第14話 リハーサル
小学生だけど、まだ幼い子供であると思われているらしい俺は今回のライブ初出演について色々な人達から不安視されていたのだろう。
総合演出の寺嶋さんという人に呼び出されて、直々にチェックが入った。結果的には問題なく、むしろ絶賛してくれたので初出演への心配は無くなっただろうか。
それから山北さんと一緒に控室へ戻ってくると、その場は相変わらず雰囲気が悪いままだった。ライブ本番直前だと言うのに、こんな感じで本当に大丈夫なんだろうかと新人なのに心配になってくる状況だった。
コンコンと部屋の扉がノックされて、控室に誰かが訪ねてきた。
「バックダンサーの皆さん、お疲れ様です」
衣装を身に着けたBeyond Boysのメンバー一人が、本番前のバックダンサーの控室に挨拶にやってきたのだった。
おお! あの人は資料映像で見させてもらった時にセンターで踊っていた、Beyond Boysのリーダーだ。初出演が決まるまで知らなかったアイドルなのに、いざ目の前にするとオーラを感じて感動する。
「「「お疲れ様です!」」」
そして、コッチの変わりようにもびっくりした。先程までダラダラとしていたのに、Beyond Boysのメンバーが控室に入ってきただけでバックダンサーの皆の態度が一変。
雰囲気を悪くしていた彼らが、別人のようにシャキッとして立ち上がると、折り目正しく挨拶している。その変わり様に、内心ではうわぁあと引いていた。いや、逆に凄いのか。これだけ切り替えがシッカリしている方が、いいのかな。
「赤井くんって、居るかい?」
「え? ……あ、はい。僕です」
Beyond Boysリーダーが名指しで赤井の名を呼んだ。最初は、同姓である別の誰かを探して言っているのかと思って黙っていたら誰も名乗り出なかったので、俺なのかと気がついて手を挙げる。しかし、今日初めてやって来た自分に何の用事だろうか。
「寺嶋さんに話は聞いたよ、まだ小学生なのに凄い子が居るって。期待されてるんだね」
どうやら寺嶋さんは、彼に先程の話をしていたようで注目されてしまった。控室にいる全員の視線が集まるのを感じる。
「初仕事だって聞いたから、応援しに来たよ。頑張ってね。もし失敗してもコッチでリカバリーするから無理しないように、気楽にね」
「はい、ありがとうございます」
それじゃあ本番よろしく。とそれだけ言うと、Beyond Boysリーダーは早々に控室から出ていった。というか、挨拶をしに来たと言うよりも俺の顔を確認しに来たのだろうか。
背中にヒシヒシと感じる強い視線、振り返るとバックダンサーの先輩方が凄い形相で睨んできていた。どうやら、嫉妬されているのだろうと思う。突然やって来た新人が、本日メインとなるアイドルに名指しで呼ばれて声を掛けられている。それから、期待していると言葉まで掛けられていた。
十分満足していると語っていた山北さんでも、悔しそうな表情で僕を見ていた。
「リハーサル、お願いします!」
剣呑な雰囲気に割って入ってきたのは、スタッフの人だろう。リハーサルを行うからと、集合の指示が掛かる。皆が指示に従って控室を出ていこうとした時だった。
「あんまり、調子乗ってんじゃねえぞ」
部屋を出ようとしていたところに近づいてきた青年が、俺の耳元でどすの利いた声で脅しを仕掛けてきた。
俺は恐怖よりも、本当にこんな事って有るんだなぁと芸能界の闇を見た気分で妙なテンションになり、興味を掻き立てられた。
いや、芸能界だけでなく社会に出れば上に立とうと暴力をちらつかせて脅してくる人も居るかも。けれど幸運なことに、俺は今までそんな直接的な人に出会ってこなかったのでレアな体験だなぁ、と嬉しさすら感じていた。
危機感を全く感じないのは、前世での経験の賜物だろう。
控室から舞台へと向かう。今度は全体でリハーサルを行う為に。廊下を歩いていると、次は山北さんが近づいてきて耳打ちをしてきた。
「赤井くん、大丈夫だった?」
「? 何がですか?」
そう聞き返すと、複雑な表情で悩む山北さん。
「控室を出る時、彼らに何か言われたでしょう?」
「あぁ、そうですね。調子に乗るな、って言われました」
素直にそう言うと、尋ねてきた山北さんの方が驚いた表情をしていた。脅されたと予想しての質問だと思ったけれど、違ったのだろうか。
「あいつら、小学生相手に何やってるんだよ……。大丈夫、僕が危害を加えないようにスタッフの人か、寺嶋さんに報告しておくから」
「あ、えっと……。はい。宜しくおねがいします」
別に何か有っても、自分の身は自分で守り切るという自信はある。けれど、善意で山北さんが対処してくれると言っているので、おまかせすることに。
そうこうしている内に舞台へと到着して、早速Beyond Boysのメンバー6人も交えての全体でのリハーサルが始まった。俺の出番は後の方なので、皆の動きを見学して確認しながら出番を待っている。
本番と違って立ち位置の確認と、一瞬だけ全体で動きを合わせての最終調整をするだけ。もちろん全力でやるわけでは無いみたいで、時間も掛けず淡々と行われていってすぐに終わる。
そして俺のリハーサル出番が来たので、舞台袖から舞台に出ていく。今までのように、立ち位置を確認して動きを合わせて調節したら終わる。
筈だったが、事件が起きた。
全体での振り付けを確認中、俺の近くに居たバックダンサーの一人が急に接近してきた。こんなに近くなるようなパートは無かったはずなのに、と思っていたら躊躇もなく彼は俺の足を蹴り上げようとしてきた。
攻撃されたら、まずは回避。その行動が身に染み付いていた俺は、何の気もなしに蹴られそうになった足をスッと避けた。
「あっ、ガッ!? ……ぅぅぅ」
あ、ヤバイと思った瞬間。舞台の上でバターン、っと木の打ち付けられた大きな音がして次に青年のうめき声が聞こえてきた。
「だ、大丈夫!?」
「触るなっ! いてぇッ!?」
俺の足を蹴ろうとしていたのが予想に反して避けられて失敗、という事だろうか。転けて仰向けに倒れていた青年を起こそうと手を差し伸べるが、思い切り振り払われてしまう。
そして急いで立ち上がろうとした彼だったが、倒れた時に足を痛めたのか声を上げて立ち上がれないでいる。
「どうした?」
何事かとリハーサルが中断して、Beyond Boysのメンバーが、スタッフが、そして総合演出の寺嶋さんが駆け寄ってくる。近くで踊っていたはずのバックダンサーの彼らは、棒立ちのまま近寄ってこなかった。彼らもグルだったのだろうか。
「ち、違います! 大丈夫です。続けます」
転けてしまって焦る彼は、しかし立ち上がろうとして立てないでいる。
「動くな、じっとして座っていろ。……コレは重症だ。誰か担架を持ってきて」
「あ、はい自分が」
寺嶋さんが、転けた青年の足を見て安静にしているように言いつけると、近くに居たスタッフに声を掛けて担架を持ってくるように指示を出した。
本番が始まる、1時間前に起こった出来事だった。
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