第24話 学生寮案内

「まずはココ。食堂だ」


 先程出会った緑間さんに案内された先、学生寮の一階へと降りて来たらある食堂に到着していた。食堂の中に入っていくと、かなり広さのある空間の中に長テーブルがずらっと並んでいるのが見える。


「朝は7時から9時まで、昼は11時から13時。そして夜は17時から20時までの時間に来ればご飯が用意されてるよ。メニューは決まっていてココに献立表があるから事前に知りたいなら自分で見て確認してくれ」

「これですね」


 食堂に入った直ぐ側の壁に貼られたカレンダーと、その横には一か月分の朝昼晩出される献立メニューが載っていた。ちなみに今日の夕御飯はというと餃子と麻婆豆腐に、それから煮物に野菜サラダと書かれている。


 配膳カウンターの向こう側に厨房があるみたいだけれど、そこで仕込みをしているらしい。何かを焼いているような音と辛味のある美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。夕飯がとても楽しみになった。


「規定の時間に間に合わなかったり都合がつかなかったら、食堂は一応朝5時から夜の12時まで開放されているから、自分で弁当を買ってきて食べることも許可されているし覚えておくと良いよ。水とお茶はあっちにいつでも用意してあるんで、自室で食べるんじゃなくてココで食べるようにすること」

「はい、わかりました」


 食堂はいつでも空いているから食事の時間以外にも利用して大丈夫、と。

 

 ここでも芸能活動をしているような学生に配慮をした仕組みになっているようだ。でも、なるべくなら時間に合わせて食いそびれることはないようにしたいな。食費は家賃と同時に一か月分が前払いになっていて、既に支払い済みだから食べないとなるともったいないと思ってしまう。


「そうだ、あともう一つ注意すること。学生寮は基本的に男子は女子寮に立入禁止で、女子は男子寮に立ち入り禁止になってるけど食堂は共同だから。もし寮生の女子と会いたいとか、お話したいとか言う時は食堂に集まるのが良いよ」

「へぇ、そうなんですか」


 男女の立ち入り禁止場所は厳しく決まっているらしく、男の俺は女子寮に入ることは出来ないらしい。もし寮母さん等に見つかったら退寮処分になる可能性もあるので気をつけるようにと言われた。


「じゃあ、食堂の案内は終わり。次はコッチね」


 食堂から出て、1階の廊下をしばらく歩いて行くと次の場所に案内される。


「ここがお風呂。食堂と同じ様に5時から夜の12時まで開きっぱなしで好きな時に入れるよ。ただ、時々掃除とかお湯の入れ替えとかで閉まっている時があるから注意して」

「なるほど」


 中を覗いてみると、かなり立派な大浴場のようだった。脱衣所にはスーパー銭湯に有るような木目のロッカーが並んでいるが鍵は付いていないようだ。共同だから知り合い程度の人の前でも裸にならないといけないのは恥ずかしいけれど、浴槽は広くて足を伸ばせるのが良いよね。


「脱衣所のロッカーには鍵が付いてるけど、高めのアクセサリーとか財布とか貴重品は持ち込まないように。じゃ次」


 そして風呂の次に案内されて連れられてきたのは、洗濯場。


「洗濯機があるから空いている場所は自由に使っていいよ。自分のことは自分でするように、もちろん毎日の着替えの洗濯が必要だよ。面倒なんだけどね」


 ズラッと並ぶ洗濯機と乾燥機、何台か既に稼働中であるようだった。洗濯槽が回転する音や脱水をしている音が何台分も重なって結構な騒音を出している。


「乾燥機もあるから誰も使用していない開いてる台を見つけて、早い者勝ちだから。朝早くとか夜遅くに来れば大体開いてるから、その時間がおすすめかな。じゃ、次」


 次にやって来た大部屋には、テレビが何台か置かれてソファーや本棚なども置かれている。一見して何の部屋かは分からないところへ来ていた。


「ここは?」

「んー、レクリエーションルームって言うのかな? 正式な名前は知らないけれど、テレビとか有ってゲーム機も持ち込んで遊んでオッケーって部屋だよ」


 なるほどレクリエーションルームには既に人が何人か居た。寮生と思われる彼らは集まってテレビを見ながら楽しそうに会話しているのが見える。


 そう言えば自室にはテレビが置かれていなかったから、見たくなったらこの部屋に来ないといけないか。それとも一台買っておこうか。でも、買っても見ないかもしれないしな。


「ここも一応、利用時間が決まっていて夜遅くまで居たりしたら見回りの寮母さんに見つかった時にめちゃくちゃ怒られるから注意して」

「はい、わかりました。肝に銘じます」


 緑間さんからの迫真の注意を聞き入れる。どうやら、遅くまで残って怒られてしまった経験があるのかもしれない。


「まぁ、知っておかないといけないのはこんなところかな。何か質問は有る?」

「んー、いえ。今は聞きたいことは無いです。ありがとうございました」


 緑間さんによる学生寮案内が終わって食堂に戻ってきた俺たち。案内してもらった上に途中で立ち寄った自販機で先輩から奢ってもらったコーヒーを手に持っている。今は、二人で食堂のテーブルに向かい合い座って話をしていた。話題はお互いの仕事についてだった。


「緑間さんは子役をしてたんですね」

「今はテレビの仕事は少なくて、舞台とかばっかりだね」


 シアタプレイアカデミーという俳優事務所に所属しているという緑間さん。他所の芸能事務所に所属する人とガッツリとお話するのは初めてかもしれないと思いつつ、俺たちは会話をしていた。


 子役時代に出演したという映画やドラマのタイトルを聞くと、聞き覚えがあったり知っているものも多くあった。緑間という名前には聞き覚えがなかったけれど、緑間さんの出演シーンを見たことがあるかもしれない。


「僕よりも、赤井くんが超大手のアビリティズ事務所に所属するアイドルだって事に驚いたよ」

「デビューはまだですけどね」


 なんだか最近は事務所内部で面倒な揉め事が起こっているらしいから、デビューは当分先になるかもしれないけれど。アビリティズ事務所の外には出せない情報があるので、口をつぐむ。


「じゃあ、一つ聞きたいんだけど」

「なんですか?」


 緑間さんからの質問。興味津々という感じの目を向けられていて、何を聞かれるのか予想つかずドキッとする。


「あそこの社長さんて、オーディションの時に清掃員の格好で居るのって本当?」

「んー、どうでしょう。俺がオーディションを受けた時はラフでしたけど普通の格好をしてましたよ。でも何人かアイドル訓練生の友だちに聞いたら、実際にあったって言ってたんで本当かもしれないです」


 都市伝説のように噂されている話。実際に遭遇したという子に聞いた事があるけどその辺にいるような清掃員という格好をしていたから、おじさんがいきなり質問してきてビックリしたと言っていた。真実かどうか分からないけど。


 でも、本当かもしれないと信じさせられるようなユニークなことを時々する三喜田社長だった。今度本人に聞いてみよう。


 そんな風に業界で噂になっている都市伝説のようなモノについて会話しているうちに、気がつけばすっかり仲良くなっていた俺達だった。

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