第454話 4年生だって活躍します! 夏の大会で春也が得た絆と勝利

 小学生野球は主に学童野球と呼ばれる。学校単独でも参加できるが、その場合は学校名にクラブをつけたりする。春也の通う小学校も、父親が在籍した頃からそうだったらしい。


 春の大会同様に夏の大会でも背番号を貰った春也は、遊撃兼2番手投手として臨むことになった。それを知っている智希は姉へのリスペクトなら誰にも負けんと意味不明な対抗心を燃やし、捕手に専念して控えだがベンチ入りとなった。


 姉の試合を応援に行くから部活などしていられないと脱走を図る友人を羽交い絞めにしつつ、なんとか無事に地区予選当日を迎えた。


「姉ちゃんのソフト部と試合の日が違って良かったぜ」


 心からの思いを、春也は溜息を一緒に床へ零す。試合前なのに疲労を感じ、ベンチへより深く座る。原因は精神的なものなのだが。


「智希君は個性的だからね」


「いや、ただの変人だろ」


 姉の試合があると知れば授業をサボろうとし、それでなくても普段から希の学校へ侵入しようとする。


 春也にとって――晋悟もだが――通学路は戦場も同然だった。


「お姉さんたちも全県大会に出るみたいだし、僕たちも負けないようにしないと」


 地区の代表にならなければ県予選にも出場できない。複数校が認められる県中央とは違い、優勝チームのみに権利が与えられる。


「先輩方に期待だけど、俺も出番が来たら頑張るぜ」


「応援してるよ」


「何言ってんだ、晋悟だってベンチ入りしてんだぞ。先輩の調子によっては出番があったっておかしくないんだ」


 4年生でベンチ入りできたのは3人。つまりは春也たちだけで、他は観客席からの応援となる。


 しかも夏の大会には、わざわざ学校が応援団を派遣してくれる。吹奏楽部とかの応援もあり、弥が上にもやる気が漲る。


「俺と智希がバッテリーを組んで……って、そういや智希はどこ行った?」


 先ほどまでベンチにいたはずの友人が見当たらない。晋悟も慌てだしたところで、春也の名前が観客席から呼ばれた。


「智希の奴が希の傍から離れねえんだ。悪いけど、無理やり連れてってくれ」


 休日というのもあり、自分たちの試合の合間を縫って応援に来てくれた姉を見つけて、グラウンドから観客席を駆け上がったらしい。


 春也と晋悟は、ユニフォームの襟を母親に持たれながらも、懸命に逃れようとする友人をグラウンドで受け取るはめになった。


   *


 現代において1人の投手が大会の全試合を投げ切るのは、あまり推奨されない。体力が未熟な小学生ならなおさらだ。


 おかげで春也にも出番があり、初戦を勝利で飾ったあとの午後の2試合目で先発を任された。


 元から野球は大好きで、遊んでいるうちにピッチャーにやり甲斐を覚えた。6年生で主将の先輩のキャッチャーミット目掛けて、全身全霊で腕を振る。


「うらあッ」


 踏み込んだ足に体重を預け、力を爆発させるように指先から白球を押し出す。自画自賛したくなるスピンはボールが加速しているかのごとく錯覚させ、ことごとく打者の空振りを誘う。


「見たか!」


 意気揚々とベンチに戻った春也だが、すぐに頭を小突かれる。熊みたいな体格の主将が、調子に乗るなと言いながらも笑っていた。


「高木が戦力になってくれたおかげで、今年は余裕を持って戦えるな。最近は地区で負けてばっかりだったから嬉しいぜ」


 エースは6年生の投手だが、どちらかといえばコントール重視の軟投派だ。春也みたいに最初から最後まで直球でグイグイ押す本格派とはタイプが違う。だからこそ相手チームは対策が難しいのだと、体育教師でもある監督は言っていた。


「ナイスピッチング」


「おう」


 晋悟から受け取ったフェイスタオルで汗を拭う。ベンチ内の様子を確認すれば、観客席から視線を動かさない智希以外は固唾を呑んで試合を見守っていた。


 打席に入った主将に声援が飛ぶ。巨体から繰り出されるスイングはとても小学生とは思えず、打球の勢いも比例する。


「相変わらずキャプテンは凄いね」


「でも後続が続かないんだよな」


 上級生を悪く言うつもりはないが、チームは打力があまりなかった。父親の和也は昔からの伝統だなと苦笑していたが。


 5番打者が送りバントで好機を作るも、6番がセカンドゴロに倒れる。ノーアウト1塁はツーアウト3塁に変わっていた。


「小山田、代打だ」


 4年生が指名され、ベンチがザワつく。


 そして――。


「断る」


 堂々と拒絶した友人が、般若と化した監督に頬をつねられた。


 姉さんを見るので忙しいと唾を飛ばす友人を、活躍すればご褒美が貰えるかもしれないと唆し、かろうじて打席に立たせるのは成功する。


「アイツを動かすのは一苦労だな……」


「希お姉さんも周りからそう言われてるみたいだよ。穂月お姉さんには反応するから、それでなんとかなってるみたいだけど」


「俺たちには、のぞねーちゃんに対する姉ちゃんみたいなのがいないってのは辛いよな」


「さっきみたいに希お姉さんの名前を出して、やる気にさせるしかないね。今日は丁度、応援にも来てくれてるし」


「午前中からずっと寝てるけどな」


 春也が晋悟と一緒にため息をついた瞬間だった。


 智希が振り抜いた金属バットから綺麗な音が響き、歓声ばかりが大きくなっていく。続いてチームメイトが両手を突き上げ、口々に何事かを叫ぶ。


「まさか……」


「ホームランを打ったっぽいな」


   *


 何年振りかで地区の代表になり、県予選へ向けてさらに練習に熱が入る。


 学校側からも期待され、応えるために1名を除く部員が頑張っている最中に事件は起きた。


「ぐああッ」


 悲鳴を上げて主将がグラウンドに転がる。両手で足首を押さえており、顔には脂汗が滲んでいた。


 慌てて監督が駆け寄り、状態を確認すると唇を噛んだ。


 すぐに主将を連れて保健室へ行き、練習が終わるまで戻ってくることはなかった。


   *


 ハンバーガーの美味しい店の名前でも呼ばれるトーナメントの県予選。ベンチには片足を引き摺る主将がいた。


 気合を入れすぎて練習で捻挫してしまい、今日の試合に間に合わなかったのである。主力で精神的支柱でもあるだけにベンチ入りはしたが、とてもプレーできる状態ではない。


 代役として白羽の矢が立ったのは、控え捕手の智希である。


「く……本来なら一足先に全国大会出場を決めた姉さんの手伝いをしたかったのに……」


「そう言うわりには、きちんと球場に来たじゃねえか」


「貴様と晋悟が、無理やり家から引っ張りだしたからだろうが」


「その通りだが、普段より抵抗は少なかったぞ。それにここ最近は練習も真面目にしてたろ」


「……泣き喚く熊にまとわりつかれるよりは、有意義な時間を過ごせると思っただけだ」


 幼い頃から付き合いのある春也だからこそ、姉狂いではあっても悪い人間でないのは理解していた。


「その熊先輩にスッキリ引退してもらうためにも、復帰するまで負けるわけにはいかねえぞ」


「なら貴様がしっかり投げればいい」


「もちろんそのつもりだよ」


 相棒の主将が怪我をして、少なからず精神的にショックを受けているエースに代わり、県予選の初戦は春也に任された。


 緊張はない。代わりに意気に感じるというか、期待された事実への高揚だけがあった。


「よっしゃ、行くぜ!」


   *


 初戦を完封で飾った春也を見て、自分がいつまでも落ち込んではいられないと奮起したエースが2戦目を完投。以降も春也とエースが交互に投げて、着実にチームは勝ち抜いていった。


 あれよあれよという間に下馬評を覆して決勝まで残ると、姉を真似るために始めた右打席ではなく、左打席に入って主将の代わりに打線を牽引してきた智希がここでも爆発。


 先制の本塁打だけでなく、中押しに駄目押しまで1人でこなし、優勝まであと1イニングを残すのみとなった。


「……悪いな。最後の最後だけ」


 巨体を申し訳なさそうに丸める主将の肩を、春也は笑いながら叩いた。マウンドにいるエースだけでなく、守備位置を1塁に変えた智希も滅多になく微笑んでいる。


 捻挫もだいぶ癒えてきて、代打程度はできるようになっていた主将がこの回からキャッチャーで出場する。


「大丈夫っスよ。智希がのぞねーちゃん以外のことを気にするわけないっス」


「まったくです。姉さんと歓喜の抱擁をするためにも、さっさと終わらせてください」


 目上の人間にはきちんとした言葉遣いの智希だが、姉第一主義だけは絶対にブレない。


「ハハ、わかった。食事会を祝勝会にするためにも、きっちり抑えよう!」


 主将の檄に内野手全員が大声で応え、春也は頼もしいチームメイトと一緒に全国大会への切符を手に入れた。


   *


 全日本学童軟式野球大会。県代表として胸を張って出場した春也たちだが、意気込みとは裏腹に1回戦で派手に散ってしまった。


 初回から打ち込まれたエースは試合後に泣きながら謝っていたが、責める部員は誰1人としていなかった。


 春也は3回途中からマウンドに上がり、要所を抑えて役目を果たした。途中からは主将がこれからの奴に経験を積ませたいと言い、智希がキャッチャーになった。晋悟も中堅手として守備だけだが出場した。


 試合後の宿舎での反省会。新主将に5年生の1人を指名すると、春也の前に前主将になった6年生が巨体を揺らしてやってきた。


「怪我をした時はどうなるかと思ったが、お前たちのおかげで最高の思い出ができた。俺を全国まで連れてきてくれて本当にありがとう」


 得意げに受け入れた春也の隣で、次に両手を握られた智希が「フン」と鼻を鳴らす。


「俺はあくまで姉さんから褒められるためにやっただけです。お礼を言われることではありませんね」


「ククッ、小山田の姉さん自慢も聞けなくなるかと思うと、なんだか変に寂しくなるな」


「ならばいくらでも語ってさしあげましょう。そう、今すぐに!」


「は? いや、それは……」


「あ、急用が出来たんで、俺はこれで」


「待て! 1人で逃げようとするんじゃない! おい、高木!」


 前主将を置き去りに食堂から退室すると、すぐに智希の声だけが楽しそうに響き渡った。

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