第11話 ライブ初出演に向けて

 ほとんど毎日、アイドル訓練生としてレッスンを受けてトレーニングを積む日々。もちろん午前中は小学生として授業を受けていたが、夏休みに突入すると自由になる時間が一気に増えた。


 そんな頃に、仕事の依頼が来た。事務所に所属するアイドルグループが八月に行う夏のライブへの出演要請。もちろんメインで出演をして何かをする訳では無くって、バックダンサーという引き立て役としてだけど。


 歩合給が出るちゃんとした仕事だし、何よりお客様の前に出て行って楽しませる事が必要な実戦となるライブである。という訳で、アイドル訓練生となってから初仕事を頂くことになった。


 ちなみに今期採用されたという新人アイドルの数は、俺の他に32名も居るらしいのだが、この採用された人たちはまだレッスンを受けたりして鍛えている途中なので、採用された同期の中では俺が初めて仕事を受けることになった。


 本来なら、小学生というまだ幼い子供である俺はしっかりとレッスンを受けさせてもらいながら、長い期間の見通しで徐々に育てていくのが本来の計画だったらしい。


 けれどレッスンでの能力と成果を見てインストラクターの人が、これほど踊れるのにレッスン漬けでは勿体無い、早く現場に出してみて経験を積ませるべきだと上層部に相談してくれたんだという。


 話し合いが行われて、それなら試しに一度ライブに出してみようか、というような経緯があったらしい。事務所に所属することになってまだ、二ヶ月と少ししか経っていなというのに今回の仕事が決まったのだ。


 つまりは、今回の仕事を失敗すれば当分の間はレッスンを受ける日々に戻ることになって、ライブにもしばらく出してもらえなくなるかもしれない、という事らしい。リスクは有るが、リターンもしっかりと有る。


 逆に言えば、ココで成功すれば今後も使ってくれる機会が増えて活躍できる場面を手にする可能性が高くなる、ということだろう。


 普通なら俺が引き受けて大丈夫だろうか、とか他の人に役目を譲ったほうがいいんじゃないか、とかを考えてプレッシャーに感じるかもしれないが、俺はあまり気にはしていなかった。


 成功したら良かったと思えるだろうし、失敗したらまぁ駄目でしたで関係者の人に謝ればいいかと軽く考えているぐらいだった。とにかく、そんなプレッシャーに感じてはないかった。



***



 今回参加させてもらうのは、Beyond Boysというグループの行うライブだそうだ。一糸乱れぬ一体感とキレのあるダンスを得意とする、去年新しく出来たばかりのグループだそう。


 今はまだ世間に知られていないけれど、知る人ぞ知る新進気鋭で話題になっている6人組のアイドルグループということらしい。


 俺は事務所の先輩となる人たちに対して失礼ながら、知らないグループだったので今回、仕事の話を聞いてはじめて存在を知ることになった人たちだった。


 ライブを二週間後に控えた今、映像資料を見て本番に向けて練習をしている。俺が見たのは、一回前に行われたBeyond Boysのライブを撮影した映像。


 今回は、前のオーディションの時のように振り付けを知らないで出るなんてことはできないから、手抜かりがないよう入念に準備していた。


 映像を見て分かるのは、一曲踊るだけでもかなり体力を消耗すること。激しく動き続けるダンスだった。バックダンサーもライブを盛り上げるために、控えめにしつつバックで実は物凄い勢いでステージを動き回っている。


 コンサートを行なう時に、演奏する曲名と順番を記した文書であるセットリストは事前に頂いていた。それによれば、ライブは全22曲の約2時間とする予定が組まれている。そんな中で俺の出番は2曲のみ、終盤直前の曲でバックダンサーを任されることになっていた。


 小学生では体力が持たないだろうから、フルで出るのではなく途中で交代して曲も少なめにと言う判断だろう。あくまでも、インストラクターが絶賛してくれたという俺の能力がどの程度のものなのか確認するのが、今回のバックダンサーとして抜擢した理由らしい。


 会場はFrieden TOKYOという名前のライブハウスで、キャパ数が2700名超というなかなかに大きな場所で行われるとのこと。


 ライブに向けた準備を行っている最中でも、レッスンなどは予定通り休まず受けに行ってインストラクターの基礎練習メニューはこなしていた。


 そのレッスンの合間に一度、初日から付いてもらってインストラクターをしてくれている彼にも、ライブで披露するバックダンサーの振り付けを習得したという、その成果を見せてお墨付きをもらった。


「ざっと見させてもらったところには何も問題は見当たらない。後は、それを本番のライブで緊張せずどれだけ発揮できるか、ということが大事だ。本番前に行うリハーサルでは特に体の調子は気をつけてチェックするように。……というか、コレを独力で覚えてしまうのなら私の必要性を感じなくなってしまうね」


「ありがとうございます。先生に確認してもらって安心できました。プロの人の目線から見て問題ないと保証してもらえなかったら、今も不安だったかもしれません」


 俺のせいで指導力に自信を失くしてしまい、落ち込んでしまったインストラクターを何とかなだめる。


 プロである彼の目線から見て自分の役割の必要性を危ぶむまで、そして落ち込んだ様子を見せてくれて大丈夫なんだと、言葉に嘘は無く本当に安心はできた。


「俺も早く仕事したい」

「あはは、剛輝もすぐに要請が来るさ」


 眉をひそめて威嚇するように、羨ましそうだと眺めてくる剛輝。実は、俺のバックダンサーとしての成功があれば青地も他のライブでバックダンサーデビューの予定があったりするのを密かに聞いていた。


 彼もレッスンを休むこと無くしっかりと受けて成長していった結果、色々と見出してもらって評価されているアイドル訓練生の一人だった。


 本人にはまだ伝えられてはいないようだが、そういう意味でも俺は今回の初仕事を絶対に失敗はできそうにない。


 こうして諸々の準備を終えてようやく俺はアイドル訓練生として、バックダンサーとしての仕事を受けてライブに出演する本番の日を迎える。

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