【未完】勇者の次はアイドルとなる人生

第22話 新生活準備

　小学校の卒業式を終えて数日後。新しい住処となる堀出学園の寮へ引っ越しをする日となった。

　母さんに自宅の前で、俺は背中に手を回されて抱きしめられている状態にあった。まるで、何処にも行かせないぞ！　という風に俺はキツく抱擁されている。

「本当に行っちゃうの？　寮に行くのは辞めにしない？」

「いまさら何言っているんだよ母さん、俺は行かないと」

　ギュッと力強く抱きしめられながらの言葉に苦笑しながら俺は答えるが、見上げてくる母さんの目は少し本気であるように見える。

　成長期である俺は最近になって更に身長が伸びてきていて、中学に入る前なのに既に１７０センチを超える背の高さになっていた。だから、母さんの背丈も超えていて抱きつかれながら俺の方が少し見下ろすような態勢になっている。

「母さん、そろそろ賢人を離してやれ。もう行かないと」

「でも、お父さん。今日お別れしたら次いつ会えるのか分からないわ！」

　既に車に乗って出かける準備を終えていた父さんが、早く出発したいという気持ちが有るのか、やんわりと母さんに指摘する。

　次に会えるのは何時か分からなくなる、という母さんの言葉は本当だった。俺が、寮生活を始めるという事を決めると、両親も仕事の都合で４月から海外に行くことを決めたという。二人は、海を渡って外国に引っ越して生活するらしい。

　以前から海外赴任の要請が有ったそうだけど、俺が芸能活動を始めてしまったので自分の仕事よりも優先して、俺の世話をしようと日本に留まってくれていたそうだ。

　今回、俺が寮生活を始めるタイミングで家に留まる理由も無くなって丁度いいからと両親たちも海外に引っ越していくようだった。

　母さんは、俺が近くに住んでいると思ったら会いたくなったら会いに行ってしまうから、できるだけ離れた場所に行って物理的に容易には会いに行けないようにして、自重するための方法が海外への引っ越しだった。

　父さんは、せっかく俺が親元から離れて寮生活を始めるのだからと簡単には両親を頼れないような環境を作って、俺から甘えを無くそうと考えて、という事らしい。

　両親が色々と配慮をしてくれていて、仕事の都合よりも俺自身のことを優先させてしまっていた。知らない間に迷惑をかけていたんだと申し訳無さを感じるが、大事にされていたんだとも感じて素直に嬉しく思った。

　俺は、色々な人に助けられながら生きているんだと実感する出来事だった。

　そして、早めに親の面倒を少しでも軽減できるようにと寮生活を始めると決めたことは、正解の選択だったと思っている。

「母さん。離ればなれになるけれど夏休みとか冬休みの長期休暇になったら、会おうと思えばまた会えるから」

　そう言って一度、俺の方からもギュッと母さんの身体を抱き返した後。背中に回されていた母さんの腕をゆっくりと外して離れる。

「じゃあ、もう行くね」

　俺は別れを告げて、すぐさま父さんの運転する車の助手席に乗り込んだ。これ以上長引くと、母さんに俺の気持ちが引き止められて寮生活を辞めにしたくなりそうだったから。

「よし、出発するぞ」

「うん、お願い」

　車に乗り込んだ俺に父さんは声を掛けて確認をすると、車のキーを回してエンジンを始動させる。そして、父さんの運転する車は堀出学園の寮がある場所へと向かって出発した。

***

　街中を１時間ぐらい車を走らせてようやく、これから新生活を始めることになる寮の近くに到着した。自宅からは電車に乗っても同じぐらいの時間で来られる、意外と近めの場所だった。

　学生寮は５階建て白色の建物で、男子寮棟と女子寮棟が２棟に別れて並んで立っているのがそうたった。学生寮からも見える近さにある学校校舎と運動場がある場所が堀出学園だ。この近さにあるなら、毎日の通学も楽そうだと思う。

　ここから後は荷物を持って寮の中までは歩いて行ける距離なので、車を降りれば父さんとはココでお別れだ。

　新しい住まいに持っていく俺の荷物の量は非常に少なかった。

　二泊三日で旅行かばんに着替えと中学校の新しい制服、それから日用品を詰めて足りるぐらいの持ち物しか無くて。必要なものがあればコッチで買えばいいかと考えて余計な荷物を減らしていったら、こんなにも荷物が少なくなっていた。

　自分が持ってきた荷物のあまりの少なさに、今後はもう少しぐらい思い出の品とか大切なモノを作って残して置くって事をしないといけないかもしれない、と思うけれど自分は執着が少ないほうだから今後も増えないかもしれない。そして結局、手荷物が少なくなって良いかという結論に達する。うん。

　それから着替えが少ないのは身体がデカくなっていっているから。ドンドンと身体が大きくなっているので、身長に合わせて服を買い替えていかないとすぐに着れなくなってしまう。

　新調した堀出学園の制服も、かなり大きめに作ってあったのに入学式もまだという今の状況で、既に良さげなサイズになろうとしていた。読みが甘くて、当てが外れてしまった。でも、身長が高いのは嬉しいのでドンドンと成長していってほしいと思っていたり。

「忘れ物は無いか？」

「大丈夫。全部持ったよ」

　車を降りて荷物を背負う。父さんの注意に、持ち物を確認して間違いなく忘れ物は無いことを確かめる。

「じゃあ、病気と怪我には気をつけて。勉強も頑張れ」

「うん、父さんも健康に気をつけてね」

　必要な時以外には結構無口な父さんは、別れの挨拶もあっさりとしたもの。俺を車から下ろすと、二言三言の会話を交わしてすぐ車を走らせて行ってしまった。

　去っていく車を見つめていると、本当に両親から離れての生活が始まるのだと強く感じた。気持ちを切り替えて新生活に挑む。

　さぁ、コレまで続けてきた生活とは違う中学生となる時代が始まる。まずは、今後の何年間かを過ごすことになるだろう学生寮へと向かう事にした。