【未完】勇者の次はアイドルとなる人生

閑話02 目の当たりにした才能

　今日はアビリティズ事務所が不定期に行っている、新人アイドルの選考オーディション二次審査が実施される日。

　約５０００人程もの応募があって、事前に行った書類審査によって選考した結果、２５分の１である２００名になるまでふるい落とされていた。今日の二次審査では、５０名ほど採用する予定だった。

　そんな中で、事務所社長の三喜田が今日のオーディションで注目していたのが赤井賢人という少年だった。

　オーディションが開催されるその日の朝から、三喜田は久しぶりに感じるワクワクとドキドキする期待で興奮していた。オーディションを開催する日時になるまでは、今か今かと待ち望むような日々を過ごして、ずっと感情が高ぶっていた。

「今日は、よろしく頼む」

「え？　あ、はいっ！　よろしくおねがいします」

　三喜田がオーディション会場に到着すると、スタッフ達が準備を進めてくれていたので声を掛けてねぎらう。

　スタッフは声を掛けられて、一瞬姿を見て誰だろうと戸惑った顔をしたが三喜田の顔を確認すると、慌てて返事をした。なぜなら、三喜田の今の格好がとても社長には見えないラフな格好だったから。Tシャツにジーンズ、キャップを被りサングラスを掛けるという気楽な装いをしている。一見すると、とても大手アイドル事務所の社長には見えない服装である。

　だが三喜田は普段から生活しているとき、会社で居るときも、そして今日のようにオーディションの審査を行うときであっても、今のようにカジュアルな服装で過ごすのがお決まりとなっていた。

　流石に取引先との商談や大事な会議のときにはピシッとスーツ姿でキメるけれど。その他の場面では、ラフな格好で過ごすことが彼のお決まりとなっていた。その理由が、自分のやっているタレントの事務所経営が仕事をしているという感覚が薄いからである。

　ともあれ、三喜田はオーディション会場にやって来ると、真っ先に本日の受験者のチェックに入った。もちろん、注目しているのは変わらず赤井という少年。まずは、ダンス審査を行うということで彼の受験者番号と、並ぶ場所に位置を確かめておく。

「６１番に、場所は中央から少し後ろの方、か」

　適当に振られた受験者番号を一人分、記憶した三喜田はしかし厳正に審査するためにも他の受験者達にも目を向けてチェックしていく。そして、受験者をチェックしている間に時間は過ぎてオーデションが開始される時刻となった。

***

　まず審査されるのがダンスの能力について。まだ幼い彼らは、声については成長と共に幾らでも変化するので見極めるのが難しい。だから、まずはリズム感と身体能力が重要視される。そのためのダンス審査であった。

「ん？　どういうことだ」

　しかし、三喜田の注目していた赤井賢人の動きはぎこちない。所々の動きはキレがあるように見えて身体能力には問題ないと思われたが、リズム感があまりないようだと三喜田は感じていた。

　これは見当違いだったが、と落胆しかけたが観察を続けていると、これまた違和感があった。

　観察を続けていく内に、赤井賢人の動きがどんどんと鋭く良くなっていっている、ように見える。

　まだまだ評価に値しないぐらいの下手だと言われる判断を下されそうな動きだったが、見ている内にハッキリと分かるぐらいに異常な速度で上達していっているように見えた。

「まさか、周りの様子を見て覚えているのか」

　オーディションという状況、本来なら合格するために事前に必死に合格できるよう準備するハズなのに彼は課題を覚えて来ていないようだった。それなのに、ぶっつけ本番で周りのダンスの動きを見て覚えて身につけて披露する。

　それを本気で行っているとしたら、その度胸は驚異的だ。三喜田は思った。

「６１番、お帰り下さい」

　審査員の一人が、６１番の赤井を不合格だと判断した。確かに今の彼の動きは十分だと言えるような感じではなかったが、そうなるまでの過程を見ていなかった審査員には判断を任せられない。三喜田は思わず、審査員に待ったを掛けていた。

「その子を出すのは、ちょっと待って。もう少し見てみたい」

　本来、ダンス審査では口出しする予定のなかった三喜田が待ったをかけて、審査員が下した赤井の不合格という判断を止めに入った。

「ですが、彼は」

「まぁまぁまぁ」

　審査員は自分の判断に誤りがあったのかと焦りながら、でも自分は間違えていないと主張するように異議を唱えるのだが、三喜田は不合格と判断するのは早いだろうと制止する。

「彼の動きが不十分なのは分かるが、スタートの時と比べると格段に良くなっているだろう？」

「……確かに、目を見張るものがありますが」

　三喜田に指摘されたことによって、赤井の最初の動きを思い出した審査員は確かにと納得していた。更に突っ込んで三喜田は言う。

「うん、もうちょっと。見て確認するだけだから」

　強引に進めようとする三喜田の言葉に折れて、審査員は赤井の不合格を撤回した。しかし、自分の先程の判断は間違っていなかったと証明するために改めて赤井の審査をしっかりと行おうと彼に注目が集まる。

「さっきの振り付け、もう一度頭から踊って見せてくれるかい？」

「わかりました」

　お願いする三喜田の言葉。赤井は何も言わずに快諾して、再び頭から課題の踊りを踊ってみせた。その様子は、先程よりもより一層洗練された動きであり格段に良くなっていた。

「確かに、最初の頃からは断然良くなっていますけど」

「この短時間で、という事なら驚異的だろう？」

　審査員は渋りながらも、自分が間違っていた事を受け入れるしか無かった。それ程までに、短時間で驚異的な成長を遂げた赤井に驚く三喜田と審査員。

「君、……えっと。赤井君か。最初ぎこちなかったけれど何故かな？　緊張してたからかな」

「あーっと……。そうです」

　審査員がそう質問したのは、少しでも自分が間違ってしまった原因を探ろうとしていたから。彼が本調子じゃなかったから、自分は見落としてしまったという要因を見つけて自分は悪くないという理由付けをしようとした。

　審査員は赤井の能力について正しく見ようとはしていなかったので、再びある事を見落としてしまった。

「いや、多分振り付けを覚えてこなかったんだろう？　それで今、他人の踊りを見て覚えたんじゃないかなぁ」

　三喜田は、赤井の能力について正しく認識していた。それを出来てしまう身体能力と、センスを持っていることを見出していたのだった。

「よし！　良かったら、赤井君の今すぐ出来る一番得意な踊りを見せてくれないか。今日の振り付け課題じゃない、なんでも良いから踊って見せて」

「え！？」

　だからこそ、更に無理難題を要求してみたくなった。周りに居た審査員やスタッフも呼んで、皆の注目を集めた中での予定になかった課題を出してみる。

　赤井少年がどう対処するのか、三喜田と多くのスタッフ達が注目している中で彼は恐れをなすこともなく、こう返してきた。

「なんでも良いんですか？」

「あぁ、もちろん。なんでも良いから見せてくれるかい？」

　赤井の問いかけに、三喜田は嬉しく思った。まだ、小学生という幼い子が急な課題を出されたのに対して積極的に、しかも自主的に解決しようと自分の判断でなんとか挑戦しようとしている。彼はアイドルに非常に向いている、と三喜田は判断した。

「わかりました」

　そう言って、踊りだした赤井のダンスに三喜田は一気に魅了された。その踊りは、今までに見たこともない動きなのに、見ているだけで妙な安心感を感じる。そして、力強さを感じて惹きつけられるような気持ちが生まれた。

　彼は、アイドルに必要な重要な素養であるカリスマ性を、何もしていないうちから持っている、非常に稀有な存在であると三喜田は赤井を評価した。

　赤井の不思議なダンスが終わると同時に、どよめきと拍手が自然に沸き起こった。オーディション会場で、審査途中にも関わらず起きた出来事は異様な光景だった。

　見るだけで、自分の動きにできる身体能力の高さ。突然の課題にも対応してみせるという対応力と度胸、そして人を惹きつけるカリスマ性。

　この時、赤井賢人のアビリティズ事務所への所属は三喜田の心の中で既に決定していた。