第6話 赤井賢人の日常

 アビリティズ事務所の新人アイドルのオーディションを受けに行ったあの日から、約一ヶ月が経っていた。だがしかし、その間に合否に関する連絡は無かった。


 オーディションを受けてから最初の一週間、いつ連絡があるのか少しドキドキして待っていたけれど音沙汰はなく。それから一切連絡が来る様子も郵便通知が来る気配も無かった。ということで合格か不合格かハッキリはしないまま、俺は結果が不合格だと断定した。


 母親は不合格について納得していないという様子だったが、連絡が来ないのならば駄目だったんだろうと説得したら落ち着いた。わざわざ合否確認の連絡をコチラから入れるのは流石に恥ずかしいから。というか、多分ダメだったから連絡が来ないのだろう。合格していたのなら、なんとか連絡を繋げようとする筈だし。その様子が一切ないから不合格だと納得するしかない。


 母親も、絶対に俺がアイドルになってほしい、という願いがあった訳でも無かったので他に事務所のアイドルオーディションを受けさせる、という選択肢も無かった。アイドルのオーディションを受けたのは、アビリティズ事務所のみ。


 それよりも、俺が自主的に将来の夢を真剣に探すことを決めたから、ということで母親は納得してくれていた。


 自分の能力を遺憾なく発揮するのを考えるならば、スポーツ選手になるのが良いのかもしれない。目指すならオリンピック選手。将来、日本でもオリンピックが開かれる可能性があることを知っている。大きく活躍できる場面が来ることを知っているので、それを目指して頑張るのも良いかもしれない。


 将来の夢について考えてみると色々と出来そうで、思った以上に楽しんでいる自分を発見した。そして、そんな話を両親にしてみると嬉しそうな表情を浮かべていた。今まで転生したという特殊性が影響して、自覚がないままに遠慮して生きてきたんだなぁと、今更ながらに思った。


 でもまだ小学生だから、毎日の生活を充実させる事をまず頑張ってみようと思う。そうこうしている間に、アイドルオーディションについての記憶は頭の中から徐々に薄れていった。



***



「おはよう、父さん母さん」

「あぁ、おはよう賢人」「おはよう、ご飯できてるわよ」


 両親は朝早く仕事に出勤していくため、二人の時間に合わせて朝御飯を食べるために自然と早起きになる。


 眠い目をこすりながら朝六時にはベッドから起き上がって来て、顔を洗い歯磨きをして二人と一緒に朝御飯を食べる。お腹いっぱい食べると、先に出勤していく両親を見送るのが日課だった。


「いってらっしゃい」

「いってきます」「賢人、勉強しっかり頑張ってね。行ってきます」


 両親が仲良く家を出てから、通学するのに家を出るまでの時間は家に一人となる。その間は、人知れずトレーニングを行う時間。


 魔物が居たなら倒して経験値を稼げるけれど、残念ながら現世界にはモンスターが存在していない。戦って経験値を稼ぐことは出来ないので、仕方なく地道に基礎的なトレーニングを行う。


 今日は軽く、バランス感覚を鍛える為にボール等の道具を使ってのトレーニング。現実的な方法で特訓をする。


 トレーニングが終わると、小学校に行く前にシャワーを浴びて汗を流し身だしなみを整える。それを毎日欠かさずやるのが俺の日常だった。生意気にも朝シャワーだ。


 小学校には歩いて向かう。ランドセルを背負うとき、いつも気恥ずかしさを覚えるが自分は小学生だと言い聞かせて毎日家を出る。いつまでも慣れない瞬間だった。


 通学中の生徒と顔を合わせるとみんな挨拶をしてくれる、だからこちらも元気よく返事して歩く。学校の教室に到着する頃には、子供の無尽蔵なスタミナに多少気力が消耗される程だった。


「おはよう、賢人!」

「おはよう賢人くん」


「おはよう皆」


 クラスメートの男子、女子に挨拶を交わしていく。


 授業が始まると、真剣に授業を聞いて学ぶ。成績は飛び抜けて良いわけではなく、悪いわけでもない位を狙ってキープしていた。けれど忘れてしまっている部分も多くて、意外とじっくり小学生の頃の知識を学び直す必要があった。


 特に国語の漢字書き取り問題や社会の暗記問題に関しては、記憶からスッパリ抜け落ちているのも多々あったので、覚え直すのに苦労していた。だからこそ授業も真剣に聞いて、改めて学びなおしていた。小学生ながらに学力に危機感を持つほどに。


 午前中の授業が終わると、給食を食べてお昼休みとなる。全学年の生徒たちが校庭にバッと飛び出していって、それは始まる。


「それじゃあ今日は、大ドッジボール大会をしよう。各学年から10人ずつ選んで。チームに別れて対決だ!」

「「「「おー!」」」」


 集まってきた生徒たちを俺が取り仕切って、皆で遊ぶ。上級生や下級生関係なく、全校生徒で楽しむのだ。


 昼休みの時間になると毎日、校庭に出て友達の皆で集まって色々な遊びをしながら競い合った。まるで運動会をするかのように、小学生の子供達が白熱する競り合いを行う。試合に出ていない子も遊びに加わって、試合の外から大声で応援したりして、更に遊びが盛り上がる。


 上級生下級生が入り混じった、異なる学年の生徒達が集まりチームを組んで争う。試合をすれば上級生は自然と下級生をフォローすることを覚えて、下級生は助けてくれた上級生を自然と尊敬する。学校全体で仲が良くなる雰囲気が出来上がっていた。


 もともとはクラスメート同士で仲良くなろうと思って、男子女子の関係も無くそうと俺が仕切って楽しんでいたことが始まりで、その楽しんでいる場に自然と下級生が集まってきたので彼ら彼女らも仲間に入れて遊ぶことに。


 最高学年である六年生の生徒が生意気だと喧嘩をふっかけてきた事があったけど、年上でも子供の剣幕なんかに少しの恐怖も感じない俺は受けて立った。もちろん暴力ではなくスポーツで競い合う。


 小学生の子供なら足の速さで勝負をすれば、分かりやすく勝敗が決められるから。相手の方が体格も大きく有利。余裕を見せてくる相手に、俺は勝った。勝負を仕掛けてきた相手は苦々しい表情で負けを認める。


 そんな出来事が有った後に、上級生も仲間に入りたそうに集まってきた。もちろん快く彼ら彼女らを仲間として受け入れて、気がつけば全校生徒までに広がっていった関係というのが今の状態だった。


 後は集まってきた子供たちに俺が指示をして、ルールを決めて、皆で楽しむ場所を作る。こうやって人と関わる場所を作り、そうして皆で楽しむのが大好きだった。


 昼休みも過ぎて学校の授業が終われば、すぐさま俺は近くの山に一人で向かう。家に両親が帰ってくる時刻の夕方までトレーニングを密かに行う。午後の特訓について人目につかないようにしながら。


 木々を飛び移って進んだり、イメージした敵を倒す練習をしたり、静止して瞑想をする時もあった。常に闘いに備えている。


 十八時に「夕焼け小焼け」のチャイムが鳴るのが聞こえる頃、トレーニングを終えて家に帰る。


 ご飯を炊いて夕食準備の手伝いをしておくのが、俺に任された仕事の一つだった。両親の帰宅時間にちょうど炊けるように測って待っておく。


「ただいま」

「お帰り、母さん」


 まずは母親が、父親よりも先に帰宅することが多かった。朝、家を出る時に比べると、仕事で疲れた顔をしている。そんな母さんを出迎える。


「ご飯炊いてくれてありがとう、すぐに夕飯を作るわね」

「手伝うよ」


 最近、ようやく火を使ったり包丁を扱った料理をする事を許可してくれた。これで手伝えることが多くなってきたけれど、まだ一人で料理をすることは認めてもらえず練習中だ。それが出来れば、夕食を全部用意して両親の帰りを待てるのに。


「ただいま」

「「おかえりなさい」」


 そして母と俺、二人で夕飯の準備をしている頃に父親が帰ってくる。ちょうどいい具合に料理が完成しているタイミングだ。


 朝と同じように、一家団欒で夕食を楽しむ。こんな風にして一日を過ごすのが俺の平和な日常だった。

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