めてじゃなかったっけ? それとも、ダンスどこかで習ってたの?」
「いいえ。ダンスのレッスンを受けるのは、先生の言った通り初めてです」
「うーん、そう? ……まぁ、とりあえず続けていくね」
そして、再び次々と動きを変えていくインストラクターの姿を観察しながら、同じように動いて覚えていく。動かす部分と止める部分のメリハリを大事にすれば良いのかな。
だんだん動きのコツを捉えて慣れてきたから、余裕が出てきた。インストラクターと自分では身長差があるから、身体にあった動きに調整して合わせていく。こっちの動き方が身体が合っていそうだ。あんまり動きを大きくをしないで、小さく纏めた方がスマートに見えるかな。
そんな風に初心者用のステップを教えてもらいながら学んで、数十分が経過した。動き続けていたインストラクターの人は、軽く汗ばんだ肌に少し息が上がっている。俺はまだまだ余裕だったが、同じように小さく息を整えるフリをする。
「とりあえず、今のが一通り覚えてもらうステップね。見てた感じで動きはバッチリだったよ。ステップは覚えられた?」
「はい、問題ないです」
俺が即答するとインストラクターは一瞬だけ、きょとんとした顔を浮かべていた。だが、気を取り直して次の指示を出す。
「じゃあ、一回一人で通して踊って見せてくれるかな。忘れた箇所や、覚えてない所があっても動きは止めないで続けてね」
「わかりました」
視線を向けられながら、今さっき教えてもらったステップを繰り返し見せる。結構数があったから覚えきれてないかもと心配したが、問題はなかった。うん。
「何度も聞くけど、本当に他所でダンスレッスンとか受けてない?」
「は、はい。そうですけど」
「んー、いや。そう聞いてるから本当なんだろうと思うけれどね。とんでもない才能ってやつなのか」
顎に手を当てて、呟くような小さな声で考え込むインストラクターのお兄さん。
「うん、ちょっと報告してくるよ。水分補給して待ってて」
「あ、はい。わかりました」
ペットボトルに入った水を俺に手渡すと、そのまま離れていくインストラクター。休憩するように言われたので疲れはまだ感じていなかったけれど、渡された水を飲み喉の渇きを癒やしながら、戻ってくるのを少し待つ事にする。
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