第457話 穂月が司会のクリスマスパーティー、いきなり指名されたからってその物真似は卑怯です!?
ホワイトクリスマス……とはなかなかならない温暖化が叫ばれて久しい昨今。寒さは幾分か控えめだが暖房器具がなければ、東北の冬はなかなか乗り切れない。
エアコンと小型の石油ファンヒーターが快適にしてくれる室内で、主催者である穂月は椅子に立ち上がる。
すぐに祖母に叱られて降りるはめになったが、物事には勢いが大事なのだ。
「それでは、今からクリスマスパーティーを始めます! 乾杯!」
並々とグレープジュースが注がれたグラスを掲げ、穂月は高らかに宣言した。
夜の高木家に集まった大勢の友人が、それに合わせて乾杯してくれる。希や沙耶、悠里といった友人たちだけでなく、その両親や弟たちも参加中だ。
妊娠中の叔母らもわざわざ駆け付けてくれて、控えめに楽しんでいる。何でもお腹にいる子供にこの雰囲気を味わわせてあげたかったらしい。
祖母が中心となり、穂月も手伝った料理がテーブルに所狭しと並ぶ。メインはフライドチキンとケーキだが、ハンバーグや唐揚げなど子供たちが喜ぶメニューもある。
「今年の主催は穂月なんだろ? どうやって楽しませてくれるんだ」
ニヤリとした希の母親に、穂月もまた笑顔で応じる。
「美味しいご飯を食べながら、各自に催しものをしてもらいます!」
「……え? ママ、聞いてないんだけど」
何故か母親が頬を小刻みにヒクヒクさせる。
「そういうのって事前に通達して、準備させるものなんじゃないかな」
「いきなりだからいいんだよ! 闇鍋方式なんだよ!」
「とんでもないものが出来上がりそうね……」
叔母まで疲れ切ったように額へ手を当てている。その表情はどこか諦め気味なので、こういう展開もある程度は予想していたのかもしれない。
「ちなみに穂月たちもぶっつけ本番なのかしら」
「……内緒です」
「ぶー、ぶー」
鋭い叔母の指摘に穂月が顔を背けると、すかさず希の母親からブーイングされたが、主催者はあらゆる妨害に負けずにパーティーを進行するのが役目だ。
「じゃあ最初はママたちにやってもらいます」
「いきなり!?」
目を剥く葉月の隣で、希の母親がよっこいしょと立ち上がる。
「せっかくのパーティーだ。まずはアタシが物真似を披露してやろう」
ニヤリとした実希子が、穂月の隣まで来るとその場で横になった。
「希の真似」
「「「ぶふっ!?」」」
希を除く穂月の友人たちがジュースを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「それだと私は穂月の真似をして、お芝居しなきゃいけなくなるんだけど!?」
途中から声を裏返らせた母親は、何故か少しだけ泣きそうだった。
*
希が母親の物真似だと実弟にゴリラポーズを披露させた一幕もあったが、クリスマスパーティーは楽しく進行されていく。
「じゃあ次は菜月ちゃん」
「そうは言っても妊娠中だし、物真似をするほど特徴的な――あ、愛花ちゃんに頼んでもいいかしら」
「……お嬢様っぽい口調やら高笑いとかはやりませんよ?」
提案する前に断られ、菜月が苦笑する。凛とその母親は背後に雷のエフェクトが見えそうなくらいにショックを受けていたが。
「それなら僕が代わりにやろうかな。希望する人の似顔絵を描きます」
身重の妻に無理をさせまいと、柔らかな笑顔で進み出てきたのは真だった。片手にはスケッチブックを持っている。美術館でも仕事をしているため、万が一に備えて普段から携帯しているらしかった。
「お願いしたいのですが」
真っ先に手を挙げたのは希の弟だった。
「俺と姉さんが三日月の上で挙式しているシーンなんかは、今日という聖夜に映えると思うのですが」
「時間ないから、お前の希望はそのうちな」
困り切って笑うしかない真に気を遣い、希の母親が智希の襟首を掴んで部屋の隅まで退去させる。
「ほっちゃんが描いてもらえば?」
「だったら皆一緒がいい」
穂月と希がソファの真ん中で左右に悠里と沙耶が座り、その背後に左から陽向、朱華、凛の順番で立つ。
正面に腰を下ろしている真が鉛筆を走らせる音を聞きながら、小声でどんな絵が出来上がるのかと皆で話す。
完成を待っている間に大人は食事と会話を楽しみ、弟たち――主に智希――が自分たちも混ざりたそうに「ぐぬぬ」と唸っていた。
「よし、出来たよ」
「見せて見せて」
皆で覗き込んだスケッチブックには、楽しそうに笑い合う穂月たちが描かれていた。
「うわー、凄い」
「本当です、ほっちゃんじゃないですけど、それしか言葉がないです」
「コピーして欲しいくらいなの。額縁に入れてお部屋に飾っておきたいの!」
目を丸くする沙耶の隣で、興奮を隠そうともしない悠里が鼻息を荒くする。
「見事な腕ですわ。我が家の専属にして差し上げてもよろしくてよ」
「……りんりんの偽お嬢様っぷりが暴露される」
「もう学校中が知ってるから今さらね」
「風物詩みたいなもんだしな」
「そ、そうなのですか……?」
得意げに高笑いをかましたかと思ったら、希に続いて朱華と陽向にもツッコミを入れられて、途端に萎れていく凛。
「次は俺を描いてください、姉さんと一緒に。姉さんと一緒に!」
「なら俺もまーねえちゃんと!」
挙手して接近する2人の弟だったが、真が頷いても目当ての女性が揃って「面倒だから嫌」と回答したことによって肩を落とすはめになった。
*
「次はお待ちかねのプレゼント交換だよ! 誰のが当たるかはお楽しみだよ!」
用意した紙袋で自分のプレゼントはわかるが、他の物に関しては用意した人間も中身もまったくの不明だった。
「どうやって選んでいくんだ」
希の母親に、穂月はよくぞ聞いてくれましたと歯を見せる。
「この時のために皆で用意したよ! じゃじゃーん!」
効果音を自分の口で発したあと、穂月はビンゴカードを高々と掲げた。
「ビンゴ大会ね、面白そう」
母親も楽しそうなので、この時点で穂月は大満足である。
1から50までの数字を書いて折りたたんだ紙はビニール袋に入れられており、1枚ずつ選んで発表していく。1列でも繋がれば完成で、上がった人から好きなプレゼントを選ぶ。
「よっしゃ! 早速頼むぜ、ほっちゃん!」
パアンと拳を慣らして陽向が気合を入れる。首を縦に大きく振った穂月は、最初の番号を告げるためにビニール袋へ、片方を突っ込んだ。
*
「おー、穂月のプレゼントは枕だー」
「くっ……俺が姉さんのために用意したのが他の人の手に渡ってしまうとは……!」
露骨な悔しがり方を見てれば、誰が用意したのかは一目瞭然だった。
「のぞちゃんは……あっ、穂月が用意したブックカバーと栞のセットだね」
「……これで読書が捗る」
嬉しそうに親友がプレゼントを胸に抱いた。にまにましながら他の皆の様子も窺う。
「あっ、好きな球団のTシャツじゃん!」
「そういや春也も俺と同じチームが好きだったな」
「しかもまーねえちゃんのかよ! ひゃっほう!」
「喜びすぎだろ」
悲喜こもごもの反応がそこかしこで起きているが、盛り上がっているのは間違いなかった。
*
クリスマスパーティーが終わると、子供たちは穂月の部屋に集合した。今日はこのままお泊り会なのである。
「いわゆるパジャマパーティーというやつです」
友達同士で過ごせるのが嬉しいのか、沙耶はお泊り会のたびにテンションが上がる。今も興奮しすぎて眼鏡が曇りそうなくらいだ。
「俺らはともかく朱華は良かったのか? 来年受験だろ」
「息抜きも必要よ。根詰めてばかりだと参っちゃうわ」
お手上げポーズから、敷いたばかりの布団に朱華が背中からごろんと転がった。すぐ近くで掌に顔を乗せて横になっていた陽向が、巻き添えを食らわないように慌てて避ける。
「あーちゃん先輩は南高校を受験なさるのでしたわよね。手応えはいかがですか?」
「油断しなければ問題ないわ。進学校とはいえ地元のだしね。何よりソフトボールで夏に全国大会へ出場したのは強みよ」
「南高校もソフトボールは盛んですものね。わたくしたちのお母様方の出身校でもありますし」
「ママの先輩がいまだに顧問の座を譲ってないらしいし、よほど酷くないと受かるわよ。だからまーたんも安心しなさい。来年の夏の大会が終わったら、勉強もきっちり見てあげるし」
「……マジかよ」
「何その反応、まさか皆と違う高校に行きたいとでも?」
「まーたん?」
穂月を始めとして年下組がわざとらしく涙目ポーズになると、もはや陽向に選択肢などないも同然だった。
「ちくしょう! お前らも南高校に受からないとマジギレしてやるからな!」
「まーたんがぶっ壊れたの」
「いつものことです」
「くそ……いっそのことソフトボールの成績だけで入学できないものか」
悠里と沙耶に若干呆れられつつも、陽向はそんなことを呟いた。
「そういえば新人戦では東北大会までいったのよね?」
「優勝できなくて3位だったけど」
「十分よ。春の県対抗にも多くの部員が選ばれるだろうし」
少しだけ申し訳なく思った穂月だったが、朱華に頭を撫でられるとすぐにそうした気持ちは吹き飛んだ。
「野球部は県予選でベスト8止まりだったらしいな。春也の奴がしばらく悔しいしか言えなくなってたぞ」
秋の傷もようやく癒えた弟たちもお泊り会中だが、もちろん別の部屋だ。
「まーたんは春也君にとんでもなく懐かれてるの」
「小さい頃から遊んでやってたからだろ」
悠里に言葉を返しつつ、陽向も朱華と並んで天井を見る。
「年が明ければすぐ春が来て、あっという間に夏になって中学校生活も終わるんだろうな」
「なに感傷に浸ってんのよ、まだ1年あるじゃない。ねえ、ほっちゃん」
「うんっ! もっともっと遊べるよ」
2人にダイブすると、自分も自分もと折り重なってくる。1番上は希だ。
「おいこら、さすがに重いっての」
「女の子に体重の話は禁句なの」
「そういう問題じゃねえだろ!」
崩れ落ちて、全員が仰向けになって円を描く。
いつまでも誰1人欠けることなく仲良くしていたい。そんな想いを胸に穂月は皆に告げる。
「また来年もクリスマスパーティーをしようね!」
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