閑話03 母親の心境

 私には、とても可愛い一人息子が居る。


 他人から見れば親バカだと言われるかもしれないけれど、息子は他の子供と比べて運動神経が抜群で頭も良い。容姿も眉目秀麗だと思っている。


 赤ん坊の頃から今まで親を困らせることが少なくて、世間の人にも迷惑をかけないとても真面目な子供。しかも、他人に気を遣う優しさもある。


 幼稚園に通わせていた頃に、先生よりも先に園児たちをまとめてリーダーシップを発揮。その場をコントロールして仲間はずれを無くしたりして、子供離れした世話力を見せる程だ。


 しかし一つだけ心配事があった。それは、息子本人は平凡で目立たぬように生きるという事を目標にしていたということ。小さな子供が夢を語らずに、公務員になって平穏無事を合言葉にして人生を送ろうとしていた事だ。


 何のトラブルにも巻き込まれず騒動も起こさず、健康で怪我もなく元気に生き続けてくれるのは良い事だと思う。けれど私は、もっと息子にはチャレンジをした人生を送ってもらいたいと思っていた。


 そう思った理由に、私の今まで人生が大きく関わっていた。


 私の家族は、父親が大学教授であり母親は塾の先生という真面目一辺倒と言えるような家庭の一人娘だった。


 その頃の私の人生の目標は、いい大学を目指して毎日勉強して、いい会社に入れるように常に品行方正に生きるということ。


 厳格な教育者である親から押し付けられた真面目な娘というイメージを忠実に再現するために、小中高校生という人生の青春時代を何の楽しみも遊びもなく勉強漬けの毎日を送っていた。


 そして、親の望む通りに良い大学に入って良い会社にも就職ができた。人生の目標を達成できたのである。しかし、私にはそこまでの人生しか予定した道がなかった。その先の道の進み方、生き方が分からなくなってしまったのだ。


 息の詰まるような苦しい毎日を超えて目標に到着したのに、その先から更に先は、目的にするべき道も分からない。正体不明の世界が広がっていた。そして私は、人生の迷子になってしまった。


 そんな時に出会ったのが、今の夫だった。私を親が言い付けた通りの、勉強だけの人生から変えてくれたのが私の伴侶である。生きるのが楽しいと感じさせてくれた、初めての人との出会いだった。


 もっと早くに出会っていれば私は今のように生きていて楽しいと感じられるような人生をより多く長く送れていたかと思うと、少し後悔する時もある。


 だけど夫と出会えたキッカケが今もやっている仕事を通してだと考えると、そこに行き着くまでに勉強して良い大学に入って、良い会社に就職するという親の定めてくれた目標に沿って生きてきた事は無駄ではなくて、必要な事だったとも考えらるようになった。それが私の人生だったのだと思える。


 だからこそ、今度は親となった私が息子のために目標となるような生き方を考えようとしていた。私の経験した体験を参考にして、より楽しい人生が送れるようにするにはどうするべきか、という事を。


 私の息子は早々にトラブルを避けて、何事もないように平穏無事となるような未来を見据えて自ら目標を立てて生きようとしていた。けれど、その生き方は本当に人生を楽しいと思えるような生き方なのだろうかと、疑問に思う。


 もしかしたら余計なおせっかいかもしれない。けれど、新しい世界を見つけて挑戦してみて楽しいと思える生き方を発見して欲しい、というのが私の願いだった。


 新しい世界にこそ、息子の感情を楽しませる何かがあるかもしれないから。それを早く見つけて、楽しい人生を送ってほしいと願っている。


 そう考え、私は早いうちから息子に色々な習い事を体験させてみた。水泳に体操、剣道や書道など色々な事を。


 初めのうちは、楽しそうに習い事に通っていた息子だけれど、次第に楽しさよりも義務として習い事に通うようになってしまった。


 というのは、息子は様々な能力が高くて何事も習得するのが異常に早かったから。早めの段階で大会に出場できるようになって、良い成績を出してしまうからこそ周りからは大きく期待されてしまい、習い事が本人が楽しめるかどうかというよりも良い成績を出さないとイケナイという義務になってしまうのだった。


 周りからの期待を背負って、それを叶えてしまう実力があるから。本人も、無意識で期待に応えようと必死に努力する。それは美点だけど、行き過ぎると自己犠牲とも思えるような欠点にもなる。私も、息子には自分の人生を歩んでもらいたい。


 才能が認められるのは嬉しくもある。けれど、好きでやっているなら楽しく感じて習い事を続けられるのかもしれない。けれど、そうなる前に息子は優れた結果を出してしまう。その結果が抜群に良いからこそ、より大きな期待をされることで逆効果になっていた。


 本人に、今の習い事は楽しいか、この先もずっと続けていきたいのか尋ねてみる。返ってくる答えは、次のようなものだった。


「学ぶことは楽しいけれど、コレを一生続けるのはキツイかも」


 本来の目的である、楽しいと思える人生を送る為の何かを見つけてもらう、という願いは達成できないでいた。


 今までに色々な習い事に挑戦してもらって、本人に好きなことを見つけてもらおうと頑張ってみたけれど、結局どれも合わなかった。


 私は色々と考えて、さらに沢山考え抜いて一つの結論にたどり着いた。今まで息子にやらせてきた習い事は、世間一般では当たり前というような稽古事ばかり。でも、ウチの息子は普通じゃない。だから普通じゃない息子には、普通の考えで対処しちゃ駄目だと。


 そうして行き着いたのが、新人アイドルのオーディションだった。


 あまりにも奇抜というか、普通じゃない考えだと思った。だから流石に本人に相談してから、応募するかどうか決めようとも思った。けれども、息子の性格を考えると普通じゃないことは条件反射で断ろうとするかもしれない。


 だからこそ、無断で強行突破することに決めた。もしかしたら、こんな普通じゃないことをして息子からは嫌われてしまうかもしれない。


 けれど、息子の将来の為にと考えて実行に移した。これで今までは違う新しい世界に飛び込んで、楽しいと思える人生を見つけてほしいと願って!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る