第455話 顧問の失態が発覚しても、演劇部は元気に活動中です! いざ本番の文化祭へ!

 全国大会に出場したソフトボール部はグラウンドの使用時間が増え、新しく主将に就任した陽向は誰の目から見ても張り切っていた。


 来年は今年の成績を上回ると夏休み中の合宿も敢行され、引き続きコーチをしてくれる実希子の指導で部員たちは汗を流す。


 全力で部に引き留められた穂月もそのうちの1人だった。


 どうでもいいわけではないが、ソフトボールと演劇のどちらかを選ぶのなら迷わず後者だ。


 けれど朱華も陽向も、幾度となく穂月の演劇に付き合ってくれた。だからこそ彼女たちに協力したくて、一切手は抜かない。


「葉月と和也の血を引いてるからか、穂月の動きは段違いだな」


 バットを肩に置いた実希子が、ノックの手を止めて感嘆の息を吐いた。


「おー?」


「本人は自覚なしで、ソフトボールより演劇部を優先したいみたいだけどな」


「コーチなんだから、なんとかしてくれよ」


 新主将が泣きつくも、実希子は沈痛な面持ちで顔を横に振る。


「長年の付き合いなんだから、アタシが言ったくらいじゃどうにもならないのは陽向がよく知ってるだろ。それに……」


 実希子は日陰になっているベンチをチラリと見る。


「アタシの言葉にそんな力があるくらいなら、娘はあんな有様になってない!」


 泣きだした女コーチに、今度は陽向が申し訳なさそうにする。


 そんな2人を気にすることもなく、希は今日もベンチでお昼寝中だった。


   *


「今日は演劇部の合宿だよ!」


 クーラーは設置されてないが、夏真っ盛りの屋外で白球を追いかけるよりは幾分か過ごしやすい。


 窓は開け放たれ、申し訳程度に顧問の芽衣が寄贈してくれた扇風機が部員たちの体を冷やしてくれる。


 無理強いはしたくない穂月の方針で、どうしても嫌な者は参加しなくてもいい決まりになっている。それを可能にしたのも演劇部単体に入ってくれた少数の部員だ。


 全員が1年生で穂月と同じ小学校出身者が多いが、そうした生徒から話を聞いた他校出身者も混ざっていた。


「文化祭は演劇部の大会も同然なんだよ!」


 両手をぶんぶん振って力の限り宣言する穂月。並々ならぬ熱意だけは伝わったのか、部員にも緊張が走る。


「そういや文化部に大会とかってないんスか?」


 陽向が質問したのは、教室の隅で椅子に座って見守っている芽衣だ。演劇部には専用の部室も教室もないので、その時々で空いているところを使わせてもらう形になっている。


「……ごめんなさい、調べてなかったわ。柳井さんが文化祭での発表を目的としていると創部した時に言っていたものだから……いいえ、これは言い訳ね。すぐに調べてみるわ」


 根が真面目な芽衣は言うが早いか、穂月たちを置き去りにしてどこかへ行ってしまった。恐らくは職員室などでPCを使って調べるのだろう。


「スマホで調べた方が早いんじゃねえか?」


 朱華は小学校を卒業した時点で親から買い与えられていたが、早々に既読無視事件が起きたのもあり、陽向以降は親世代がそうであったように中学卒業までお預けになってしまった。


 仲間内で1人だけで進学しなければならない年上の朱華と違い、年下組は皆一緒なのでスマホがなくても寂しさや不便を感じたりはしていなかった。


 入学した時点で1つ上に朱華がいる陽向も家がさほど裕福でないのもあり、似たような感じらしい。


 とはいえ周りを見渡せばスマホを持っている生徒は珍しくない。校則で持ち込みが禁止されており、見つかれば下校時まで没収されるが、夏休みなどは口煩く言われなかった。


 そこで陽向が部員たちを見渡すと、1人の女子生徒がおずおずと手を挙げた。


「悪いけど、ちょっと検索してみてくれるか?」


 陽向がそう言ったところで、穂月が待ったをかける。


「芽衣先生が調べてくれるって言ってたし、穂月たちは練習して待ってよう」


「それもそうか。よし、今のはなしで。悪かったな」


 素直に頭を下げる陽向。外見はヤンキーそのものだが、活動中に何度も顔を合わせているのもあり、演劇部の面々も少しだけだが彼女に慣れつつあるみたいだった。


   *


「ところで演劇部は文化祭でどんな演目をやるつもりなんですか?」


 体操着姿で真っ直ぐ立つ沙耶に、穂月は待ってましたと答えを返す。


「不思議の国のアリスなんてどうかな!」


 有名なタイトルなので、他の部員から歓声に近いものが上がった。


「でしたらわたくしは赤の女王様役ですわね、おーほっほっ」


「これ以上のハマり役はないの。ゆーちゃんは大賛成なの」


「……なんだか素直に喜べませんわね」


 などと凛と悠里がやりとりをしていると、その間にこういう時は眠っているのが基本の希がぬっと顔を出した。


 驚く2人を交互に見た希は、ボソリと告げる。


「……赤の女王様はチェスを基にした鏡の国のアリスの女王様。不思議の国のアリスではハートの女王様」


「おー、そうなんだ」


 物語自体も好きだが、演じるのがもっと好きな穂月は目をパチクリさせる。


「映画は不思議の国と鏡の国の話が混ざったりしてるし、原作にはいないほうき犬みたいなオリジナルキャラクターも出てくる」


「おー!」


 希の知識に穂月が拍手を送ると、釣られたのか他の部員も手を叩いた。


「だからまずは映画と原作、どっちを使うのかを決めた方がいい」


 見た人が多いだろう映画派が真っ先に声を上げ、原作派が忠実にやるべきだと待ったをかける。両派閥の勢力はほぼ互角で、決断は部長に委ねられた。


 そして穂月は決める。


「せっかくだから原作の方をやろう! でも映画と違って話すところとか真似できないよね、うーん」


「脚本を書ける人がいればいいんですが」


 一緒になって悩む沙耶の発言に、穂月は瞳を輝かせて友人の1人を見つめた。


「のぞちゃん、お願いっ」


「はあっ!? マジで言ってんのか!?」


 コント中みたいなコミカルなポーズで、陽向が壮絶に驚く。


「のぞちゃん本を読むのが好きだし、穂月のこともよく知ってるし!

 ……駄目?」


「……上手くできるかわからないけどやってみる」


   *


 話し合いがまとまった頃に、タイミング良く芽衣が戻ってきた。息を切らしており、大急ぎで調べてくれたのがわかる。


「中学校にも県で発表会とかがあるみたい。金賞とか銀賞とか、勝敗を競うよりも劇の内容を評価される感じね」


「おー!」


「……今年の申込期限はもう終わってるけど」


「おー……」


「あと全国大会もあるみたい!」


「おー!」


「うちの学校が全国中学校文化連盟に加盟してないし、開催日まで間もないからやっぱり参加は無理だろうけど」


「おー……」


 顔を上げては落とす穂月を見て、陽向が一言。


「なんか鹿威しみたいだな」


「この状況でそのツッコミはさすがにどうかと思いますわよ」


「……りんりんにツッコまれた」


「どうして露骨に気落ちなさるのですか!」


 その後、芽衣に演目と希が脚本を書くのを伝えた。夏休みの間はソフトボールよりも演劇部の頻度を増やしたいと伝えると、陽向が今にも死にそうな顔で絶望した。



   *


 文化祭の前日。当日の一般公開を前に、学校の生徒たちへのお披露目が行われた。アリス役は穂月で、ハートの女王様が凛。白兎は悠里で、着ぐるみパジャマ姿で登場するとその日1番の歓声が体育館に木霊した。


 物理的に体を大きくしたり小さくしたりはできないので、希が衣装内で肩車をするなりして対応。巨大化というよりただの胴長だが、観客に意図は伝わったようで、ついでに僅かな笑いも起きた。


 当初はどこかふわふわした雰囲気が漂っていたが、穂月たちの真剣な演技に雑談も徐々に減ってラストでは皆が見入っていた。


 クラスでも出し物として演劇をするのだが、それとは違った緊張感とやり甲斐に改めて他の誰かになりきる楽しさを覚えた。


「おーっほっほっ、首を撥ねておしまいなさい!」


 誰よりも演劇を堪能しているような凛の演技は、観る人間だけでなく一緒に舞台にいる部員をも高揚させてくれる。


 裁判のシーンでは本当に主人公になったかのように思えて、迸る感情のままに叫ぶ。


「あなたたちはただのトランプじゃない!」


 兵士役の部員に襲いかかられたところで暗転し、穂月は姉役の希の膝で目を覚ます。自らの夢を語って聞かせる最後の一幕で、穂月は小さな声で大好きな親友に告げる。


「のぞちゃん、今回もありがとう」


「……うん」


 立ち上がって舞台袖に走り去る穂月。少しだけ振り向けば、本物の姉のような優しげな眼差しを送ってくれる希がいた。


   *


「おーっほっほっ! 大成功でしたわね!」


 文化祭も無事に終わった放課後。ムーンリーフの好美の部屋にお邪魔して、穂月たちは祝杯を挙げていた。音頭を取ったのは部長ではない凛だったが、周囲のツッコミを気にするような性格ではない。


「学校でも打ち上げをやったのに、よくそこまで盛り上がれるな」


 ポテチを食べながら陽向が呆れていると、凛はチッチッチと顔の前で人差し指を振った。


「それはそれ、これはこれというやつですわ」


「ゆーちゃんはこじんまりとしてた方がいいの。兎の着ぐるみ姿で記念撮影に応じるのは疲れたの」


「ゆーちゃんの白兎とりんりんのハートの女王様は似合いまくっていたから当然です」


 劇中の興奮がまだ残っているのか、沙耶もいつになく鼻息が荒い。


 穂月の両親たちも観に来ていたらしく、口々に感想を言ってくれた。当然のごとく撮影もしており、夜の高木家では上映会が開催されるだろう。


「でも楽しかったねー」


 穂月が言うと、皆が笑顔で頷く。


「たまにはこういうのも悪くありませんわ」


「同感ですが、りんりんは誰よりもノリノリでしたよね?」


「言ってやるなよ、さっちゃん。ま、俺もだいぶ毒されてきたっつーか、ハッ、また次があったら付き合ってやるよ」


「ゆーちゃんはいつでもほっちゃんと一緒なの!」


「……意外と脚本を書くのも悪くなかった」


「えへへ、また来年だね! 大会も出てみたいし、楽しみだよ!」


「その前に新人戦があるけどな」


「おー?」


 首を傾げた穂月の肩を、陽向が両手で掴んだ。


「一緒に演劇したんだから、こっちも全力で頼むって! なっ!? なっ!?」


 泣きそうな友人の頭を撫で、穂月はしっかりと首を縦に動かした。


 演劇は大好きだが、皆と一緒に遊べるソフトボールもまた好きなのだから。

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