第12話 会場入り

「ここがフリーデン東京か」


 本日の会場として使用される、Frieden TOKYOという名前のライブホールに到着した俺は、建物を見上げて呟く。最近出来たばかりのライブホールらしくて、最新の環境設備や機材が備え付けられているから、イベントを行ったりするのに凄く適している会場なんだと聞いていた。


 このFrieden TOKYOのあるこの場所は、今も大規模な開発が進められている途中の地区らしい。飲食店やレジャー施設、ショッピングセンターといった施設が次々と建設される予定地になっている。将来の人気スポットとして注目を集めているような場所だ。特に会場から見上げると近くにある巨大な観覧車が目につく。遠くから見ても、目立つ場所だなと一目で分かる。


 そんな場所に、俺は今日仕事をしに電車を乗り継ぎやって来た。大手芸能事務所と言われているアビリティズ事務所に所属しているアイドル! とは言っても、まだ俺は訓練生。ということで、会場の場所だけ知らされると後は現地集合と言われたから一人で来た。


 交通費は後で事務所に請求すれば返してもらえるらしいとの事なので、切符窓口で領収書をバッチリ受け取ったので無くさないようにカバンにしまっておかないと。




 ライブ会場に到着したけれど、どこから建物の中に入っていけば良いのか分からず初めて来た場所で少し迷う。関係者入り口を探して建物付近を歩いていると、ライブの開始を待っているお客さんらしき人が、チラチラと集まってきているのが見えた。


 うちわを持って何人かで固まって集まっている妙齢の女性たち。彼女たちが持っているうちわには、今日ライブを行うBeyond Boysのメンバーの顔写真が切り抜いて、貼られてあった。


 他にも”大好き”だったり”頑張って”と文字が貼っつけてある文字系の応援うちわ、それから見てもよく分からないデザインをされた応援うちわ、まで色々と多種多様にあった。正に、アイドルコンサートだという雰囲気があった。


 やはり男性アイドルグループだからだろう、女性ファンが多く集まって来ている。だいたい八割ぐらいは女性けれど、残り二割ぐらいの中には男性のファンらしき人も居たりするので、Beyond Boysはメンバーのルックスだけではなくパフォーマンスでも評価されているグループなのだろうかと予想する。他のアイドルグループの客層を知らないのでハッキリとした判断は出来ないが。


 それはともかく、ようやく関係者入り口を発見した俺は会場入りを果たす。予定の時間よりも早めに到着しようと考えていたが、迷っていた分で時間ちょうどぐらいの時刻になっていた。遅刻しないで良かった。


 そこではライブ設営準備のためだろう、何人ものスタッフが忙しそうに動き回って今も忙しそうに作業をしている。そんな彼らの合間を縫って廊下を置くに通り抜けると、なんとかバックダンサーの人用に用意されているらしい、控室の場所を発見したので中に入る。


「おはようございます、本日は宜しくおねがいします」


 扉を開けて中に入ると、既に部屋の中には人が居たので頭を下げてしっかりと挨拶をする。今日のライブに出演するバックダンサーの人たちだろう、十数名がジャージ姿になり部屋の中で寛いでいた。


 今日が初出演の新人だから挨拶はしっかりとしておこう、と考えての行動だった。なのに、彼らは無言でジロリと不躾な視線を向けてくるだけ。その後、挨拶を返してくれること無く知らんふりをするように、全員から視線を逸らされた。既に興味がない、という感じだろうか。


 あれ、部屋を間違えたのか。と思ったけれど、確かに扉には控室と貼ってあったのを確認したし、そもそも何かしら一言あるべきじゃないだろうか。


 なんだかこの控室、雰囲気が悪くてギスギスしているなぁ。いきなり無視されて、少しムッとする。挨拶ぐらい返してくれてもいいじゃないか、コミュニケーションの初歩だろうに。と内心で少し苛つきを覚えた時だった。


「ごめんごめん、彼らは本番前で緊張してるんだよ。怒らないであげてね」


 部屋の隅に居たらしい、横からニュッと出てきたキツネ目の青年がそう言って近づいてきた。いや緊張をしていると言うよりも、ふてぶてしい態度と言うんじゃないかこれは。逆に心配になってくる。これから彼らは本当にライブに出演するの? あんな態度で?


 ライブに初出演の自分が言うのも何だけれど、どうも彼らの今の態度からは本番に向けて準備しているという感じでは無いように思うけど。


「ところで、君が赤井くんかな」

「あ、はい。そうです」


「話は聞いているよ。ライブに出るのは今日が初めてなんだって? 僕は山北。本日出演するバックダンサーの中で最年長だから、ここのリーダーみたいなことを任されてるんだ。よろしく」

「宜しくおねがいします」


 この人ちょっと怪しいかも、と一瞬思ったけれど悪意はなく他の人に比べてフレンドリーに接してくれる人だった。俺もちょっと緊張しているのかもしれない、親切な人に対して気構えてしまっていた。


 山北さんという、自分で最年長と言っているけれど、高校生か大学入りたてぐらいの年齢に見える青年だ。二十歳は超えていないと思う。そんな人が、彼らをまとめるリーダーを任されているのか。なかなか大変そうだ。


「この後の予定について、説明は受けた?」

「いえ、まだです」


「それじゃあ僕が簡単に説明するから聞いてね。これから1時間後に全体リハーサルが行われる。その後にライブ衣装に着替えて18時からライブがスタート。遅くても20時までには君の出番は終わって帰宅となるよ」


 もう数時間後にライブが始まるのか。バックダンサーとは言え、ライブ衣装も用意されているらしい。ライブ初出演という事に実感が湧いてきたが、出番は後の方だし登場場面も2曲のみだから緊張はそれほど感じていないと思う。


「けれど、その前に君はライブの総合演出の寺嶋さんに一度顔合わせをしておかないといけないよ」

「寺嶋さんですか?」


「あぁ、案内するよ。ついてきて」

「おねがいします」


 雰囲気の悪かった控室から出て、寺嶋さんという人に会うため山北さんに案内してもらいながら俺たちは会場内を移動する。

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