第20話 卒業式
仕事をしてレッスンを受けて勉学に励んでいると、子供の身でも月日が流れるのが非常に早いと感じる速度で過ぎ去っていった。もしかしたら、転生という特殊な体験をしている俺だけの感覚かもしれないけれど。
それはともかく、気がつけばアッという間に卒業式を迎える日となっていた。
在校生、卒業生の両親など多くの人々に大きな拍手で迎えられながら、卒業生である俺たちは式の行われる体育館へと入場していく。
卒業生全員が席に座ると連日練習をしたプログラム通りに卒業式は進行していく。全員で校歌を歌い、在校生から卒業生への言葉が読み上げられて卒業証書が一人ずつ順番に校長先生から授与されていく。
その後は定番の、校長先生、教頭先生、PTA会長ら偉い人たちのお祝いや激励の言葉が続く。予想していた通り、ちょっと長めで退屈しそうになるが何とか耐える。
それらを終えると卒業生全員での別れの言葉。代表が一人決められるのではなく、一人一回以上のセリフを割り振られていて順番に言葉を述べていく。もちろん俺にもセリフがあった。
「六年間色々な事があったけれど、いつもぼくたちを励まし教えて下さった先生方。ありがとうございました」
終盤の結構重要な部分のセリフを任されていたので、心を込めて噛まないよう注意しながら大声で言い切る。何故か何千人ものお客さんが居るライブやテレビで流れる番組の撮影で踊る時よりも緊張していたような気がする。
そう感じたのは、卒業式なんて一生に何度も有るわけじゃないから、って事だからだろうか。
とにかく、何とか卒業生の別れの言葉も失敗せずに終わった。卒業式の最後には、一年生の手作り首飾りを掛けてもらって退場していく。順調にプログラムされた通りに卒業式は進行した。
卒業生が退場するため列になって進んでいく体育館の出入り口付近で、校長先生が一人ひとりに固い握手をして送り出してくれていた。
「中学生になっても元気で。君は人と少し違った険しい道を行くそうだが頑張って」
「はい、ありがとうございます」
俺も体育館を出る直前に校長先生との握手をしながら、そう声を掛けられた。白髪の高齢な見た目なのに意外と力強い握手。
そして、どうやら今後の進学先についても把握してくれていたのだろう、アイドル活動について言及して応援してくれた。気にかけてくれたことにお礼を言って、俺は体育館を出た。
「フーッ、終わった」
卒業式が行われている間に緊張して固く縮こまっていた身体を、両手を空に向けてグイッと伸ばして解きほぐす。そして、ぐるりと校庭を見渡してみた。小学校生活で6年間もの長い間を過ごした校舎とは今日でお別れか、という感慨深い気持ちが沸き起こる。
体育館を出てきた卒業生の生徒たちは皆、後から出てくる両親のもとに駆け寄って行く。俺も卒業式を見に来てくれていた両親と早く合流して、もう帰ろうかな。
校庭や校舎を見ながら歩いて、しみじみする心を切り替えようと気分を変えて両親を探す。数日後には中学校の寮へ引っ越しが有るので、家の片付けも必要だろうな。さっさと行動を開始しないと春休みが終わる前に時間が無くなる。引っ越しの他にも仕事が入っているから意外と時間に余裕はない。
両親を見つけようと周りを見渡していた、その時だった。
「賢人くん」
「あれ? 真帆ちゃん。どうしたの?」
本日俺と同じく卒業するクラスメートの真帆ちゃんから、聞き逃してしまいそうな小さな声で呼ばれる。彼女は顔を赤く染めながら、俺から少し距離を開けて遠慮しているような感じで立っていた。
「ちょっと一緒に来てほしいの」
「え? どういう事?」
離れて立っていた場所から、スススッと近づいてきたと思ったら俺の腕を掴まえて引っ張られた。女子の力なので振りほどくことは簡単だけれど、彼女は俺に何か用事があるらしいから引かれるまま、何処かへと連れて行かれる。
これは、もしや! とある考えが思い浮かぶ。そう、まさかの告白!?
長い幾つかの人生でも初めての経験だと思う。新たな人生の一歩を踏み出すことになる卒業式では、意中の人に告白する人が多いって聞いている。彼女もそうなのだろうか。
いやしかし、クラスメートではあるけれど特別に彼女と親しいわけでは無かったと思う。一人の友だちとしての関係しか無かったはず。好かれるような事をした覚えもない。
なら告白は俺の早とちりか。いやでも、じゃあ今から連れて行かれようとしている体育館の裏、人気のない場所に引っ張られているのは何の為だろう。告白以外の目的が思いつかない。
じゃあ、やっぱり告白だろうか。
手を引かれて連れて行かれている間、ぐるぐると思考が駆け巡る。二度目の転生をしてからは初めての恋愛に関する出来事。まだ小学生の幼い自分に起こるとは思っていなかったし、突然のことにとても動揺していた。
何度経験をしても、恋愛に関するいざこざに俺は慣れそうもないから。
いや、けれど俺は数日後には寮生活をするために、少し離れた街に引っ越しする事になる。仕事にレッスンに今以上に忙しくなるかもしれないから恋愛する時間が無いかも。そもそも、事務所からアイドルとして恋愛することは禁止されているのかも。まだ小学生だし自分の恋愛について考えていなかったから、事務所の規則を確認していなかった。ということは、やっぱり断るしか選択肢は無いのかな。
せめて誠意のある断り方をして、彼女を悲しませないようにしないと。
腕を引っ張られて連れられている間に、そう決心した俺だったが呼び出された理由は予想とは違っていた。
「ん? え? あれ、どうしたの皆?」
連れられた先には、クラスメートの女子達全員が待ち構えていた。そして、クラスメートだけではなく他の学年の女生徒も見える。いやこれは今から告白しますという雰囲気ではない、と思う。
何事かと身構えているうちに、総勢数十人の女性にぐるりと周りを取り囲まれて壁に追いやられた俺は、逃げ道を塞がれてしまった。
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