オーディション編 番外

閑話01 事務所社長が感じたもの

「はぁ、これも駄目だったか。最近は心が揺さぶられるようなアイドルが居ないな」


 先日行ったライブの結果がどうだったか確認のために視聴していたビデオテープを止めて、ため息まじりに不満をぶちまけたのはアビリティズ事務所の社長である三喜田昇みきたのぼるだ。


 かなり目を掛けて準備をした筈のライブ・コンサートだったが、彼の満足には到底及ばない完成度だったから。それが耐えられず、思わずため息を漏らすほどだった。もちろん撮影した物を後日改めて確認しただけだったので、その日、その時に生演奏で見た場合には評価が変わったりするかもしれないけれど、それを差し引いて考えてみても不十分だと三喜田は感じていた。


 その不十分だと感じる大きな原因には、アイドルの質が低いということに由来すると三喜田は考えていた。もしかしたら自分は、アイドルをプロデュースしすぎで目が肥えてしまったのかも。


 そうすると、もう昔のようにプロデュースに熱中できるようなアイドルと出会う事は、今後の人生でもう無いかもしれない。それは恐怖だと感じるぐらいには、三喜田は今回実施したライブの結果に打ちのめされ、満足感を得られず精神的に追い込まれたように感じていた。


 ライブの結果は仕方ないか、と諦めの心で気持ちを切り替えようとする。そして、彼は内心に秘めた諦められない気持ちで新しいアイドルを発掘する為にと、事務所に応募された履歴書を手にとって確認し始めた。


 応募されてきた履歴書を確認するのは、アビリティズ事務所の社長である三喜田にとって一番と言えるぐらい比重を置いている仕事だった。一番最初に三喜田が送られてきた履歴書全部に目を通して選考し、その後に三喜田が選んだものを部下も交えて選考を進める。


 だから、彼が目を通している履歴書の数は何百、最近では何千に届きそうな程の量が有って何日も掛かるような大仕事だった。


 最初の書類審査では、ルックスをメインに判断して選んでいく。まだ、アイドルとしての素質があるかどうか判断材料は少ないけれど、まずは直感に頼って選んでみるという判断も多かった。後は、二次審査を行って直接見える距離で対面して見てからが勝負。


「ん?」


 パラパラと履歴書を確認している最中。目にしたものに、なんとなく小さな引っかかりを感じた。その子の履歴書を一枚だけ手に取ってよく確認してみる。


 なんだろう、この妙な感覚。今までに感じたことのない種類、理解不能な違和感に戸惑う三喜田は原因が分からず困惑した。選考の手を止めて書類を読み込む。


”赤井賢人 9歳”


 写真の顔は確かに整って見えるが、飛び抜けてという訳ではない。応募されて来る何百もある履歴書の中、写真を手にとって見ればアイドル事務所に応募してくるだけあって殆ど全てが優れた容貌をしている。なので、それらと比べてしまえば飛び抜けて優れているというわけではない、というのが三喜田の評価。


 プロフィールを確認していく。東京都生まれの都会っ子な小学四年生らしい。もう150センチを超えている高身長。小学四年生が大体135センチから140センチぐらいが平均だから、そう考えれば高身長だしキャラクターとして目を引くだろう。小学四年生ということは、六年生から中学生の頃からスタートする成長期になって、更に身長が伸びる可能性もある。


 両親は共働き。大学病院で働く医者の父親に、製薬会社の研究員をしている母親。どちらも凄い職業の持ち主だ。そう言えば、母親の方は名前をニュースで聞いたことが有るような無いような? 同姓同名の別人かもしれないなと考える三喜田。


 だが実は、赤井賢人の母親は製薬会社で行っていた研究の成果で特許を取得したという過去がありニュースに取り上げられたほどの人物であった。その関係で、三喜田は母親について本当に名前を聞いて知っていたのだ。


 家庭がしっかりしているのは良い事だ。子供に適切な教育を施していれば、マナーもしっかりしているだろうし引き取るウチも助かる。けれど注目した理由はそこじゃない。更に違和感の原因を探ろうと履歴書を深く読み込む三喜田。


 本人の経歴を確認してみる。水泳に体操に剣道と習い事を幾つかやっているみたいだが、今はほとんど全部辞めてるらしい。書道の習い事もしているようで、そっちは週に一回だが今のところ通い続けているらしい。


「スポーツ系の習い事は幾つか経験して、それを今は辞めていると。運動が苦手なのか?」


 そうすると、アイドルとしての魅力が半減するかもしれない。運動音痴で、踊りが身に付かず下手なままであれば、ファンを惹きつける為に他の武器となるモノが必要になる。と、考えた三喜田だったが続きの文を読んで眉をひそめる。


「剣道全国道場大会に小学生の部で優勝してる? それだけの腕があったのに道場に通うのを辞めてしまったのか? もったいない」


 履歴書に書かれた、輝かしい経歴。全国大会で優勝するだけの腕があるのなら運動が苦手だとは思えない。それなのに何故、習い事を続けていないのか。辞めた理由が

分からない。履歴書から、本人の気持ちをうまく汲み取れなかった。


 強制された習い事だったから続けるのを嫌がったのか、という予想を立ててみる。忍耐力や継続力が無いのならば、ウチで採用しても長くは続かないかもしれないな。そう危惧する三喜田。


 赤井賢人について履歴書を読み込み、考えを巡らせてみたけれど最初に感じた妙な違和感の原因は結局分からなかった。


「とにかくこの子は、一度しっかりと自分の目で見て、それから判断したほうが良いかもしれないな」


 合格させるか落とすか、どちらにしようか一瞬迷った三喜田だったが、全国大会で優勝する程の実力があるのは申し分ないし、ぜひ一度会ってみたい。それから判断をしてみようと一次審査を合格にさせる事にした。


 こうして、赤井賢人の履歴書は一次審査を通されることになった。三喜田の直感に触れたことによって要チェックだという認識をされるようになり、二次審査の最中に赤井賢人は三喜田に注目される事になったのだった。

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