第13話 本番直前
「赤井くんは、今年事務所に入ったんだよね」
「あ、はい。そうです」
照明が落とされた薄暗い通路を通って、天井には円形のダクトが沿って配置されている場所を歩く。まさに裏道と言うか秘密の通路というような廊下を通って、ライブの責任者であり総合演出の寺嶋さんという方に挨拶するために案内されているところだった。
前を歩く山北さんが話を振ってきた。
「まだ、小学生なんだよね。あれ? 中学生だったっけ?」
「小学4年生です」
今日俺が来る事については知らされていたけれど、俺自身の詳しい情報については聞かされていなかったのだろうか。質問されたので素直に答える。
「えっ、4年生なのかい!? 身長がデカイから、もっと年は上なのかと思ったよ。背は何センチ?」
「この前学校の身体測定で測った時には、154センチありました。クラスでも一番背が高かったです」
「なるほど、そうだろうね」
もともと小学生でありながら150センチであり、クラスメートの中でもダントツで一番に大きい方だった。なのにまだ、春から夏にかけて3ヶ月で4センチも身長が伸びて、自分でも日に日に成長しているのが分かる。朝起きた時、昨夜よりも目線が高くなっているような気がするぐらいだ。
このまま成長を続けて、180センチ以上の身長を手に手に入れられたらリーチも長くなって戦闘でもだいぶ有利になるだろうな。まぁ、平和なこの世界で戦闘なんて無いので戦う力を手に入れても活用できる場は無いが。思わずそんな事を考えてしまうぐらいに、成長期だった。
「山北さんは、事務所に入って長いんですか?」
今度は、コチラから質問してみた。
「うん、事務所所属になってから8年ぐらい経ったかな。デビューがずっと遅くて、まだ訓練生として頑張っている所だよ」
「長いですね」
苦笑しながら答えてくれた。訓練生を8年間続けているらしいが、平均どのくらいか分からないので8年が長いのかどうか分からない。けれど、8年も続けているのは長いと思う。
「事務所に在籍させてもらっているだけで、ありがたいよ」
やっぱり、ただオーディションを合格出来たとして事務所に所属となっても、必ずしもアイドルとしてデビューできるわけではない。成功するのは、なかなかに厳しい世界なんだと改めて知らされた。
「デビューできないのは僕を見たら分かる通り、アイドルをするほどの華がないからだろうね。ただ、バックダンサーをしている今も十分楽しくて性に合っているから。君はまだまた若いから、ぜひ頑張って上を目指してくれ」
楽しいという言葉には嘘を感じない。アイドルとしてデビューを目指して事務所に入ったんだろうけれど、その後は少し思っていたのとは違う道を歩んできたようだ。そして、遂にはバックダンサーを楽しめるようになったという山北さん。こういう人も居るんだ。
「ほら到着したよ。ココに寺嶋さんが居るはず」
少し話し込んで歩いていたら、いつの間にかライブ会場となる舞台が見える場所へと出てきていた。ここはメインステージだろうか。
「寺嶋さん! 連れてきました」
「おう、ありがとう」
案内してくれていた山北さんが、一声掛けると大きな声で返事をする人物。あの人が寺嶋さんなのだろう。大きな声に見合った、大柄な男だった。
見た目は、舞台演出家という文化的な人じゃなくてハンマー投げや重量挙げをしていそうな体育系のビックサイズだった。
「君が赤井くんか?」
「はい、本日は宜しくおねがいします」
近づいてくると、なおさら大きくて迫力がある。とりあえず、挨拶だけはしっかりとしておこうと思って丁寧に挨拶をする。
「なかなか礼儀正しい子だ。コチラこそよろしく頼むよ。早速だけど、君はどの程度できるかチェックさせてもらいたい。お~い! ちょっと君」
そう言うと、寺嶋さんは近くに居た一人の男性スタッフに声を掛けて、誰かを呼び出していた。
「舞台に上がって、サビの部分だけ踊って見せてくれるか?」
「え? 良いんですか?」
寺嶋さんから、いきなり会場の舞台に上がって踊って見せるように指示されたが、これからライブが行われる場所に上がっても大丈夫なのだろうか。心配になって聞き返してしまう。
「大丈夫、大丈夫。準備が忙しくて、他で見ていられる時間が無いからね。ココから練習場に移動して、見るなんて暇もないから。さぁ早く上がって」
演出家の人にそう言われたので、まぁ、大丈夫だと思ってやってみる事にした。
許可が降りたので、速やかに客席から舞台に上がれるステップ階段を使い登って、舞台上に立ってみる。まだまだ、ライブの準備中らしく舞台上や、舞台袖、その周りを数十人のスタッフが駆け回って作業しているのが見える。
そんな環境の中で、舞台の中央部分に歩み進んで立つ。それからゆっくりと客席の方へと視線を向けた。
凄いな、という一言が頭に浮かぶ。これからこの場所にお客さんが入って集まり、舞台上でアイドル達が歌やダンスを披露する。そして、彼ら彼女らの感情が賑わい、楽しめる空間が出来上がる。そんな数時間後の出来事を想像をすると、楽しみになり気持ちが高ぶる。
「早速だが、お願いしていた曲のサビ部分を流して。音はないけれど、無音で踊って見せてくれ」
「っ! はい、わかりました。大丈夫です」
舞台下から、寺嶋さんの声が聞こえてきて気がついた。一瞬の間があって、ちょっと気持ちがそぞろな状態になっていたな。好印象を得るためにも、気合を入れ直さないと。
気がつけば、寺嶋さんや山北さんの他に、2,3人のスタッフが集まってコチラに視線を向けて注目している。多分、彼らにチェックされて大丈夫かどうか判断されるのだろうか。
まだライブの準備途中で邪魔になるから、音は流せないのだろう。まぁでも、しっかり準備してきたから音無しでも問題ないと思う。
歌って踊ってみてと指示されたから、一番激しい振り付けかからスタート。本来はBeyond Boysのメンバーが全面に居てバックダンサーとしては彼らを盛り上げるための少し控えめな動きになる。それを一人だけで踊るのは、ちょっと地味かも。大丈夫なのだろうか?
作業音にスタッフの会話、雑音に紛れながらの無音で約1分間の短い動きを踊りきって、区切りのところでキメる。
「こんな感じなんですが、どうでしょう?」
「エクセレント!」
寺嶋さんの大きな拍手と、称賛で迎えられた。どうやら、問題はないようだった。一安心する。やるべき事が終わり舞台上から降りると、近づいてきた寺嶋さんに肩をポンと叩かれる。
「ライブに出るのは初めてだって聞いてたけど、凄いね君は。三喜田社長がプッシュしてきた理由が分かったよ。とりあえず実力は十分だって分かったから、後は本番をよろしく頼むね」
「はい、宜しくおねがいします」
そう言って、寺嶋さんはライブの準備が残っているからと行ってしまった。
「それじゃあ控室に戻ろうか」
「あ、はい」
リハーサルと、本番までにはまだまだ時間があるので控室に戻ることに。
「案内ありがとうございました。山北さん」
「いや、いいんだよ。それよりも、寺嶋さんに褒められるなんて凄いな君は」
ということは、寺嶋さんはあまり人を褒めないタイプの人なのだろうか。どちらかと言うと、モチベーションを上げてくれるような褒め上手な人だと感じたけれど。
「あの寺嶋さんに褒められたんだ、君は絶対将来大物に成るよ」
そう言う山北さんは、少し悔しそうな表情を浮かべるのだった。
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