第23話 入寮
車で父親に送ってもらった俺は、そこから荷物を肩に担いで学生寮のある場所へと歩いて向かう。駐車場や駐輪場がある道を通って、建物の中へと入っていった。
「こんにちは」
「おや、こんにちは。新入生かい?」
学生寮の出入り口を入ってすぐのところにあった、受付らしき場所に居たおばさんに声を掛ける。どうやら彼女は学生寮の管理を任されている寮母さんの一人らしいが、残念ながら綺麗なお姉さんじゃなくて友達のお母さんという感じの人だった。
「入寮の手続きをお願いできますか」
「もちろん、コッチにおいで」
小さな部屋へと案内されて、肩の荷物を下ろしてから椅子に座らされた。
「じゃあ、ちょっとココを読んで確認してから名前を書いて」
いくつかの書類にサインをするよう指示されたので、言われたとおり書かれた文章を読んで確認してから書き込んでいく。
学生寮でのルール、生活する上での基本的な規則が書かれている。簡単に言うと、不必要に騒いだり建物を破壊したら駄目という事、人に迷惑をかけないようにしようという最低限のルールなので、もちろん守るように注意しなければ。
このルールを守って今日から俺は学生寮に入寮します、という事を示す内容の書類にサインをして、手続きは終わった。
「それにしても、えらく早く来たねぇ。今年の新入生の中で、君が最初の到着だよ」
「そうなんですか? 他の皆はもっと遅く来るんでしょうか?」
今日から入寮できると事前に確認していたので早速来てみたけれど、どうやら俺は来るのが早かったらしくて他の新入生はまだ寮には来ていないと言う寮母さん。
「そうだねぇ。新入生はいつも結構ギリギリに来て、入学式直前ぐらいに入寮する子が多いかしら。それまで家族と一緒に過ごしたりしてるからね。小学生から上がってくる子は、ほとんどそうだと思うわ」
「へぇ、なるほど」
どうせなら家族の負担を早く減らそうと思って来た俺は薄情なのか。それに加えて学生寮の家賃支払いがすでに始まっているからと思って、なるべく早く来たほうが得だと考える俺はケチなのかもしれない。どっちかと言うと、ケチの部分が多いかも。
そのような世間話を寮母さんと交わした後、寮生活を始めるためのルールについてもう一度簡単に説明される。
門限は決まっていないが、午後20時以降に仕事やら何やらで外出する用事があるなら事前に届け出が必要なこと。堀出学園の学生や家族以外の訪問者は寮室への立ち入りを基本禁止している事。ペットを飼うことは出来ないこと等など。
その他にも色々な学生寮ルールを聞かされたが、書類に書かれていた内容と同じく基本的には共同生活を気持ちよく過ごすための決まりごとなので、寮で生活している間は気を配って守れるように注意しなければ。
「はい、アナタの部屋の鍵。予備はあるけれど、無くしたら罰金だから注意してね」
「ありがとうございます」
部屋の場所を聞いて鍵を受け取る。405室というのが、今日から俺が住むことになった部屋の番号らしい。4階まで階段で上らないと帰れない。残念ながら学生寮にエレベーターがないので上り下りは自分の足で。
「ありがとうございました、失礼します」
地面に置いていた荷物を担ぎ上げ、寮母さんにお礼を言ってから部屋を退室する。そのままの足で階段を上って、自分の部屋へと一直線に向かう。
最上階が5階だったので、俺の部屋は最上階からひとつ下の4階部屋。まだ位置的には良い方なのかもしれない。ポジティブに考えると、階段の上り下りで運動不足が解消されそう。俺は毎日レッスンを受けてトレーニングしているので、運動不足とは無縁だけど。
新入生から中学2年生までの間は4階5階の部屋がランダムに割り振られていく。中学3年生になったら3階に移動となる。そして高校生になったら更に下の1階2階が割り振られるという、
学年が上がれば寮部屋は下の階が割り振られるようになり、年毎に階段の上り下りが楽になっていく。まぁ、それまでの辛抱か。
階段を上っている間に、所々で話し声や楽器を鳴らす音。歌声などの人がいる音が聞こえてきたので、新入生以外の寮生は既に寮に居るようだと分かった。
階段から見える窓の外には、男子学生の姿も見える。
405室の部屋の前に階段を上ってきて、ようやく到着する。鍵を回して扉を開けると、清涼感のあるクールな香りが漂ってきた。そして部屋の中を見て思ったのは、狭めのビジネスホテルの一室という感じだった。
「おっ、結構中は綺麗だなぁ」
学生寮ということで、もっと酷い部屋かもしれないと想像していたが予想は大きくハズレた。狭い室内にはベッドと勉強机、クローゼットに光を取り込む大きめの窓もあって生活するのに十分な環境だった。狭い室内も整理整頓がしやすい等のメリットがあるので十分だった。
堀出学園の学生寮は基本的に一人部屋だ。この学生寮は芸能活動を行う人のためにある寮らしくて、個人のプライバシーにも十分配慮をして一人部屋にしてくれているらしい。
それから、それぞれで既に仕事がある人も居るから就寝する時ぐらいは1人の空間を用意してあげようという心遣いもあるようだ。
まあでも食事は食堂でないと食べられないし、風呂も大浴場が用意してあるだけで個人の部屋にはシャワーは備え付けられていない。寝るか勉強するか読書をするか、部屋で出来ることは意外と少ない。
ベッドは事前に支払いを済ませていて新品のマットレスと布団が用意されていた。シンプルなデザインでいい感じのベッドだ。
一人の空間というものは良い。寮生活とはいえ親元から離れて生活するのは初めての経験だった。本当に自由になったと感じる瞬間を味わう。
早速、持ってきた荷物を取り出して整理をする。部屋の中の配置を変えてみたり、クローゼットに次々と服を片付けていく。そんな作業も30分ぐらいで全て終わって手持ち無沙汰になってしまった。
ちょっと学生寮の中を見て回ろうかな、と思って部屋を出る。すると俺が部屋を出ると同時に、隣の部屋である404室の扉もガチャリと開かれる音が聞こえた。
「あれ? その部屋は空いてたはず。ってことは、新しい子?」
「初めまして、今日から入寮することになった赤井賢人といいます」
ジャージを着ていて頭には寝癖がついたまま、だらしのない格好をした少年が隣の部屋から出てきた。
身長が低めで童顔、パッと見て小学生だとも思えるような小さな少年。寮生活にも慣れている感じから、どうやら先輩のようなので慌てて挨拶をする。
「あー、よろしく。僕は
上から下まで俺の身体はジロジロと観察してから、そんな質問をされる。ちょっと背が大きめだけれど、老け顔にも見えるのだろうか。もしかして高校生に間違えられている?
「ハイ、そうです。今年堀出学園に入学する中学1年生です」
「よかった、背が大きいから年上かと思ったよ!」
俺の答えに緑間さんと名乗った彼は無邪気な笑顔を浮かべて、俺が年下であった事を喜んでいる感じだった。
背の高い俺が後輩で、背の低めな彼の方が先輩か。多分、傍から見たら関係が逆に思われるだろうなと考えて苦笑する俺。
「今日から入寮ってことは、まだ学生寮の中は見て回ってない?」
「そうなんです。寮にはさっき到着したばかりで分からないから、今から見て回ろうかと思ってました」
ぐるりと学生寮の周りを歩き回って、周辺を確認しようかなと予定を立てていた。
「お! じゃあ、せっかくだから僕が案内してあげるよ」
「いいんですか?」
「全然オッケーだよ。どうせ暇だからね」
緑間さんは、とても面倒見が良い先輩だった。こうして、緑間さんと出会った俺は学生寮の中を案内してもらうことになった。
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