第458話 お年玉で春也も理解と納得の違いを知りました、でもたくさん遊べれば満足です

 新年だからだろうか、晴れやかな気分で目覚めた春也が廊下へ出ると、いつもより空気が澄んでいるような気がした。


「おはよ、でも、ちょっと遅かったね」


 鉢合わせした姉が悪戯っぽく笑う。すでにパジャマから着替えており、膝丈のスカートを翻しながら1階へ向かおうとする。


「先にママとパパに挨拶しちゃうからね」


「あっ、お年玉を独り占めしたりすんなよ!」


「ふふーん、どうしよっかなー」


 階段途中で振り返った姉は、小悪魔を通り越して悪魔に見えた。


 大慌てで春也も身支度を済ませ、もう両親がいるであろうリビングへ急ぐ。


「あけましておめでとうございます!」


「……遅刻寸前の会社員みたいね」


 呆れたように笑う叔母に、思わず春也は顔を赤らめてしまう。


「あれっ、春也が照れてるー」


「姉ちゃん、うるさいっ!」


「アハハ、なっちーはまだ若いから、叔母さんというよりは綺麗なお姉さんって感じなのかな」


 話を聞いていたらしいエプロン姿の母親が、ダイニングテーブルに朝食を運んできてくれた。お正月というのもあってお雑煮だ。


「それは嬉しいけれど、お姉さんという歳でもないから複雑でもあるわね」


「なっちー? 33歳はまだ若いからね? 子供みたいなものだからね? わかってるよね?」


「はづ姉、顔が怖いってば!」


 いつものじゃれ合いを披露したあと、母親が優しげな表情で叔母のお腹をそっと撫でる。


「ずいぶん大きくなったね。もうすぐこの子とも素敵な時間を過ごせるのかな」


「もちろんよ、でも……」


「暗い顔してたら、お腹の子に心配されちゃうよ。私の時だって色々な人に助けてもらったんだから、なっちーも甘えまくっていいんだよ」


「ありがとう……穂月と春也は寂しくない?」


 なんとか母親に笑顔を返した叔母が、今度は春也と姉を見た。


「穂月は大丈夫だよー、お祖母ちゃんもいるし」


「一応パパもいるしな」


 リビングのソファで父親が肩を落とし、祖父に慰められているが、基本的に姉の言う通り、家では祖母が1番頼りになるので仕方ない。


「それにママだって前々から2号店をじっくり見てみたいって言ってたし、丁度良い機会になったんじゃないかな?」


「調理場もカウンターも綺麗だったし、常連のお客さんも増えてたし、凄く順調みたいでホッとしたよ」


 ついでに黒字も伸びてるしと母が言ったところで、祖母が食卓にお節料理を運び終えた。途中までは祖父が手伝い、最後を担当していたらしい。


「まずは朝ご飯を食べましょう。お年玉やお喋りはそのあと。穂月も春也もいいわね?」


「「はーい」」


 姉と一緒に返事をしつつ、お正月恒例の食事を口に運ぶ。大半が祖母の手作りで、口に馴染んだ味がふわっと広がる。春也が特に好きなのはゴボウやニンジンを鶏肉で巻いて煮たものだ。


 隣に座っている姉は錦糸卵や伊達巻を次々に口内へ放り込んでいる。止まらない箸に、料理を作った祖母が嬉しそうにする。


「ソフトボール部で体を動かしてるから、穂月も食べるようになったな」


 何気に発した父親の脇腹を、少し強めに母が突く。その様子に小首を傾げながらも、姉は元気に肯定の返事をしていたが。


「穂月が気にしてないみたいだからいいけど、思春期の女の子にそんなことを言って、体重を気にして食べなくなっちゃったらどうするの」


「うっ……そ、そうか、穂月もそういうのを気にしてもおかしくない歳なんだよな。小さい頃とあんまり変――むぐっ」


「それも控えた方がいいかも」


「フフッ、はづ姉と和也さんは本当に仲が良いわね。でも、あまり気にする必要はないわ。うちのパパだって大概だったけれど、私たちは立派に育ったでしょ?」


「なんだか俺だけ素直に喜べないんだが……」


 今度は祖父が祖母に慰められる。新年から騒がしいが、これが高木家の食卓なので煩わしいとも思わない。


   *


 食事を終えてのんびりしていると、次々と来客が訪れる。一番乗りはもちろん個性的な友人の母親だ。


「おいーっす、あけましておめでとさん」


 軽く右手を挙げたフレンドリーな挨拶のあと、自宅のごとく振舞ってどっかりと食卓に腰を下ろす。


 後ろから眠そうにその娘が姿を見せると、すかさず穂月が駆け寄る。どうやら来訪を待ちかねていたらしい。


「穂月も春也もおめでとさん」


 促された夫が春也にお年玉を手渡してくれる。こっそり中身を確認すると、千円札が3枚入っていた。低学年の頃は1枚だけだったので喜びも一入だ。


「これで姉ちゃんたちに追いついたぞ」


 全力で胸を張ってやったのに、標的は悔しがる素振りすら見せない。それどころか不敵に笑い返してきた。


「春也君、これを見たまえよ」


「なんだよ、姉ちゃんは1枚だけ――って、こ、これは!」


 誰かが大げさすぎと言ったような気がしたが、春也からすれば当然の反応だ。何故なら姉のお年玉は五千円だったのだから。


「どうして姉ちゃんと違うんだよー」


 詰め寄ると、座るなりビールを頂戴していた智希の母親がさも当然のように言い放った。


「年齢が違うんだから、お年玉の額も違って当然だろ? 春也も中学生になれば今の穂月と同じになるぞ」


「うぐぐ……」


 トータルすると貰える額は同じと理解しても、今使える資金に差が出ることにやはり少なくない抵抗を覚えてしまう。


「大体、月のお小遣いは貰ってるんだろ? 野球用具だってそれとは別だって聞いてるし。お年玉をたくさん貰って何に使う気なんだよ」


「パン代。部活の後に食いまくるから、無料じゃなくなったんだ。割引はされてるけど」


「そこはなっちーたちも同じだったからな。まあ、部活後に腹が減るのはアタシもよくわかるけどな。そういう場合は家からおにぎりを持っていくといいぞ」


   *


「……なんて話をさっきしてたんだけど、まーねえちゃんはどう思う?」


 陽気に酒盛りをする大人たちの巣窟から抜け出し、春也は友人や姉たちと一緒に近くの神社へ初詣に向かっていた。


 クリスマス過ぎに少しだけ振った雪が歩道にちらほら残っている中、地毛の茶髪をポニーテールにした年上の女性に声をかけたばかりだった。


「俺ものぞちゃんママと同じだな。そもそも毎日買い食いなんてしてたら、あっという間に小遣いがなくなっちまう」


 家があまり裕福ではない陽向は、ソフトボールの用具も葉月や菜月らが以前に使用したものを譲ってもらったりもしていた。


「ゆーちゃんは我慢するの。せっかく減らしたカロリーを増やすなんて悪魔の所業なの」


「そのわりには練習後に甘いものが欲しいと喚いてたじゃねえか」


 話を聞いていたらしい姉の友人がプンスカし始めると、陽向が苦笑した。


「ゆーちゃんみたいなのもいるけど、腹が減ってたら動けねえからな。小遣いを節約したいなら、おにぎりは必須だ。もっともその分だけ家計に迷惑をかけちまうんだけどな」


「そっか……好きなだけ食わせてもらえるってのも幸せなことなんだな」


「おっ、ガキが生意気言うようになりやがって。うりうりうり」


「やめろよ、ちょっと」


 ヘッドロックされるのは昔からだが、春には中学3年生になろうとしている陽向の体形は大きく変わっている。春也は顔に当たる柔らかい感触がなんだか嬉しいような後ろめたいような気がして、慌てて腕を振り解いた。


   *


 道中で眠そうな姉を背負い、部活で鍛えた成果だと叫び、数歩進んだところでやはり押し潰された友人を救出したりなどしながら、とりあえずは無事に初詣を終えると皆で高木家へ戻った。


 大人たちはいまだに騒いでいるものの、妊娠中の叔母だけはソファで体を休めていた。何かあってもすぐ対応できるように、傍には彼女の夫もいる。


「菜月さんはもう産休に入っているんですわよね」


 叔母の信奉者だという姉の友人が目を細めた。口調が独特なので小学校時代から有名だった。出会った当初は様付けで呼んでいたらしいが、さすがにそれはやめてほしいと本人に言われ、さん付けで落ち着いたとの話だ。


「ママとのぞちゃんママが手伝いに行ってるー。本店はお祖母ちゃんが仕切ってるよー」


 真だけは県中央で美術館の仕事もあるので、2号店での勤務を続けている。


「無理だけはしないでほしいですわ。


 ……わたくし、少しだけお腹を触らせてもらってきますわね」


 凛に続いて沙耶も叔母のもとへ行く。姉も付き合う素振りを見せると、希や悠里といった友人も後に続く。


「私は初詣の前に触らせてもらったからいいかな、まーたんは?」


「無理やり付き合わせておいて、その質問はねえだろ」


「母性本能に目覚めて、また赤ちゃんの存在を感じたくなったのかと思ったのよ」


「生憎だが、今の俺には欠片もねえな」


 陽向がつまらなさそうに言うと、朱華は意味ありげに笑った。


「のぞちゃんママもそういうタイプだったらしいけど、今はすっごく子煩悩だし、まーたんも同じような感じがするのよね、面倒見もいいし」


「それはあーちゃんのことじゃねえのか? 俺にはそんな自覚はねえぞ」


 話が一段落しそうなタイミングを見計らい、春也は陽向の袖を軽く引く。


「菜月ちゃんのとこに行かないなら、向こうで遊ぼうぜ。今年こそはまーねえちゃんに勝ってやるからな」


「言うじゃねえか。泣きべそをかかされる前に、デカイ口叩いたのを謝っておいた方がいいぞ」


「野球部で鍛えた俺の反射神経を見せてやる。まずはカルタだ!」


 色々と玩具を準備していた春也の正面に腰を下ろした陽向は、背後から朱華にやっぱり面倒見がいいとからわれつつも、最後まで付き合ってくれた。

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